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本田美登里監督、テクニカルアドバイザーに風間八宏氏。静岡SSUアスレジーナが目指す「オール静岡」

松原渓スポーツジャーナリスト
新天地で挑戦をスタートさせた本田美登里監督(写真提供:静岡SSUアスレジーナ)

【プロクラブへの足固め】

 コロナ禍で延期されていたなでしこリーグ1部と2部が、いよいよ7月18日に開幕する。

 来年秋に女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」が開幕することに伴い、なでしこリーグは今シーズン終了後に再編成されることが濃厚だ。

 WEリーグは財務や人事、スタジアムなどの参入基準を満たせば新しいクラブも参入するチャンスがある。そうした観点から、優れたチームビジョンや運営能力を持ち、今後の発展が期待されるクラブに着目したい。

 

 なでしこリーグで今、そうした“熱“を放っているチームの一つが、3部にあたるチャレンジリーグの静岡SSUアスレジーナだ。

 チャレンジリーグは、8月22日に開幕することが決まっている。

チャレンジリーグ日程

 数多くのスター選手を輩出してきたサッカー王国・静岡。Jリーグには清水エスパルス、ジュビロ磐田、藤枝MYFC、アスルクラロ沼津の4チームがある。一方、なでしこリーグのチームはSSUアスレジーナのみである。

 SSUアスレジーナは2008年に「静岡産業大学磐田レディース」として創設され、なでしこリーグに加入した10年に「静岡産業大学磐田ボニータ」と改称。17年にチャレンジリーグで優勝して2部に昇格したが、昨季は最下位になり、再びチャレンジリーグで戦うこととなった。チームは社会人と学生で構成され、社会人選手の多くは静岡産業大学のOGだ。

 今年1月から運営母体を一般社団法人静岡スポーツユナイテッドに移管し、チーム名を「静岡SSUアスレジーナ」に変更した。

 クラブの代表を務めるのは、キング・カズこと三浦知良氏の叔父にあたる三浦哲治氏。08年の創設から指導者としてチームの土台を築いてきた同氏を中心に、今季は大幅な改革を進めている。

 まず、新監督には岡山湯郷BelleやAC長野パルセイロ・レディースなどで指導実績のある本田美登里監督を招聘した。

 さらに、静岡産業大学磐田ボニータの元選手で、なでしこリーグ1部のアルビレックス新潟レディースの主力だったDF左山桃子を獲得。

 コミットメントアドバイザーとして、ジュビロ磐田の元選手で、なでしこリーグ2部のFC十文字VENTUSでGMを務めた経験を持つ松森亮氏を迎えた。チーム運営の実務や広報業務をこなすのは、Jリーグで公式戦運営などの経験を持つCOOの北本章氏。

「プロリーグに入ることになった場合にも対応できるように、スタッフから足固めをし始めています」と本田監督は語る。

 そして、テクニカルアドバイザーに、元日本代表で、J1の川崎フロンターレと名古屋グランパスで監督を務めた風間八宏氏を迎えたことは大きな話題となった。風間氏を迎えた経緯については、本田監督インタビュー記事で詳しく取り上げる。

風間八宏氏をテクニカルアドバイザーに迎えた(写真提供:静岡SSUアスレジーナ)
風間八宏氏をテクニカルアドバイザーに迎えた(写真提供:静岡SSUアスレジーナ)

 本田監督は、静岡市清水区出身。小学校3年生の時にサッカーを始め、清水商業高校(現・清水桜が丘高校)2年生の時に代表入りし、卒業後は清水第八SCでプレーした。読売SC女子ベレーザ(現日テレ・東京ヴェルディベレーザ)で現役を引退後は日本サッカー協会でL・リーグ(現・なでしこリーグ)の運営などに携わり、さらに湯郷や長野で指導者としての経験を積み、今年、静岡に戻ってきた。長野を退任後に行った昨年末のインタビューでは、指導者としての海外挑戦も視野に入れていることを明かしていた。それを翻して今回の監督就任に至る最終的な決断の決め手となったのは、旧知の仲である三浦代表からの一言だったという。

