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大型補強をしたちふれASエルフェン埼玉。経験豊富な選手たちを惹きつける菅澤サッカーの魅力(1)

松原渓スポーツジャーナリスト
強力な新戦力が加入した(筆者撮影/左から深澤、木下、中村、上辻、齋藤)

【新たな陣容で臨むシーズン】

 今年、なでしこリーグで注目したいチームの一つが、オフシーズンに大型補強をした2部のちふれASエルフェン埼玉(エルフェン)だ。

 特に、1部から加入した選手の多さは印象的で、代表歴のある選手も少なくない。

 INAC神戸レオネッサ(INAC)から、元なでしこジャパンのGK福元美穂。リーグ3冠を達成した日テレ・ベレーザ(ベレーザ)から、同じく元なでしこジャパンのMF上辻佑実。ジェフユナイテッド市原・千葉レディース(千葉)の中心選手として12シーズンを戦ったFW深澤里沙。AC長野パルセイロ・レディース(長野)から、MF大宮玲央奈、MF木下栞、MF中村ゆしか、MF齋藤あかねの4選手。地元の飯能市出身で、浦和レッズレディース(浦和)から加入したDF木崎あおい。そして、昨年、U-20女子W杯で世界一に輝き、19歳でA代表入りを果たしたMF長野風花(仁川現代製鉄レッドエンジェルズから加入)ーー。

 昨シーズン、エルフェンは2位のニッパツ横浜FCシーガルズに勝ち点1差の3位で、1部との入替戦の権利獲得にあと一歩及ばなかった。だが、今年の選手リストを見れば、1部でも通用しそうな陣容だ。

 1部で戦ってきた選手たちが、2部のエルフェンへの移籍を決断したのはなぜかーー。その理由は、埼玉県飯能市にある「ちふれ飯能グラウンド」にあった。

 埼玉県の南西部、豊かな自然に囲まれた飯能市にある練習場で、1月の週末の練習を取材した。

 この日は2部練習で、フィジカル測定を行った午前練は和やかな雰囲気だった。笑い声が響き、新加入選手たちもすっかり馴染んでいる様子だ。

 一方、雪がちらつく中で行われた午後の練習には独特の緊張感が漲っていた。他では見たことがないようなメニューが多く、プレー中に菅澤大我監督がかける「声」が、選手たちの表情や動きに刺激を与えていた。

 今年、エルフェンに加入した多くの選手が移籍を決断した最大の理由に挙げたのが、この「練習」だった。

 

 前回の記事にも書いたように、なでしこリーグはプロではない。だからこそ移籍のハードルは低い。しかし、逆に言えばプロではないからこそ、お金では動きづらい。

 志向するサッカー、チームの雰囲気、就労環境。生活条件や、チームに関わる「人」。その根底にあるのは、サッカー中心の生活であり、サッカーへの情熱だ。

【菅澤監督の練習が選手を惹きつける理由とは?】

 菅澤監督は、東京ヴェルディの前身である読売サッカークラブをはじめ、Jリーグの名古屋、京都、千葉、熊本など、20年以上にわたり育成年代を指導してきた。今回の練習取材とインタビューを通じて、菅澤監督に対して“選手の伸びしろを見抜くスペシャリスト”という印象を強く受けた。

 その慧眼と指導技術は、指導者としてスタートした20代前半から卓越していたようだ。菅澤監督がヴェルディジュニアの監督を務めていた90年代末に、トップチームの指導に当たっていたあるコーチは、当時を懐かしそうにこう振り返った。

「下の子たちは正しく教えると、その成長ぶりがすぐにわかります。ただし、上司の話が長いと部下が聞かないのと同じで、監督に知識があっても、難しい言い方では子供たちに伝わらない。菅澤監督は誰でもわかるように、短い言葉に要約してわかりやすく教えるのが上手かったんです。その上で選手に考えさせて、そして選手からのフィードバックに対してまたわかりやすく教えることができる。(当時から)絶対に良いコーチになると思っていました」

 そんな菅澤監督の練習が決め手となり、加入を決断した一人が長野だ。年代別代表ではアジア(U-16/U-19)とW杯のタイトル(U-17/U-20)を全て制覇し、個人でもアジア年間最優秀ユース選手賞やU-17女子W杯のMVPに輝いている。ユース時代から浦和で育ったが、昨年、さらなる成長を期して韓国リーグへの移籍を決断し、念願だったA代表にも初招集された。

 そんな長野が、複数の魅力的な選択肢の中からあえて2部のカテゴリーを選んだことには驚いた。だが、そこには自分の意思でキャリアを切り拓いてきた長野らしい信念があった。

「今までは、深く考えずに感覚的にプレーしていた部分がありました。でも菅澤監督の練習に参加させてもらったら、感覚ではできないことが多かったんです。それで、自分の課題が練習の中ではっきりと分かるようになって、そこから逃げてはいけないと思いました。(中略)私は身体能力が高い方ではないので、ボランチでやっていく上では、たとえばイニエスタのようにワンタッチで裏を取ったり、ファーストタッチで外すテクニックやボディフェイントなどが今後絶対に必要になると思いました。自分のプレーの幅を広げたいと思っています」(長野)

 練習はボールを使ったメニューがほとんどだったが、その中で菅澤監督がかける多彩な声は興味深かった。

 プレーの狙いが良ければ失敗しても「ナイス!」と褒めるが、無難なプレーを選択した結果、突破できるタイミングを逃したときなどにはゲキが飛ぶ。「そこは柔らかいパスで食いつかせるんだよ!」、「ボールがフリーの時はもっとランニングだろ!」 といった具合に、具体的な指摘や、独特の表現も少なくない。

