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東京五輪に向けて、フランス女子W杯を検証(1)ヨーロッパ勢の躍進が光った大会。VAR採用の影響も

松原渓スポーツジャーナリスト
アメリカが大会を連覇。欧州勢の躍進も目立った大会だった(写真:ロイター/アフロ)

 今年6月から7月にかけて行われた2019女子W杯フランス大会で、ベスト16に終わったなでしこジャパン。大会から1ヵ月強が経った8月15日、JFAで今井純子女子委員長から、データによる試合内容の検証や大会の総括が報告された。

 併せて、来年の東京五輪に向けて、高倉麻子監督と大部由美ヘッドコーチ体制の続投と、テクニカルスタッフの増強を検討していることが発表された。

 ブリーフィング(報告)では、大会全体の傾向やなでしこジャパンの戦い、来年の東京五輪に向けた強化ポイントなどが示された。報告の中で話題が前後していた部分は、一部、報告内容を元に構成しなおし、3年間チームを取材してきたなかでの筆者の見解も加えながら、全4回に分けて、その内容をまとめた。罫線内のデータは今井女子委員長(JFA)による検証結果および報告である。

 まず、大会全体の傾向、および大会に影響を与えたと思われる以下の7項目が報告された。

【(1)ヨーロッパの躍進】

【(2)大会全体のレベルアップ】

【(3)アジアは躍進できず】

【(4)アスリート能力の向上】

【(5)GKのレベルアップ】

【(6)セットプレーの重要性】

【(7)新ルール適用】

(1)ヨーロッパ勢の躍進

※JFA検証結果

・財力のあるビッグクラブを中心に女子サッカーへの投資が進んだ(世界中で発展傾向)

・ヨーロッパの強豪国で、リーグが活性化、発展し、日常のトレーニング環境が向上

・女子チャンピオンズリーグ(CL)や大陸予選をホーム&アウェーで戦えるなど、大陸内での競技環境充実

 今大会の傾向として最も顕著だったのが、欧州勢の躍進である。参加8カ国中、初出場のスコットランドを除く7チームがベスト8に進出。理由として、上記のような検証結果が報告された。

 FIFAは女子サッカーの発展を数年前から大きなテーマに掲げており、今大会は賞金額が、前回大会の1500万ドル(約17億円)から3000万ドル(約33億円)へと倍増した。次の23年大会はさらに倍増させる意向を、FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長は示している。その中で欧州各国のサッカー協会が女子の強化に力を入れ、リーグ運営やプレー環境の改善を主導する流れがある。

 フランスではリヨンやパリ・サン=ジェルマン、スペインではバルセロナやアトレティコ・マドリード、イングランドではアーセナルやチェルシー、マンチェスター・シティなどの、男子のビッグクラブが女子チームを有している。そして、そういった資金力を誇るクラブを中心にスター選手の獲得やプレー環境の整備などが進み、欧州各国のリーグが全体的にレベルアップしている。

 今大会で準優勝だったオランダは、メンバー23名のうち17名が海外でプレーしており、オランダ、イングランド、ドイツ、スペイン、フランス、スウェーデン、ノルウェーと、7カ国のリーグにわたっていた。

 各国リーグの盛り上がりは観客数に表れている。今年3月、スペイン女子リーグのアトレティコマドリードとバルセロナの試合がアトレティコの男子チームの本拠地であるワンダ・メトロポリターノ(68,000人収容)で行われ、欧州女子サッカー最多記録の60,739人の観客が入った。また、その翌週には女子セリエAのユベントス対フィオレンティーナの首位攻防戦が、ユベントス男子チームの本拠地であるアリアンツ・スタジアム(約41,500人収容)で開催され、イタリアにおける女子サッカー最多となる39,027人の観客数を記録。男子トップチームのスタジアムを女子にも開放し、無料試合として開催するなど積極的な集客を行い、注目度アップにつなげている。

 今回のW杯開催国のフランスでは、同大会で過去最高の視聴率を記録したという。現地では、全国紙の「オージュルデュイ・アン・フランス」や「レキップ」で連日取り上げられていたし、討論番組では男女の元代表レジェンドプレーヤーたちが登場して各国の試合を熱く語っていた。

 また、欧州各国の代表チームはW杯の予選や、2年に1度開催される女子ユーロの予選もホーム&アウェーで戦うことができる(アジア各国の代表チームはW杯、五輪予選ともにトーナメント形式で行っている)。

 さらに、予選で敗退したチームによる大会を行うなど、大陸内での強化にも積極的だという。

(2)大会全体のレベルアップ

※JFA検証結果

レベル差は縮小傾向(勝敗で言えば3敗したチームやタイのように大敗したチームもあるが、全体で見れば縮小傾向)

(3)アジアは躍進できず

※JFA検証結果

・アジア勢のベスト8不在は大会史上初

・ただし、ヨーロッパ以外の大陸の状況はアジア同様だった

 今大会では韓国とタイがともに3敗でグループステージ敗退、日本と中国(ともに1勝1分1敗)と、オーストラリア(2勝1敗)が、ベスト16で敗退した。アジアの環境面の課題として、下記が報告された(一部抜粋)。

