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なでしこジャパンが南アフリカに2-0で完勝。高いポテンシャルを秘めたアフリカ勢は五輪でも要注意

松原渓スポーツジャーナリスト
主将の熊谷紗希が代表110試合目で初ゴールを決めた(写真はフランスW杯時)(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

【テーマは「勝ち切る」こと】

 なでしこジャパンは、11月10日(日)に福岡県の北九州スタジアムで行われた「MS&ADカップ2019」で南アフリカ女子代表と対戦し、2-0で勝利した。6月のフランス女子W杯(ベスト16)後、強豪カナダに4-0と快勝した10月の試合に続いて戦績を2連勝とし、8カ月後に控える東京五輪に向けて勢いをつけた。

 チームは11月5日に集合し、北九州市内で5日間の合宿を経てこの試合に臨んだ。

 6日に発表されたばかりの新デザインのユニフォームのお披露目としても注目を集めたこの一戦。北九州スタジアムはサッカー専用スタジアムでピッチが近く、臨場感は抜群。海に面した壮観のスタンドを8453名の観客が埋め、なでしこジャパンのプレーに歓声を送った。

 南アフリカといえば、先日まで日本で開催されていたラグビーW杯で優勝し、「スプリングボックス」の愛称で親しまれる代表チームが熱狂を巻き起こしたのは記憶に新しい。

 南アフリカ女子代表は、FIFAランク55位で、10位の日本よりも下だが、アフリカ女子選手権では5度の準優勝を誇る。「Banyana-Banyana(バニャナ・バニャナ=ズールー語で「少女たち」の意味)」の愛称を持ち、6月の女子W杯では初出場を果たした。結果は3戦全敗だったが、強豪スペイン相手にW杯での同国史上初ゴールを決め、アジアの強豪・中国に対しても0-1の競った試合を展開するなど、健闘している。

 東京五輪のアフリカ予選は9月初頭の2次ラウンドでボツワナにPK戦で敗れたが、今回はフランスW杯に出場した23名中、イタリアや中国などでプレーする海外組を含めた16名が来日。国際経験のある選手が多く、南アフリカのデジリー・エリス監督は、日本戦前日の公式会見で、チームへの誇りをこう口にした。

「閃きのある、クリエイティブな試合ぶりが私たちの特徴です。パスワークを重視し、スピードを持ってボール回しをすることが私たちの特徴だと思っています」(エリス監督)

 

 日本は五輪へのリスタートとなった10月のカナダ戦では、FIFAランク7位の強豪に4-0と快勝している。

 高倉麻子監督は、「今まで長い時間をかけて取り組み、下に根を張っていたものがようやく芽となり、上に向かって伸びてきた手応えを感じています」と、カナダ戦後に語ったが、今回の南アフリカとの一戦には「勝ち切るチームになること」をテーマに掲げて臨んだ。

南アフリカ女子代表(筆者撮影)
南アフリカ女子代表(筆者撮影)

【五輪18枠で重視されるユーティリティ性】

 日本のスターティングメンバーはGK山下杏也加、4バックは左からDF遠藤純、DF土光真代、DF熊谷紗希、DF清水梨紗。MF三浦成美とMF宮川麻都がダブルボランチを組み、左にMF長谷川唯、右にMF中島依美。FW菅澤優衣香とFW岩渕真奈が2トップを組む4-4-2でスタートした。

 五輪のメンバー枠は18人で、W杯よりも5人少ない。そのため、指揮官は「選手のユーティリティ性を最大限に引き出したい」と、特に攻撃面でチームの幅を広げたい狙いを明かし、この試合では2つのポジションで新たなチャレンジを見せた。左サイドバックを本職とする宮川をボランチで、サイドハーフが本職の遠藤を左サイドバックで初起用したのだ。

 2人ともリーグ5連覇中の日テレ・ベレーザ(ベレーザ)所属で、宮川はFWとGK以外はどこでもこなせるマルチプレーヤー。遠藤はここ数試合、初のサイドバックに挑戦している。身体能力が高く、代表では貴重な左利きで、しかもかなり精度の高いクロスを武器としている。そういった特徴を攻撃面で生かしたい狙いでの抜擢となった。また、センターバックでは同じくベレーザ所属で、今季のリーグ戦で初のベストイレブンに輝いた土光が代表初スタメンを飾った。

