世界の猛者が集うNWSLに若きなでしこが挑戦。宝田沙織がC大阪堺からワシントン・スピリッツへ完全移籍

代表ではセンターバック候補としても台頭している(写真:keimatsubara)

【女子サッカー大国への挑戦】

 女子サッカー界にまた一つ、ビッグニュースが舞い込んだ。

 11月2日、なでしこリーグ1部のセレッソ大阪堺レディースのDF(FW)宝田沙織が、NWSL(アメリカ女子プロサッカーリーグ)のワシントン・スピリッツに2年契約で完全移籍することが発表された。

 ワシントン・スピリッツは、昨年の女子W杯で代表デビューを果たし、12月末で21歳になる宝田に、獲得したいとの意思を伝えていた。アメリカはFIFAランク1位で、昨夏の女子W杯フランス大会では圧倒的な強さで優勝した女子サッカー大国である。NWSLは、そのアメリカ代表選手をはじめ、各国代表クラスの選手が集う華やかなリーグだ。ここ数年は代表歴を持つ日本人選手が増えており、今季はMF川澄奈穂美、FW永里優季、FW横山久美、FW籾木結花がプレーしていた。

 欧州の女子リーグも含めて、日本人女子選手の海外挑戦は以前に比べて珍しくなくなった。だが、20歳前後の若さでプロとして挑戦できる選手は少ない。宝田と同年代で獲得オファーを受け、プロとして海外に渡った選手を遡ると、1999年に20歳で渡米した澤穂希、2011年に20歳でドイツ挑戦をしたDF熊谷紗希、12年に19歳でドイツに渡ったFW岩渕真奈など、代表をリードしてきたビッグネームが揃う。

 ワシントン・スピリッツは、そのような選手たちにも通じる可能性を宝田に見出したのだろう。

「アメリカでプレーすることが決まり、すごく嬉しいですし、楽しみです。初めての海外挑戦なので不安なこともたくさんありますが、自分らしく頑張りたいと思います」

 オンライン会議ツール「Zoom」の画面にスーツ姿で登場した宝田は、柔和な笑顔でそう語った。

 ワシントン・スピリッツはアメリカの首都ワシントンD.C.とバージニア州のリーズバーグを本拠地とするチームで、代表候補のFW横山久美も在籍している。今季のNWSLは、新型コロナウイルス感染症拡大の影響でシーズンが大幅に短縮され、6月から7月にかけて行われた「2020 NWSLチャレンジカップ」では、準々決勝で川澄が所属するスカイ・ブルーFCに敗れた。その後、9月から10月にかけて行われた秋のシリーズは3位で終えている。ただし、リーグの公式サイトで紹介されているスタッツを見ると、パス成功率(84.5%)と空中戦のデュエル勝率(68.9%)で、リーグの9チーム中トップを記録。2019年から指揮をとるリッチー・バーク監督の下で、チームは強化を進めている。来季、NWSLは新たに参加するレーシング・ルイビル(本拠地はケンタッキー州ルイビル)を含めた10チームで戦う。

スピードとテクニックを生かして複数のポジションをこなす
スピードとテクニックを生かして複数のポジションをこなす

 宝田は170cmの長身とスピードに加え、足下の技術も高い。そして、あらゆるポジションでプレーした経験に裏打ちされた戦術理解度の高さも武器だ。その宝田にワシントン・スピリッツが白羽の矢を立てたのは、日本が優勝した2018年のU-20W杯と、昨年のフランスW杯がきっかけだった。18年のU-20W杯では、FWとして6試合で5ゴールを決めて優勝に貢献し、シルバーボール(準MVP)を受賞した。また、なでしこジャパンには2019年の女子W杯フランス大会で初選出され、初戦のアルゼンチン戦(△1-1)でデビューを果たしている。

 宝田の移籍について、バーク監督はチームの公式サイトで、「サオリのような若い代表選手を獲得することは、来季に向けてとても優先順位の高いことだった。このタイミングで契約できたことは本当に素晴らしい。私は、サオリがファイナルサード(グラウンドを3分割した時に、相手ゴールを含むエリア)で我々のクオリティを改善してくれると確信しているし、彼女は間違いなく、フィールドのその領域で多くのオプションをもたらしてくれるだろう」と語った。

 

 また、ワシントン・スピリッツは宝田の移籍とほぼ同じタイミングで、アメリカ代表として2度のW杯優勝と五輪優勝経験を持つMFケリー・オハラの獲得も発表している。宝田は来年1月中には渡米して、チームに合流する予定だ。