※JFA検証結果

・ヨーロッパと比較して大陸内の試合が少なく、予選はトーナメント形式である(ヨーロッパは予選からホーム&アウェー)

・5強(日本、北朝鮮、中国、韓国、オーストラリア)以外のレベル差が大きく、差を縮めるための解決策が見つからない

・アジアは宗教・文化、社会的、金銭的な問題もあり、A代表を参加させられないチームが半数以上ある

 上記の問題に対して、「AFC(アジアサッカー連盟)の中でも解決策は探っています」と、AFC女子委員会委員を務める今井委員長は述べている。

 前述したように、女子サッカーの発展を推進することはFIFAが確固たる方向性を示しており、賞金の増額のほかに参加国増(23年は32チーム)、移動などの待遇改善、各国リーグのプロ化や各種大会の開催(女子クラブW杯やワールドリーグ)なども検討されている。

 日本でも11年の女子W杯ドイツ大会優勝の盛り上がりを受け、FIFAクラブW杯の女子版を目指して欧州や南米、アジア、オセアニアの強豪クラブを招待してトーナメント形式で戦う「国際女子サッカークラブ選手権」を12年から14年にかけて行った。

 12年の決勝では、当時多くのW杯優勝メンバーを擁していたINAC神戸レオネッサと、フランス女子代表の強力なメンバーがそろったリヨンが対戦した。試合は非常にハイレベルな攻防(延長戦の末にリヨンが2-1で勝利)を見せ、NACK5スタジアム大宮に詰めかけた観客を喜ばせた。だが結局、欧州とのリーグ開催期間の違いや資金面などの理由もあって継続が難しくなり、同大会は当初予定されていた通り3年間で終了した。

 アジアは多くの人口を抱えており、普及や育成が成功すれば多彩な才能を輩出する可能性を秘めている。文化的社会的には、欧州よりも難しい面があるが、改善されていることもある。たとえば、FIFAの大会では12年までイスラム教徒の女性が頭を覆うスカーフ「ヒジャブ」着用が安全面を理由に禁止されていた(AFCでは認められていた)ため、11年のロンドン五輪アジア2次予選でイラン女子代表の出場資格が剥奪された。だが、12年7月以降にFIFAのルールが改正されて着用が可能になり、現在はヒジャブ付きユニフォームも開発されている。

 日本では現在、国内リーグのプロ化や23年大会の招致など、環境整備や女子サッカーの普及への取り組みを行っている。リーグのプロ化については記事(4)を参照。

(4)アスリート能力の向上

※JFA検証結果

基本的な技術・戦術の向上とともに、前線のスピード、能力の高い個人が打開する傾向がある

(5)GKのレベルアップ

※JFA検証結果

GKのファインセーブが各試合のレベルを高めた

(6)セットプレーの重要性

※JFA検証結果

・得点の3割以上を記録

・様々な方法を駆使するチームが増えた

・PKによる得点が増えた(18〜19点)

(7)新ルール適用

※JFA検証結果

・ハンド、PKが多発

・試合の流れの面でも難しさがあった

 今大会から初採用されたVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)は、試合内容や結果に大きな影響を及ぼした。

 VARの目的は重大な誤審をなくすことにある。実際に、FIFAは大会中、判定の正確性が以前の92%から98%まで上がったと発表した。だが、その運用については戸惑いの声も聞かれた。

 VARは、試合中にオペレーションルームで複数の角度からリアルタイムでプレーの検証が行われている。判定に疑いがあるとVARが判断した場合には、その助言を受け入れるかどうか主審が判断する。受け入れる場合は、サイドラインに指定された場所で映像を確認し、改めて判定を行うことができる。主審が判定について疑問がある場合もVARの助言を求めることができる。

 大会中はVARによって判定が覆るケースが少なからずあり、問題となるプレーが起きてから映像判定の確認がなされるまでのプロセスに時間がかかりすぎていると感じる場面が何度かあった。また、ハンドやペナルティエリア内のファウルが明らかに疑われるシーンで、主審がVARを使用しないケースも目にした。VARによってGKの退場のリスクが高まったことで、大会中に緊急でルール変更(※1)も行われている。

 全体的にVARによって反則となるケースが増えたため、ペナルティエリア内での守備については以前に増して慎重な対応が求められ、特に守備の選手にとっては対応が難しい部分があった。今後はファウルにならないような守備の徹底、ペナルティエリアより手前でボールを奪い切るための工夫も含めて、高倉ジャパンの守備強化の方向性に注視していきたい。

(※1)今年6月1日から施行された新たな規則では、PKの際にGKは少なくとも片足をゴールラインに触れていなければならず、違反した場合はイエローカードが出されることになっていたが、これが一時的に廃止になった。

 VARによって反則が取られるケースが増加したことを受けての変更で、IFAB(国際サッカー評議会)は、「GKが2度目の警告で退場処分になるリスクが高まるため」と、その理由について声明を出した。

(2)(3)(4)に続く

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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