 また、ポジショニングやプレーの選択の良し悪しは、「そのプレーが起きた瞬間」に指摘される。1秒後には状況が変化しているからだ。そのため、選手たちはすぐに頭を切り替えなければならない。瞬発的な修正力を求められる。その積み重ねが、限られた時間の中でプレーを吟味する習慣へとつながっていくのだろう。

「頭を使うし、今までのサッカー人生で菅澤監督のような教え方は初めてだったんです。だから本当に新鮮で、練習のたびに考えさせられるんです」

 実感を込めてそう話していたのは、深澤だ。自分が成長できているという実感は、選手にとって、勝利と同じぐらいモチベーションになるものだろう。

 昨シーズン、全試合に出場したMF伊藤香菜子は、「若い選手を見ていて、これほど伸びたり、こんな風に選手は変わっていくんだ、というプロセスを見られて勉強になりました」と振り返った。練習や試合前のミーティングも短いのだという。

 練習中には、「根元」、「ホール」、「コネクト」といった聞き慣れない言葉も出ていた。これは、菅澤サッカーのキーワードなのだろう。

監督の声に耳を傾ける選手たち(筆者撮影)
監督の声に耳を傾ける選手たち(筆者撮影)

 監督に就任したのは昨年、リーグ開幕の約1ヶ月前だったため、準備期間はほとんどなかった。そんな中で迎えた1年目は、前半戦で3勝4敗2分と苦しい試合も多かったが、後半戦は5勝4分の負けなしで3位まで追い上げた。菅澤監督は、その流れを予想していたという。

「最初はうまくいかないだろうと思っていました。ボールを持とうとすれば取られるし、自信を失えば勝てなくなる。そうすると、引いて守ってゼロで抑えてカウンターを狙うようなスタイルで1年間を過ごすことになる。その流れはJリーグでも、海外サッカーでも変わりません。そっち(結果を求める戦い方)から入るとそうなるから、自分たちはちょっと我慢しよう、と伝えていました」

 昨シーズン1年間で積み重ねてきたものが、今のエルフェンのサッカーの土台だ。今年は新しく入ってきた選手たちとともに、もう一度土台から固め直す作業が必要になる。すぐに結果が出るほど甘くはないだろうが、それは、菅澤監督も選手たちもよく分かっている。一方で、見据えるのは2部優勝の「その先」だ。

「強いチームは引いても勝てるし、蹴っても勝てる。ベレーザはどんな戦い方をしても勝てるチームだと思います。最終的に目指すのはそこですが、今の我々にそんな力はないので、守備で耐える時間をどうしのぐのか、といったことも戦略的に楽しめるような、いろいろな手段を持ったチームにしていきたいですね」

 2013年から、1部昇格と2部降格を2度ずつ味わってきたエルフェンは、1部で安定した成績を残すためのチーム作りを進めている。

【環境面の魅力】

 新加入選手たちを惹きつけたもう一つの理由として、環境面にも触れておきたい。

 グラウンド横にあるクラブハウスには、監督室やミーティングルーム、マッサージルーム、カフェなどが揃っている。練習場が臨めるカフェは、窓が多く、開放的で居心地が良い空間だ。カフェのキッチンには大きな炊飯器が置いてあった。練習後にはここで食事が提供され、栄養バランスのとれたおかずや、炊きたてのご飯を食べられるのだという。

 新加入の大宮は、

「(カフェで)みんなで映像を見て、話し合いながらご飯を食べるんです。(練習が終わって)来た人から席に座っていって、グループごとに分かれることもなく、全員で賑やかに話せるのはすごくいいな、と思いました」

 と、目を輝かせた。

 日中はチームスポンサーのちふれホールディングスなどで社員として働いている選手が多いが、仕事は15時〜16時までに終わり、練習は夜に行われる。実績や経験などによって、プロ契約や、プロに近い形態で、スクールや社会貢献活動をしながらサッカーをしている選手もいる。そういった環境やスポンサー企業のバックアップは、1部のチームにもまったく引けを取らない。

 

 午後の練習が引き締まった雰囲気になったのは、練習の質もさることながら、楽しむところと真剣に取り組むところのメリハリを作れる選手が多いからだろう。

 エルフェンで13シーズン目を迎えるDF薊理絵、全体のバランスを取るアンカーポジションの伊藤ら、ベテラン勢がピッチの空気を引き締める。ピッチ脇では、リーグ史上最多、通算326試合出場の記録を持つ山郷のぞみヘッドコーチ(兼GKコーチ)が全体練習に目を配っていた。この日は別メニューで調整していたが、リーグで250試合以上の出場記録を持ち、第一線で活躍を続けるFW荒川恵理子も、チームの象徴的な存在だ。

 

 強力な新戦力が加わり、2年目を迎える菅澤監督の下で若手、中堅、ベテランがどのように融合し、花開くのか。開幕が待ち遠しい。

 エルフェンでの指導と、今後のチームの展開について菅澤監督にインタビューを行い、新加入の深澤、長野、大宮、昨シーズン主将を務めた伊藤の4選手にも話を聞いた。5人のインタビューを次の記事で掲載する。

【監督・選手インタビュー】に続く

グラウンドに隣接するクラブハウス(筆者撮影)
グラウンドに隣接するクラブハウス(筆者撮影)
スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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