【決断と覚悟】

 決断に時間はかからなかった。宝田自身、以前から海外挑戦の希望を持っていたという。できれば英語圏がいいと思っていたが、中でも女子サッカーの強豪国であるアメリカは有力候補のひとつだった。

「2年前ぐらいから海外に挑戦したいという思いがありました。(18年の)U-20W杯で優勝した時に、『海外でプレーしたい』と思ったのが最初で、去年のW杯では日本がいい成績を残せず(ベスト16)、自分が何もできなかったことがすごく悔しかったので、海外でプレーすることでもっと成長したいと思いました」

 そうした思いが、今回のオファーと合致した。だが、迷いがなかったわけではない。C大阪堺には2012年に加入し、生え抜きのチームメートたちと阿吽の呼吸でプレーしてきた。2021年7月には東京五輪が予定されており、このタイミングで新たな環境に移ることはリスクも伴う。

「日本の生活とは違って、すべての面で新しいこと、慣れないことから始まります。成功するかしないかは行ってみないとわからないし、五輪(に出場すること)を目標にしているので、このタイミングで行ってもいいのかな、と悩みました。それでも、最後は自分の(成長の)ために、と思って決断しました」

C大阪堺では通算143試合に出場、56ゴールを決めた
C大阪堺では通算143試合に出場、56ゴールを決めた

 どのポジションでプレーするかも重要なポイントだ。宝田は、中学3年時に将来の代表GKを発掘する「スーパー少女プロジェクト」に選出された経験もあり、最終ラインから前線まで、ほとんどのポジションを経験している。

 C大阪堺で9年目となった今年は、FWとセンターバックの両ポジションでプレーし、今年昇格した1部で4位に躍進したチームを支えた。最終ラインでは、各チームの代表FWと対峙しながら持ち前のビルドアップ能力の高さも示すなど、非凡な才能を印象づけ、10月、11月のなでしこジャパンの合宿ではセンターバックとして起用され、高評価を得ていた。

 公式サイトのパーク監督の言葉にもあるように、ワシントン・スピリッツは宝田をFWとして評価している。だが、センターバックでプレーする可能性もゼロではないだろう。

 前線でスピードを生かした動き出しや決定力を磨くことは、最終ラインでパスの出し手としての選択肢や駆け引きの幅を広げ、DFとしてプレーする経験は、前線からの守備にも生きるだろう。今後は、2つのポジションで世界に通用するプレーを磨いていくことが期待される。五輪は18枠と少ないため、複数のポジションでプレーできることは大きなアドバンテージとなる。

「なでしこジャパンに選ばれるようになって自分の課題がわかりました」という宝田は、アメリカで勝負したい持ち味と、レベルアップしたい部分についてこう語った。

「海外の選手はスピードがありますが、裏に抜けるその駆け引きやタイミングは通用する部分だと思います。逆に、海外(の選手が相手)では1対1が弱いと思っているので、個人でボールを奪い切ったり、(対人プレーで)負けないように、しっかり伸ばしていきたいと思っています」

 次々にメディアから飛んでくる質問を一つひとつ、自分の中で反芻しながら紡がれる言葉には、決断を必ずプラスのものに変えてみせるという気概が感じられた。

【プロ契約で新生活へ】

 これまではアマチュア選手として、大学生としての学業や、C大阪サッカースクールのコーチ業を両立させてきた。だが、これからはプロになり、生活習慣も大きく変わる。アメリカではチームが保有しているマンションに住み、通訳はつけないという。

 

「プロサッカー選手は、朝に練習をして、午後は自分の時間を過ごすイメージです。自由時間の時に、息抜きだったり、自分の課題でもある体づくりに取り組んでいきたいですね」

 ワシントンには、同じ富山県出身で、NBAのワシントン・ウィザーズでプレーする八村塁選手がいる。スポーツ大国で、同郷のトップアスリートから刺激を受ける機会があるかもしれない。2年間の挑戦を通じて、体格もプレーもひとまわりスケールアップした姿を見せてほしいと願う。

 11月末に開幕した皇后杯は、国内で宝田のプレーが見られる最後の機会となる。12月5日から出場するC大阪堺は、最大で5試合を戦い、12月29日の決勝まで進むことができるだろうか。

※文中の写真はすべて筆者撮影