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「WMシステム」で新たな伸びしろを獲得。なでしこリーグ2部、ASハリマアルビオンの挑戦

松原渓スポーツジャーナリスト
(写真提供:ASハリマアルビオン)

 7月18日(土)のなでしこリーグ開幕まで、約1カ月。

 緊急事態宣言の発出に伴い4月上旬から続いていた活動自粛が解除になり、6月初めから各チームが続々と活動を再開している。

 リーグ戦は開幕戦を含む2試合が無観客で実施されることが決定しており、新型コロナウイルス感染症対応ガイドラインも策定されている。

 今季のなでしこリーグは、ここ数年、手に汗握る大混戦となっている2部の熱戦にも注目したい。出場機会を求めて1部から2部のチームに移籍し、新天地で才能を開花させる選手も少なくない。

【それぞれの「色」を生かし合えるチームに】

 兵庫県姫路市を拠点とするASハリマアルビオンは、なでしこリーグ2部で7度目のシーズンを戦う。

 昨年はリーグ2位の得点(18試合29得点)を挙げながら勝ち点を伸ばせず、10チーム中6位で終えた。今季はオフに10名が退団し、新たに9名が加入した。昨季、公式戦でチーム最多の10点を決めたFW葛馬史奈や、同じくレギュラーとして活躍したFW内田美鈴が抜けた穴は小さくないが、1部のチームからMF入江未希、MF巴月優希、FW沖野くれあの3名を獲得した。

 田渕径二監督は、2012年の創設以来チームを率い、今季で9年目だ。

 ここ数年は選手の入れ替わりが多く、田渕監督は戦力維持が大変な台所事情も口にする。その一方で、時間をかけて目指してきた方向性が形になってきた手応えも感じているようだ。

田渕径二監督(筆者撮影)
田渕径二監督(筆者撮影)

「うちは代表歴のある選手や、能力が全般的に高い選手ではなく、何かに特化して強い選手や、特殊な能力を持っている選手が多いです。そういう選手たちがいろいろな経験をしてここに集まってくれて、自分たちの色を出していく。同じようにやっていても能力の高い選手には勝てないので、『それぞれの特殊な色を出して戦おう』と伝えてきました。それができるチームになってきていると思います」

 選手の大半はスポンサー企業に勤め、通常の練習は夕方から始まる。

 4月上旬から約2カ月間の活動自粛中は、田渕監督がYouTubeなどでピックアップしたトレーニング動画などを選手たちに配る形で在宅トレーニングを促していたという。ある程度状況が落ち着いてからは、曜日ごとに数名でまとまって走るなど、安全性とソーシャルディスタンスに配慮しつつ、体力面の維持も心がけたという。

【WMシステムで生まれた変化】

 昨年途中から採用したという「WMシステム」は、ハリマのサッカーで着目したいポイントの一つだ。1900年代前半にイングランドで生まれたシステムで、形は3-5-2(3-2-2-3)。FW陣がW字型、MFとDFがM字型に見えることからその名がついたというこのユニークなシステムを採用した田渕監督の狙いは、どんなところにあるのだろうか。

「それまでは4-4-2や4-3-3などオーソドックスな戦術を採用していたのですが、惰性でやれてしまうので、選手同士の新しいコミュニケーションが生まれてこなかったんです。それで、新しいことをやったら(互いに)話さざるを得ないと思い、選手個々の成長を促すために採用しました。

 ベースができるまでは自分が毎日のように怒っていましたよ。『なんでそこで喋らないの?』『どうして俺が言わなあかんの?』と(笑)。最終的にやるのは選手たちで、どうやって動くか自分たちで話し合わないと解決しませんから。でも、そのシステムにしたことで結果的にすごく喋るようになって、理解しながらやってくれたことで選手たちの特長にうまくフィットしたと思います」

 今季はそのWMシステムをベースに、新加入選手を加えて発展させていく。オーソドックスなフォーメーションを採用する他チームとの戦術的な駆け引きにも注目したい。

 7月中旬の開幕で予想される夏場の連戦については、あえて練習着を重ね着してトレーニングを行ったり、土日は昼間の暑い時間帯に練習をしたりと、暑さに慣れるための対策を行っているという。

「今年のリーグ戦で懸念しているのは、水分の補給の仕方です。(新型コロナウイルスの影響で)ボトルが共有できなかったり、飲みたいタイミングで飲めないこともあると思いますから。普段のトレーニングでそういう擬似体験ができるようにしたいと考えています」

