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なでしこリーグ1部昇格1年目の日体大が挑む、分厚い壁。まずは「きっかけの一勝」がほしい

松原渓スポーツジャーナリスト
初勝利を目指す日体大イレブン(写真:Kei Matsubara)

【昇格1年目の“洗礼“】

 今年、なでしこリーグ1部で戦う日体大FIELDS横浜(日体大)が、開幕から5連敗で最下位に沈んでいる。同じく今年の昇格組であるセレッソ大阪堺レディース(セレッソ)も、ここまで1勝4敗の9位と苦戦中だ。

 両チームが苦しんでいる理由の一つが、パワーやスピード、個人の技量など、2部とは異なるプレーの強度や質だ。それは、昇格1年目のチームが例外なくぶつかる壁でもある。

 だが、ここ2シーズンに関しては、例外もあった。

 昨年、昇格1年目のシーズンを戦ったノジマステラ神奈川相模原(ノジマ)は、前半戦で勝ち点を着実に積み上げ、最終的には残留ギリギリの8位でフィニッシュ。また、一昨年はAC長野パルセイロ・レディース(長野)が、リーグ序盤戦からFW横山久美を中心に得点を量産し、昇格1年目で3位という好成績を残している。

 ノジマや長野も1部でのプレーのギャップには苦労していたが、逆に、ノジマは5年間築き上げてきたサッカースタイル、長野は爆発的な得点力というストロングポイントが1部でも通用していた。また、リーグ序盤戦は他のチームから研究される材料が少なかったことも有利に働いていた。

 だが、その2チームと今年の日体大を比較するのは酷だろう。今年の日体大には、厳しい条件が揃っているからだ。

 昨シーズン、2部優勝を牽引したFW荒川恵理子とMF伊藤香菜子の2人のベテランがオフに移籍。センターバックで守備を支えたDF羽座妃粋が抜けたことも大きい。また、10年間、日体大を率いた矢野晴之介監督に代わって、小嶺栄二監督を迎えた。

 チームがこれだけ大きく変化した中で、未知の1部に挑む難しさは予想がついた。このタイミングでバトンを受けた小嶺監督も、苦戦することは覚悟していたという。ゴールデンウィーク中の5月5日、日体大がトレーニングを行う横浜・健志台キャンパスのグラウンドで話を聞いた。

「(苦戦することは)想定していたのですが、実際にここまで負けが続くと、選手も僕も人間なので、ブレたり、大丈夫かな?と思うことはあります。でも、とにかく、前を向いてやっていくしかない。このまま2部に落ちてしまったら本当にもったいないので、1部に定着して、応援してくださる方を増やしていきたいと思っています」(小嶺監督)

 小嶺監督は、現役時代にV・ファーレン長崎などでプレーし、指導者に転身後は、男子高校サッカーの名門・国見高校で指揮を執った実績を持つ。女子の指導は初めてと言うが、その人柄とブレない指導哲学に惚れ込んだ矢野前監督が、長崎まで足を運んでチームを託した。

 結果が出ていない状況で、何かを貫くことは難しい。だが、貫かなければ育たないものもあるだろう。小嶺監督は今後、どのようにチームを発展させていこうと考えているのだろうか。

「最初の数試合は、縦に速く攻める、という部分を含めて(昨年までの)チームのベースを変えずにやっていたのですが、1部は相手のディフェンスラインに体の強い選手が多く、最初からそこにボールを入れるのは難しい。だから、ビルドアップや中盤の組み立ての部分で、相手の目先が変わるようなボールの動かし方にも力を入れています。勝つために内容を突き詰めて、試行錯誤しながらやっています」(小嶺監督)

 穏やかで、冷静な語り口が印象的だった。

【チームを牽引する大黒柱】

 大学女子サッカーの名門でもある日体大は部員数が多く、今年も80人を超える大所帯だ。その内訳は、学生が約9割、社会人選手が約1割。多くの選手が出場機会を得られるように、なでしこリーグの他に、関東大学リーグ、神奈川県リーグ、東京都リーグにも参加しているが、トップチームで戦える選手は一握りだ。

 学生の中には4年でサッカーを辞めてしまう選手もいるが、トップチームで卒業後もサッカーを続ける選手たちの環境は、他のチームに比べても遜色ない。

 チームのスポンサーであるFIELDSが経営するスポーツクラブで、就業時間は10時から15時まで。身体を鍛えられる環境が揃っている上に、給与面や、試合の前後は休めるなど、待遇も申し分なく、セカンドキャリアもサポートしてくれるという。

チームをけん牽引する嶋田千秋(写真:Kei Matsubara)
チームをけん牽引する嶋田千秋(写真:Kei Matsubara)