「海外も含めて新たなチャレンジをしようとしていたときに、三浦さんから声をかけられたんです。このチームはこれまでは静岡産業大学のOGが残ってプレーすることが多く、外から選手が入ってくることが少なかったんです。そこで、三浦さんが『オール静岡のチームを作りたい』と。以前は(強豪校である)藤枝順心高校の選手が入ってきていたけど、今はその流れもなくなってしまっている。静岡だからいい選手がたくさんいるはずなのに、入ってこない。サッカーが上手くて大学にも行けて、都会も覗いてみたい、という選手は関東圏に出てしまうみたいですね。それで、『せっかく(サッカー王国という)土地柄があるのだから、いい選手たちが入ってくれるように力を貸してほしい』と三浦さんから言われました。元々、男子を長く教えていた三浦さんがこれだけ女子サッカーに対して深い思いを持たれていることに応えたいと思い、お引き受けしました。私がサッカーを教えてもらったスタートの地でもある静岡に、女子サッカーの火をつけたいですね」

 指導者として、湯郷では宮間あや、長野では横山久美という個性を発掘し、その力を最大限に引き出してチームを1部に昇格させた。スポンサーへの挨拶まわりや各地の講演会などに積極的に足を運び、地域のイベントなどには選手を積極的に送り出し、リクエストにも丁寧に応えていった。そして、湯郷も長野も地元の老若男女が熱心に応援してくれる、地域に愛されるチームになった。

 次は磐田の地で、本田監督が新たなスタッフや選手たちとともにSSUアスレジーナをどのようなチームにしていくのか興味は尽きない。

 SSUアスレジーナは、静岡産業大学が持っている資源を活用できるメリットがあるという。練習場として天然芝のグラウンドを使えるほか、トレーニングジムなどの施設や、選手のパフォーマンス分析をするためのGPS装置も利用できる。

 一方、始動から半年経った現在の状況について本田監督に聞くと、「寝ても覚めてもサッカーが大好きで、ボールを抱いて寝ます、みたいなサッカー大好き小僧がまだ見当たらないですね」と語った。

 練習中は、選手に厳しい言葉を投げかけることもある。目指すサッカーの方向性については、クラブとして「アグレッシブ」、「インテリジェンス」、「スペクタクル」といったキーワードを掲げている。本田監督は結果だけでなく、観客を楽しませることも視野に入れ、そのためには妥協しない。

 

「そのようなサッカーができるのは、かなり先の話かもしれないですけれどね(笑)。でも風間さんの『止める、蹴る』が選手たちにストンと落ちれば、それこそ1部や2部の、スタイルをしっかり持ったチームに負けないぐらい面白いサッカーができるんじゃないかなと思っています」

 風間氏によるクリニックは、選手たちにも大きな刺激を与えている。Jリーグの川崎や名古屋では、圧倒的な攻撃力で観客を魅了し、その指導理論に注目が集まった。中でも、基本となる「止める」「蹴る」の理論を学ぶことで、SSUアスレジーナの選手たちは新たな視点や感覚を身に付けつつあるようだ。その成果がピッチにどう表れてくるのか楽しみである。

【古巣で本格的にフォワード復帰】

 7年ぶりに古巣復帰を果たした左山桃子は、今季、チームの浮沈の鍵を握る一人になりそうだ。

 藤枝順心高校卒業後、静岡産業大学に通いながらSSUアスレジーナの前身、ボニータでプレーし、その後、新潟で6シーズンを戦った。新潟からSSUアスレジーナへの移籍を決断したきっかけは、恩師である三浦代表の呼びかけだったという。

「三浦さんとは、私が高校3年生の時に声をかけていただいた時からのつながりです。その三浦さんがいて、高校からやっていた選手や、静産大で一緒にやっていた選手もいるこの雰囲気が懐かしくて、居心地の良さを感じています」

 

 高校時代までフォワードだった左山にディフェンダーとしての資質を見出したのは、当時ボニータの監督だった三浦代表だ。転機は2011年、左山が大学1年生の冬だった。

「大学に入るまでずっとフォワードでしたし、ディフェンスは頭が良くてなんでもできる人がやるポジションで、自分にその能力はないと思っていました。でも、1年生のお正月のオフ明けに練習でボードを見たら、私(のマグネット)がディフェンスのところにあったんです(笑)!フォワードとしては『ヘディングが強くて、頭からクロスに突っ込める』と三浦さんから評価していただきましたが、同じように、相手フォワードへのクロス対応を期待されてディフェンダーになりました」

