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「またこのチームに戻ってこれるよう一生懸命頑張ります」なでしこジャパンの植木理子を支える強い想いとは

松原渓スポーツジャーナリスト
W杯直前に離脱することが発表された植木。ケガの完治と再起に期待(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

 6月7日にフランスで開幕する女子W杯。

 なでしこジャパンは27日にフランス入りして、6月2日のスペイン女子代表とのテストマッチに向けて調整を続けている。

 大会開幕を1週間後に控えた5月31日、FW植木理子がケガで離脱することが発表された。

 日本サッカー協会の公式サイトで、植木は以下のコメントを発表している。

「直前で怪我をしてしまい、ワールドカップという舞台に立てないことはとても悔しいです。しかし、この経験を糧にまたこのチームに戻ってこれるよう一生懸命頑張ります」

 メンバー発表後のリーグ戦で負傷し、国内合宿から別メニューで調整を続けて現地入りもしていた。大会直前にチームを離れる無念さは想像するに余りある。

 気持ちを切り替えるのに少し時間がかかるかもしれないが、まずはケガをしっかりと完治させ、新たなスタートラインに立てることを願うばかりだ。

 植木の最大の武器はスピード。相手ディフェンダーの背後に抜ける動きに加えて、ドリブルも速く、緩急を自在に操り対峙する相手を置き去りにする。

 神奈川県川崎市で生まれた植木がサッカーを本格的に始めたのは小学校5年生の時。代表選手の中では遅いほうだが、フル代表には19歳で初選出されている。そのステップアップのスピードの速さには驚かされる。

 小さい頃は水泳やドッジボール、野球、テニスなど、様々なスポーツに触れてきた。球技は全般的に得意で、休みの日には父とキャッチボールを楽しんだという。運動能力は当時から高かった。

「小さい頃から、走るのは早かったです。ずっとリレーの選手で、運動会も徒競走などで1位になるのが楽しくて、それが生き甲斐でしたね(笑)。走ることが大好きだったんです」(植木)

 小学校時代、昼休みは広いグラウンドで男の子とサッカーに明け暮れた。5年生の時に地元・川崎市のAC等々力に入団するとすぐに頭角を現し、翌年、神奈川県の女子トレセンU-17に選出されている。当時のコーチの紹介で、小学校卒業後は日テレ・ベレーザの下部組織の日テレ・メニーナ・セリアスに入団。そこで、植木は「上には上がいる」ことを実感した。

「小学生の頃はボールを蹴って走ればそれで通用していたのですが、セリアスやメニーナで上手い人たちの中に入ると通用しませんでした。最初は苦労しましたが、お手本となる選手がクラブにたくさんいたのは大きかったですね」(植木)

ベレーザに昇格後、スーパーサブとして結果を残し、レギュラーまで上り詰めた(筆者撮影)
ベレーザに昇格後、スーパーサブとして結果を残し、レギュラーまで上り詰めた(筆者撮影)

 15年にはメニーナに昇格し、強豪クラブのユースや大学チームがしのぎを削る関東女子リーグで、1年目に得点王に輝いた。さらに同年、U-16日本女子代表に選ばれ、翌年にはU-17女子W杯で6試合4得点と活躍し準優勝に貢献。この年(16年)にはトップチームのベレーザに昇格し、途中出場で毎試合のようにゴールを決め続けた。

 17年のU-20女子W杯アジア予選で5試合で3ゴールを決めて日本をアジア王者に導いた植木は、昨年夏に行われたU-20女子W杯で、全6試合に出場し5得点を決め、この年代で初の世界一に大きく貢献した。昨年は国内でもリーグカップで得点王に輝いている。

 コンスタントに結果を残し、ステップアップし続けてきた植木を支えたものは何か。それは、生来の運動能力の高さに加え、サッカーに向き合う真面目で謙虚な姿勢だろう。

「自分のことを技術面でうまいと思ったことはないです。だから、誰よりも『頑張る』ことだけは絶対にやろうと思ってきました。技術は後から練習してついてきますけど、頑張ることは自分の気持ちの問題なので、その点は誰にも負けないようにしたいと思っています」(植木)

 セリアス時代に植木はキャプテンを務めたことがあるが、その時代の後輩たちから今でも慕われている。それは、チームを引っ張る立場になっても変わらず「誰よりも頑張る」リーダーだったからだろう。

「シンプルな練習でも、うまい下手は関係なく、自分が頑張らないと後輩はついてきてくれない。それも頑張る理由でした」(植木)

 なでしこジャパンの一員として試合に出たのは、今年4月の欧州遠征が初めてだった。フランス戦(●1-3)で残り3分でピッチに立ち、ドイツ戦(△2-2)は残り7分という短い時間だったが、植木はたしかな存在感を残した。フル代表での試合出場数はわずか2試合だったが、厳しいサバイバルを勝ち抜いた。

 守備でも手を抜かず、前線では躊躇なく1対1を挑む。国内リーグでも年代別代表でもなでしこジャパンでも、その姿勢は一貫していた。もちろん状況によってはパスを選択することもあるが、アジリティが高く、スピードの緩急を使い分けられる植木が仕掛けることは、相手にとって脅威になる。

 ゴールを決めることがチームを助けると信じ、たとえボールを失っても味方のサポートを信じる。そして、植木は仕掛け続けた。

「サッカーはチームスポーツなので、ミスしても助けてくれる仲間がいるのは心強いです。(仕掛ける)チャレンジが1回でも成功(して得点)すればチームのためになると思うので、味方に支えられていることに感謝しながらチャレンジする。それを心がけてきました」

 今大会が始まる前に、植木はそう話していた。

 今年からは早稲田大学に入学し、サッカーと二足のわらじを履く生活を送っている。

 趣味の一つが漫画で、一冊15分以内で読んでしまうのだという。サッカー漫画「エリアの騎士」の主人公、逢沢駆が見せる足技を、小さい頃によく練習していたという。大好きなことには夢中になって没頭するーーそんなところも彼女らしい。

 W杯で植木のプレーを見られなかったことは残念だ。

 だがこの辛い経験を乗り越えたとき、植木はきっと、さらに強くなって帰ってくるだろう。

 自身のプレースタイルと同じようにスピード感を持って、だが、決して一段飛ばしではなく一歩ずつ階段を上ってきた植木だからこそ、そう遠くない未来に、再び青いユニフォームを着てピッチに立つ日が来るかもしれない。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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