 試合が始まると、連係とテクニックで勝る日本が試合を優勢に進めたが、前半の立ち上がりは南アフリカの選手が守備で見せる独特の間合いに苦しみ、パスミスが目立った。

 平均身長は日本が162.5cm、南アフリカが160.4cmと、高さでは優ったが、南アフリカの選手は一歩の伸びや寄せる速度がアジア勢や欧米勢とは違った。通るだろうと思った日本のパスを足先で引っ掛けるようにして奪う。その時の反応の速さと足腰のバネに驚かされた。

 また、南アフリカはエリス監督が話していた通り、しっかりと足下でパスを繋ぐチームだった。ポジションの近い選手同士でトライアングルを形成しながら連動した3人目の動きを生かし、前線ではワントップのFWクレツィナー・クガトラナが電光石火のスピードで日本の最終ラインの背後を狙う。加えて、南アフリカは4-1-4-1の布陣だったため、日本は3列目のアンカーポジションにあたるベテランのMFマーメロ・マクハバヌのマークを掴みにくく、前半20分までは落ち着かない展開が続いた。

 ボランチの宮川は、「アンカーの(マクハバヌ)選手がすごく嫌な位置にいたので、そこをFWの選手に消させるのか自分が出て対応するか迷う場面が多く、最初はうまくいきませんでした。試合の中で、ブチ(岩渕)さんや(菅澤)優衣香さんと話しながら対応しました」と、選手同士がピッチの中でそのズレを修正したことを試合後に明かした。また、ロングボールに対しては最終ラインの4人が的確なラインコントロールでクガトラナをスピードに乗らせず、GK山下の安定感もあり、大きなピンチはなかった。

 そして、先制点はセットプレーから生まれた。前半20分、左コーナーキックの場面で、中島のキックに中央から土光が飛び込み、相手がクリアし損ねたボールを熊谷が頭で押し込み、代表戦110試合目で初ゴールを決めた。

 41分には菅澤のゴールでリードを広げる。長谷川が高い位置でボールを奪い、ヒールパスを受けた岩渕がワンタッチで前線へ。これを受けた菅澤はターンするなり、右足を一閃。

「相手も詰めてきていなかったので、ゴールとキーパーの立ち位置を見ながらシュートを打ちました」と、ワンステップで振り抜いたゴールが鮮やかにゴールネットを揺らした。

 後半、高倉監督は右サイドにFW籾木結花、ボランチに杉田妃和を投入。個々が相手との間合いを修正し、マークのズレも解消されたことで、より高い位置でボールを支配できるようになった。

 そして、前線の6人を中心に様々な崩しのバリエーションが生まれていった。中でも、数々の決定機を演出していたのが長谷川だ。

 61分、長谷川が中央を切り裂くロングフィードを送ると、岩渕が抜け出してゴールネットを揺らす。しかし、その前にファウルがありゴールが認められなかった。

 71分には菅澤のスルーパスを受けた籾木が放ったループシュートがバーを叩き、直後にも長谷川のパスを受けた籾木がGKと1対1になったが、シュートはわずかにゴールの枠を左に逸れた。

 62分にはセンターバックが本職のDF三宅史織が左サイドバックに入り、71分にはFW小林里歌子がトップに入った。そして、岩渕が左サイドに、長谷川がトップ下に入る。79分にはボランチにMF猶本光、85分にはトップにFW植木理子が入り、小林が左にスライド。高倉監督は6つの交代枠を攻撃的なカードとして使いきり、日本は前線のポジションを流動的に変えながら、攻撃に変化を加えていった。

 しかし、結局、自陣ゴール前を固めた南アフリカの堅い守備を破ることはできず、2-0でタイムアップの笛が鳴った。

【アフリカ勢との対戦が財産に】

 スコア上は完勝だが、作り出したチャンスの数を考えれば、2点では物足りないーー試合後の選手たちの言葉や表情には悔しさがにじんでいた。

 

 無失点に抑えたディフェンスラインも、満足した様子はなかった。熊谷は、「相手の寄せも早いし、球際はほとんど負けていたと思います。(裏に)蹴られたら嫌だな、と思うところもありました」と、渋い口調で語った。 

 一方で、欧米やアジアとは異なるタイプのサッカースタイルと、アフリカ勢の高い身体能力を体感できたことで収穫もあった。

長谷川唯(筆者撮影)
長谷川唯(筆者撮影)