 その慧眼は、左山の新たな能力を開花させた。コンバートされてすぐにU-19日本女子代表候補合宿に招集され、センターバックとして11年8月のユニバーシアード競技大会で準優勝、同年のAFC U-19女子選手権では優勝に貢献している。この時にコーチとして帯同していたのが本田監督だ。

 新潟では、試合によってフォワードのポジションでプレーすることもあったが、主戦場はセンターバックだった。168cmの高さと体の強さを生かした対人守備で、昨季はシーズンを通して1部で失点数(同率)3位の堅守を支えた。

 だが、SSUアスレジーナではフォワードに再コンバートされる可能性が高い。左山自身も、新たな挑戦を楽しんでいるようだ。

「新潟では私がどんな動きをしても、上尾野辺(めぐみ)さんだったり、上手な選手たちが合わせてくれたのですが、今は自分から合わせなければいけない場面が多いです。一人ひとりとコミュニケーションをとって、『私が動けるよ』とか『ここにいるよ』ということをわかってもらえるように工夫する感覚は、以前とはまったく違いますね。合流したばかりの頃は『そこは(ボールに)行こうよ』と、歯痒く感じることもありましたけど、本田さんや風間さんのトレーニングを受けて本当に変わってきているのを感じています。本田監督は以前よりも優しくなったように感じますね(笑)」

 左山は笑顔を絶やさず、朗らかな語り口で話す。風間氏のトレーニングに話が及ぶと、その瞳が輝いた。

「風間さんが川崎フロンターレにいた時からよく試合を見ていたので、名前を聞いたときに『風間さんって、あの風間さん!? 』と驚きましたよ(笑)。嬉しかったですね。シュート練習の時に『力を入れずに膝だけ動かすように打ってみろ』『角を狙え』と言われて、それを意識して打つようになったら、低いボールでしっかりと打てるようになったんです。ボールの置き場所やシュートを打つポイントが変わって、シュートが力強くなりました。ターンの練習も、ボールが止まればしっかりターンできて周りも見られることを実感しています」

左山桃子(写真提供:静岡SSUアスレジーナ)
左山桃子(写真提供:静岡SSUアスレジーナ)

 どしゃ降りの大雨に見舞われた練習中、左山の表情は一貫して険しく、雨を弾き返すように走る姿には、長くトップレベルで戦ってきた風格があった。気心の知れたチームメートの中で、厳しい顔を見せることもあるのだろうか? 左山をよく知るクラブスタッフに聞くと、「彼女は優しいけれど芯があって、プレーでもしっかりと自分の考えを持っているんですよ」と教えてくれた。

 今季の目標について、左山は「全勝優勝」と「1試合1得点」を掲げる。

「天然芝でプレーできることは本当にすごいなと思いますし、私自身もスポンサー企業で働きながら、いろいろなサポートをしていただいています。ただ、2部からチャレンジリーグに降格した中で、来年はその環境もどうなるかわかりません。勝つことで良い方向に変わるかもしれないので、この状況が当たり前じゃないんだよ、と(仲間に)伝えながら、今の環境に感謝して結果を残したいですね。選手たちはまだメンタル面が安定していないなと思うことがあるので、声をかけながら、プレーでもみんなを引っ張っていきたいなと思います」

 SSUアスレジーナの今季開幕戦は8月22日、ホームの磐田市竜洋スポーツ公園サッカー場でつくばFCレディースと対戦する。サッカー王国でリスタートを切ったSSUアスレジーナは、新体制の船出を勝利で飾ることができるだろうか。

【クラブ公式YouTubeチャンネル】

スペクタクル〜静岡SSUアスレジーナの挑戦〜

7月24日(金)〜毎週金曜日に配信予定

第一回は、三浦代表と本田監督の対談が配信される予定だという。

本田監督インタビュー記事に続く。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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