 順位的な目標は、リーグ戦18試合を全勝する形での「完全優勝」を掲げる。目標を高く設定することで、より高みを目指す狙いがあると田渕監督はいう。

【ケガを乗り越えて新たなステージへ】

 今季、ハリマの上位進出を担う重要な歯車となりそうな選手が、背番号10のFW千葉園子だ。

 ハリマで8年目のシーズンを迎える千葉は、唯一の創設メンバーで、ハリマの顔だ。

 テクニックと豊富なスタミナがあり、前線で守備のスイッチ役からポストプレーまで幅広くこなす。161cmと決して大柄ではないが、コンタクトプレーを恐れず、空中戦に強い。野性味と躍動感溢れるそのプレーは、印象的なお団子ヘアーと相まって、一度見たら忘れられない。

 年代別代表で頭角を現した千葉は、高倉麻子監督の初陣となった2016年6月のアメリカ遠征のメンバーとして代表に初選出された。1部のトップレベルの選手や海外組の中で、2部から選出された千葉が、世界女王のアメリカ相手にトップ下のポジションで先発に抜擢されたことは、その名を全国区にした。

 ケガもあって17年の春以降は代表から離れたが、昨年11月と今年2月にはなでしこチャレンジ(なでしこジャパンで即戦力になれる選手の発掘を目的としたキャンプで、「なでしこジャパン予備軍」に当たる)に選出されている。

 度重なるケガは、千葉にとってこれまでのサッカー人生における大きな試練でもあった。中でも、肩の脱臼には苦しんできた。くしゃみをしたり、インサイドで強いパスを蹴るだけで骨が外れることもあったという。回数を重ねるうちに骨が磨耗してなくなり、2018年の秋に骨移植の手術を決意する。

 加えて、同年の夏に膝の前十字靭帯断裂と半月板を損傷。膝の手術にも踏み切った。完治までにかかる期間は、両肩と膝、それぞれ8カ月かかると言われた。千葉は当時の状況をこう振り返る。

「(18年の)9月に膝の手術をして、1カ月で退院してから1週間で肩を手術して、2カ月空けて今度は逆の肩を手術して…。リハビリしながら手術をする、という感じでした。『これは普通の人と同じようにリハビリしていたら絶対に復帰できひん』と思ったし、年齢も20代後半だから、真剣にリハビリをしないとアスリートの体に戻れないと思いました。当時はチームスタッフや医療スタッフ、家族に支えられてメンタルを維持できたし、モチベーションも上げてもらって復帰できました。手術後は、ほんまに世界が変わりましたよ。脱臼しなくなって、これまで『怖いな』と思っていた動きも思いきりできるようになって。今、サッカーがめっちゃ楽しいんです」

千葉園子(左)(写真提供:ASハリマアルビオン)
千葉園子(左)(写真提供:ASハリマアルビオン)

「腕を使って相手を抑える」など、サッカー選手として当たり前のように求められる動きができなかった辛さから解放され、千葉は新しい感覚を手に入れつつある。リハビリを終えて昨年8月に復帰後、リーグ戦9試合で6ゴールを挙げ、前半戦で2勝と苦しんだチームに6勝をもたらした。

 また、「WMシステム」は、前線で流動的に動く千葉が復帰したことで、よりダイナミックさを増したという。田渕監督は、「ケガなくコンスタントにプレーして、得点することに集中できれば、本来は20点ぐらい取れる選手です」と、その能力に太鼓判を押す。

 環境の変化も、千葉の背中を後押しする。一昨年まではフルタイムで力仕事をこなしていたが、昨年から職場が変わり、コンディションを整える時間が増えた。

 活動自粛中は、家で筋トレや体幹のメニューをこなしたり、近くの公園でチームメートとボールを蹴って過ごした。サッカーができる環境のありがたさを再認識し、「自分を見つめ直すことで、ピンチをチャンスにしようと考えていました」と話す。

 千葉は今季、チームに貢献するために明確な目標を自身に課している。

「私はゴール前で打てるところでパスを出してしまうことがあるんですが、それじゃ結果は出ぇへんし、監督からも耳にタコができるぐらい言われています(笑)。貪欲にゴールに向かって、2桁得点は取りたいです。チームとしては、攻守に人数をかけられるようになり、判断のスピードが去年よりも早くなっていると思います。仲間のために走るサッカーをぜひ見てほしいですね」

 継続することで固まってきた土台に新たな変化を加え、今季2部で上位進出を目指すハリマ。その中心で躍動する背番号10が勝利を引き寄せる。

(※)インタビューは、6月中旬にオンライン会議ツール「Zoom」で行いました。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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