 この試合で存在感が際立っていたのが長谷川だ。相手との間合いを前半の早い段階で掴み、ボールを持てば卓越したテクニックと閃きのあるプレーを見せ、オフザボールでは黒子として周囲を生かした。

 長谷川は、縦の関係を組む遠藤が慣れないサイドバックでプレーすることについて、試合前日に、

「相手のサイドバックを引き連れて自分が中に入れば(遠藤)純の前のスペースが空いて、縦への突破やクロスなどを生かせると思うので、そういう囮の動きをしたい」と話していた。

 そして、試合ではその言葉通り、遠藤の縦への仕掛けやクロスを引き出した。後半は追加点が奪えなかったものの、ゴールまでのイメージはしっかりと描けていたようだ。

「(71分のシーンで自分のパスから)モミ(籾木)が1対1になったシーンは、一つ前のシーンでブチ(岩渕)さんが斜めに動いてくれたことで空いたスペースに私がドリブルで侵入できて、そこから3つぐらいの選択肢が生まれました。そういうシーンをもっとたくさん作れたらよかったなと思います」(長谷川)

 先発メンバーの中で唯一W杯メンバーではなかった土光が抜擢に応えたことも収穫と言える。先制点の場面ではコーナーキックに大胆に飛び込んで熊谷のゴールのきっかけとなり、遠藤の守備の負担を減らして攻め上がりをサポートするなど、堂々たるプレーを見せた。

 新たなポジションにチャレンジした遠藤と宮川について、高倉監督は及第点を与えつつも「まだまだレベルアップできると思います」とさらなる期待を込めた。また、「一つ嬉しいことは、キャプテンの熊谷紗希が110試合目にして点を取ってくれました」と笑顔で語った。ゴールについては熊谷自身も、「(初ゴール)そろそろじゃない?と、いろんなところからチクチク言われていたので、取れて良かった。それに尽きます」とユーモアを交えて、喜びを口にした。

 高倉ジャパンは2016年のスタート時から3年余りで親善試合やW杯を含め50試合近くをこなしてきた。その内訳は欧州勢が21試合、アジア勢が15試合、北(中)・南米勢が12試合。アフリカ勢との対戦は、昨年4月のガーナ(7-1で日本が勝利)戦の1試合だけだった。アフリカサッカー連盟は東京五輪で1.5枠(大陸2位のチームは南米予選2位のチリとの大陸間プレーオフを行う)を持っており、日本がアフリカ勢と対戦する可能性もある。その意味では貴重な機会だった。長谷川は、南アフリカと対戦できたことの手応えをこう語っている。

「南アフリカは身体能力を生かして蹴ってくるイメージがあったのですが、対戦してみて“巧いな”という印象を受けました。中盤から前はスピードの速い選手を使う意図で(ロングボールを)蹴っていましたが、そこまでの(ビルドアップの)流れやポジショニングには個人技もありました。ヨーロッパや南米の選手のプレーはイメージできるのですが、今回の対戦でアフリカの選手のプレーを知ることができて良かったです」(長谷川)

 一方、敗れた南アフリカのエリス監督は、「結果には決して満足していませんが、チームのパフォーマンスには満足しています。1年をいい形で締めくくることができました」と、落ち着いた表情で振り返った。

 南アフリカからは様々な競技で、世界中で活躍する選手が出ているが、女子サッカーでも大きく発展する可能性を秘めている。イタリアのACミランでプレーするキャプテンのMFリエフィレ・ジェーンは試合前の会見で、ラグビーW杯の優勝を例に挙げながら、まっすぐな瞳でこう語った。

「南アフリカは今多くの困難に直面していますが、複雑な問題を抱えている国であってもスポーツの力で一つにまとまることができると示せたと思いますし、一体感を感じることができました。私の夢は、女子サッカーでもそのような形で国が一つになり、国全体をハッピーにするために貢献することです」

 なでしこジャパンの次の目標は、12月に韓国で行われるEAFF(東アジアサッカー連盟)E-1サッカー選手権 2019 決勝大会だ。

 11月9日にはタイで行われていたAFC U-19女子選手権決勝戦で、ヤングなでしこが北朝鮮に2-1で勝利。グループリーグから5戦全勝で3大会連続のアジア王者に輝いた。また9月に同じくタイで行われたAFC U-16女子選手権では16歳以下のリトルなでしこも優勝を果たしている。

 下の世代がぐんぐんと力をつけているなか、なでしこジャパンも勝利を重ね、今季を良い形で締めくくりたい。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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