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コロナ禍では「割り切り」も大切。ノジマステラがこの時期にフォーカスする強化ポイントとは

松原渓スポーツジャーナリスト
(写真提供:Nojima Stella Kanagawa Sagamihara)

【新体制で目指す1部初タイトル】

 1部で最高の3位を記録した2018年から一転、昨年は6勝1分11敗で7位と苦しんだノジマステラ神奈川相模原。野田朱美前監督の下、MF中野真奈美やDF櫻本尚子ら、経験豊富な選手を補強して臨んだシーズンだったが、その戦力値の高さを結果に結びつけることはできなかった。

 そして今季、新たにロアッソ熊本、カマタマーレ讃岐、FC岐阜などで指揮を執った北野誠監督を招聘。スローガンには、“史上最高への挑戦“という意味を込めて「Best ever」を掲げた。また、下部組織には、元なでしこリーガーで、指導者として日ノ本学園高校女子サッカー部で数々のタイトルを獲得した田邊友恵監督がアカデミーダイレクターおよびU-18監督として迎えられた。

 FW大野忍(引退)、DF國武愛美(仙台に移籍)など、主力として戦っていた2人が抜けた影響は小さくはないだろう。だが、クラブの体制を“一新”したチームの可能性は未知数だ。

 北野監督は女子サッカーの指導は初めてだが、2月1日の新体制発表記者会見では、「勝たせることができると思います」と、サポーターに向けて力強い言葉で発信した。

 歯切れの良い関西弁、歯に衣着せぬストレートな答えーー目力が強く、ほとばしるエネルギーが感じられた。

「パスの距離が短く、狭い中でサッカーをやっているな、と思いました。パスを繋ぐのは勝つためのプロセスだし、守備をするのもそう。ポゼッションサッカーかカウンターサッカーかに興味はなくて、いかにボールを前に運んで、いかに相手のボールを奪うか。そういうことを教えたいですね。『女子だからこう戦う』というものが強すぎると感じました。そんなこと誰が決めてんねん、フットボールをやろうよ、と」

 ボールの置き方や体の使い方、プレスの掛け方、試合の分析方法、技術からサッカーの見方まで、まずはベースとなる部分から着手した北野監督の指導は、選手に大きな刺激を与えたようだ。

 キャプテンのDF石田みなみは、新体制発表で「パスひとつ、ボールの止め方一つとってもいろいろと指摘されます。細かいですが、それが身につけば絶対にいいチームになると思います」と手応えを口にし、副キャプテンのDF小林海青も「ボールを止める位置など、細かく言われていますが、そういうところを徹底していくことで練習の質が上がっていくことを実感しています」と話していた。

 同じく副キャプテンの櫻本尚子は、「熱さを持った監督だと思います」と話し、一見怖い第一印象に反して気さくなキャラクターも歓迎されているようだ。

 選手起用の方針も興味深い。「(メンバー)20人全員が同じぐらいの(高い)レベルになれるようなトレーニングをして、全員を試合に出していきたい」と、メンバーを固定せず積極的に起用する方針を明かし、同時に「育てるにしても、選手は勝たないと育たないと思います」と、結果へのこだわりも強調したのだ。

新体制発表で「勝たせます」と力強く宣言した(中央が北野監督/筆者撮影)
新体制発表で「勝たせます」と力強く宣言した(中央が北野監督/筆者撮影)

【寮制ならではの強み】

 緊急事態宣言に伴い、クラブが活動自粛を発表したのが4月7日。1ヶ月半が経った現在までの期間は、どのような措置をとっていたのだろうか。北野監督はこう明かす。

「うちは寮がありますし、クラブハウスと同じ敷地内にあるグラウンドは自主トレーニング用に時間を限定して、解放していました。当初は『3人以上は禁止』という形で、5月初めの週からは5人以下で、距離を取った自主トレーニングを続けています。例えば、パス&コントロールの練習なら、『しっかり相手を見る』ということを大切にしています。