 そんな社会人選手の一人としてチームをけん引する大黒柱が、ボランチのMF嶋田千秋だ。

 嶋田はチーム最年長の26歳で、背番号10を背負い、キャプテンマークを巻く。ピッチでは練習中から大きな声で周囲を鼓舞し、ゲームを組み立てる。

 それだけの役割を一人で担うのは大変すぎないかと心配にもなるが、杞憂だった。そう言いかけたこちらの気配を察したのか、嶋田は「責任感は強いです。って、自分で言うと変ですけれど」と笑いながら、こう続けた。

「チームに来て最初の頃は、歳も上だし、ベレーザから来た選手、と見られるプレッシャーがありました。そういう意味では、1年目が一番大変でしたね。今は3年目になって、下の学年だった選手たちも成長したので、一人で背負わずに、学生の中心選手たちと役割分担しながらうまくやっています」(嶋田)

 意志の強さを感じさせる目元と落ち着いた口調には、やはり天性のリーダーらしい責任感の強さが表れていた。日テレ・ベレーザ(ベレーザ)の一員として、タイトルを獲得したこともある嶋田は、代表クラスの選手たちが生み出す常勝チームの空気を肌で知る貴重な存在だ。だからこそ、結果が出ない中でチームがバラバラになってしまう怖さも理解していた。

「今は、一瞬の隙で失点してしまうところに、他のチームとの差があると感じています。それと、自分たちはチャンスで決められなくても、相手は決めてくる。そういう、勝負を掴む強さがまだ足りないですね。去年までとサッカーのベースは一緒でも、これだけ勝てないと、やっていることが間違っているのかな?という迷いが出てきてしまうので。みんながスッキリプレーできるようになるためにも、早く一勝したいです」(嶋田)

 嶋田は日体大とベレーザで、異なるカテゴリーでのプレーを経験したからこそ、そのギャップを埋める大変さもチームメートたちに伝えてきた。もっとも、その感覚は、実際にピッチに立ってみないと分からない部分もある。

長野戦で先制ゴールを決めた植村祥子(写真:Kei Matsubara)
長野戦で先制ゴールを決めた植村祥子(写真:Kei Matsubara)

 たとえば、2部で得点ランク上位の常連だったFW植村祥子は、今年は思うように点が取れていない。だが、その中でも、試合を重ねるごとに自分の感覚をアップデートしている。

「最初は周りがうますぎて、2部とは本当にレベルが違うな、と肌で感じました。ただ、裏への飛び出しは案外、1部でも通じる感覚があります」(植村)

 ゴールデンウィーク3連戦のラストゲームとなったAC長野パルセイロ・レディース(長野)戦で、日体大は公式戦8試合目にして初めて、先制点を決めた。それは、植村が得意とする裏への抜け出しが実ったゴールだった。

【U-20年代の競演に注目】

 1部でのプレーに慣れる中で主導権を握る時間が増え、ゲーム内容が向上しているのはたしかだ。長野戦で奪った先制ゴールも、その証だった。だが、終盤、立て続けに裏を取られて逆転され、そのまま1-2で初勝利を手放してしまったのは何とも残念だった。小嶺監督は、この試合で得た新たな課題を口にした。

「90分間を通して波があるので、我慢する時間帯をしっかり見極められれば、勝ち点が見えてくると思うのですが……。長野のように、上位にいくチームは、こういうゲームをものにするんだな、と」(小嶺監督)

 今年、1部で3年目のシーズンを戦う長野は、この勝利で、首位のINAC神戸レオネッサと同勝ち点の2位まで順位を上げた。スタートダッシュは成功したと言っていいだろう。この試合ではFW西川明花が2ゴールを挙げ、前節のセレッソ戦では、18歳のFW鈴木陽(はるひ)がハットトリックを決めた。新戦力や若手の活躍に、本田美登里監督も目を細める。

 MF宮間あや、横山ら、世界で活躍する強烈な個性を送り出してきた本田監督が選手たちに言い続けてきたことは変わらない。

「失敗してもいいから、ボールを持ったら前を向け、って。本当に、それだけです」(本田監督)

 

 同年代の鈴木の活躍は、日体大のFW児野楓香、MF今井裕里奈、FW目原莉奈ら、U-20日本女子代表候補の選手たちにとっても刺激になるだろう。

 今年は、8月にU-20日本女子ワールドカップ(フランス)が行われるため、その年代の選手たちに注目してリーグを見るのも面白いかもしれない。

 苦戦を強いられている日体大の初勝利なるかーー。日体大は次節、5月13 日(日)に、アウェーの新発田市五十公野公園陸上競技場で、アルビレックス新潟レディースと対戦する。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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