 戦術的な落とし込みはできないので、去年の失点シーンの映像を選手たちに配信して、何が悪くて失点してしまったのかをレポートさせています。現象ではなくて『原因』です。それと、それぞれストロングポイントとウィークポイントを出してもらいました。その答えが僕の思う答えと違っていることが多いので、『もっと具体的に出してほしい』と伝えて、それをこの時期にどう克服するのかを分析しています」

 リーグ戦が延期になり、戦術面の落とし込みにかける時間は少なくなるが、北野監督に焦りはない。開幕の見通しが立ってから1カ月ほどの準備期間で詰めることを想定し、今は割り切って、技術的なことにフォーカスしている。また、リーグが7月から9月の夏場に開幕となった場合、炎天下で連戦となる可能性もある。ケガを防ぐためにも水分の摂り方は非常に大事になると北野監督は警鐘を鳴らした。

「女子の選手は、男子に比べて試合中に水を飲む回数が少ないんですよ。もしもリーグ戦が夏にスタートして短期集中になった場合は水分がすごく必要になるので、今から水を飲む癖をつけています。自主トレーニング中も、10分に1回は水分を摂らせるようにしています」

 在籍6シーズン目で不動の右サイドバックとして活躍してきた石田は、この状況をどう受け止めているのか。

「今は自分と向き合う時間だと思っています。リーグが始まれば対戦相手やチームのことを考えないといけませんが、今は自分の技術を見直したり、ストロングポイントとウィークポイントを見つめなおせるいい機会ですし、良い部分はより伸ばせるようにやっています。個人のトレーニングでスプリントを取り入れているので、オーバーラップやスピードを変える時に、こういう場面で(スプリントが)使えるな、ということをイメージしながら練習しています」

 ノジマの右サイドを支える石田の魅力はなんといっても、その粘り強い守備と、苦しい時間帯にチームを支える走力。「最後まで全力を尽くすプレー」は、チームスピリットとも言える。

 選手同士の一体感という点で言えば、寮制であるがゆえに移動のリスクが少ないのは強みだ。北野監督も、「その点はJリーグよりも良い環境。ありがたかった」と言う。選手同士がコミュニケーションを図りやすい利点もある。特に、コロナ禍で家族に会えない選手にとっては心強い環境だろう。石田もその点を強調した。

「いつでも会って顔を見て話せることは本当にいいですね。みんなの元気な顔を見るだけでも『よし、頑張ろう』という気持ちになりますから」

【今後に向けて】

 最後に公式戦を戦ったのは、昨年12月の皇后杯準々決勝。サポーターの前で5カ月以上、試合をしていない。石田はそのことを寂しく思いつつも、今、この状況でできることは他にもあると考えている。

「スポーツが生活必需品のような存在ではないんだな、と思い知らされて悲しい気持ちもあります。でも、人が生きていく上で元気になれたり、心を健康に保つためにスポーツは絶対に必要だと私は思っていて、試合を見にきてくださる方々にそういうものを与えたいと思ってプレーしています。それができない今、違うことで自分に何ができるんだろうと考えました。SNSが盛んな時代ですし、発信すれば反応をいただけたりするので、そういうところで明るい話題をお届けできればとも思います。自分自身と向き合うという点では、最近は自分の体のことを勉強するために、ピーキングとか解剖学などの本を面白く読んでいます」

 好きなガーデニングを楽しむ時間も増えた。「植物博士」の愛称も持つ石田は、家で20種類以上の植物を育てているという。「今は成長期で、新芽が出てきている植物が多いので、その成長を見るのが面白いです」と、表情を綻ばせた。

 サッカーができる日常が戻った際に、チームのこと以外でまず何がしたいかを北野監督に聞くと、「久しぶりに、いろいろなJリーグのチームの練習や試合を見にいきたいですね。せっかく関東に来たし、Jリーグでも監督をやっていた時は見る機会がありませんでしたから」と、弾むような声で返ってきた。

 Jリーグで蓄積された豊富な経験を生かし、北野監督はノジマをどう導くのか。開幕を楽しみにしたい。

(※)インタビューは、5月中旬にオンライン会議ツール「Zoom」で行いました。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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