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オーストラリアを下し、再びアジア王者に。世界一への新たなスタートラインに立ったなでしこジャパン

松原渓スポーツジャーナリスト
ファインセーブで優勝に貢献した山下杏也加(2018年1月16日 国内合宿)(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 なでしこジャパンが、AFC女子アジアカップ決勝戦でオーストラリアを1-0で破り、アジアの頂点に立った。

 日本としては大会2連覇、高倉麻子監督の下では初のタイトル獲得だ。

 試合終了のホイッスルと同時に、日本の選手たちがピッチの中央に輪を作った。

 優勝の喜びは、表彰式でキャプテンのDF熊谷紗希がカップを掲げるまでの間に、選手たちの間にじわりじわりと染み渡っていくようだった。

 オーストラリアは、3日前の準決勝で主力の半分以上を温存して日本との決勝戦に照準を当ててきたこともあり、一週間前のグループステージ(GS/△1−1)で対戦した時よりもコンディションは良さそうだった。

 日本も準決勝の中国戦でメンバーの約半分を入れ替え、高倉監督は前回のオーストラリア戦と同じ11人をピッチに送り出した。そして、前回同様、この試合でも相手の猛攻に耐えながら反撃の機会を待った。

 しかし、その機会はなかなか巡ってこなかった。

 決勝ゴールが生まれたのは、試合も終盤に差し掛かった84分。左サイドの相手陣内でMF長谷川唯のパスを受けた途中出場のFW横山久美が、流れるようなターンから、相手ディフェンダーを右にかわすと、ペナルティエリアの外から右足を一閃。シュートは相手GKの伸ばした手先をかすめて、ゴール右上に突き刺さった。

 横山と共に勝利の立役者となったのが、GK山下杏也加だ。

 前半13分には、ゴール正面の至近距離からFWサマンサ・カーが打ったシュートを持ち前の反射神経でブロック。直後には、FWデバンナにほぼ同じ位置から打たれたシュートを横っ飛びでキャッチした。

 さらに、15分には、熊谷がハンドで与えたPKを、完璧にコースを読んで止めてみせた。山下自身は、直前のクロスをキャッチできなかったことを反省し、「(PK)は”自作自演”の部分もありました」と、苦笑しながら振り返った。

 だが、このPKセーブが、押し込まれていた日本に勇気を与えたことは間違いない。直後、山下は心から嬉しそうに笑い、チームを鼓舞している。

「(笑顔になったのは)苦しい時間が多い中でリラックスした雰囲気を出そうという意図もあったんですが、思い通りに止められたのが嬉しくて(笑)。PKを止めた後は試合を楽しもうと思いましたし、GKは一人しか出られないので、(控えGKの)池田(咲紀子)と平尾(知佳)の分も止める気持ちでプレーしました」(山下)

 その後も、全員守備と山下の好セーブ連発でなんとか相手の猛攻を凌いでいたものの、日本は30分過ぎまでシュートを一本も打てていない。ボールの失い方が悪く、低い位置でつなごうとすればオーストラリアのハイプレッシャーの餌食になり、ショートカウンターを受けた。

 そんな中、反撃の流れを作ったのがMF中島依美だ。相手の圧力に慣れると、相手の間でボールを受けてスペースを活用し、32分には、右サイドから大きなサイドチェンジでFW岩渕真奈のチャンスを演出。その後も、35分、45分と、日本の連動した攻撃の形を引きだすプレーを見せた。

 周囲とのコンビネーションが合ってくれば、中島のボールキープや展開力は相手の脅威になる。

「距離感が良ければ日本らしさは出ます。たとえば、攻撃でボールを取られても、距離感が良ければそこから守備ができる。オーストラリアのような相手だと寄せも早いし、日本でのサポートよりも一歩早く動き出さないと、捕まってしまう。(国際大会では)ポジショニングや距離感を、もっと大事にしたいと思いました」(中島)

 だが、ゴールは遠かった。特に、後半は、相手1人を複数で囲んでもボールを奪えず、3人が一気に抜かれる場面も。

 押しこまれる展開が終盤まで続いた中、オーストラリアの決定力不足に助けられた場面もあった。試合を通じて、オーストラリアは22本のシュートを打っている。日本が打ったのは5本で、後半は横山のシュート1本のみだった。

 それでも、最後に勝利の女神を振り向かせることができたのは、守備の集中力と、少ないチャンスを決めきる決定力がオーストラリアを上回ったからだ。

【1試合ごとに成長を見せたチーム】

 日本は今大会で、アジアチャンピオンになり、来年のFIFA女子ワールドカップ出場資格も獲得した。

 チームは高倉監督の下で2年間、様々なチャレンジを繰り返してきた。結果が出ない時期は長かったが、今大会で優勝し、この2年間の取り組みを改めて証明した。

 ワールドカップ優勝経験を持つメンバーの一人として、高倉ジャパンをチーム発足時から支えてきたDF宇津木瑠美は、

「新しいチームになって初めてのタイトルを獲って、チームとしての自信にできたことは大きいですね」

 と、実感を込める。

 

 今大会で優勝できたのは、やはり、試合を重ねるごとにチームが成長していったことが大きい。

 高倉監督が示すチームコンセプトと、数々の遠征や親善試合を重ねてきた経験をベースに、選手たちが練習や試合の中でコミュニケーションを重ね、細部を肉付けし、攻守の連係を高めてきた。

 また、日本は若手、中堅、ベテランがバランス良く融合したチームで5試合を勝ち抜き、他国に比べて選手層の厚さも示した。高倉監督は決勝戦の後、選手起用について一定の手応えを述べた。 

「選手全員を使って勝ち抜いていくというプランの中で、数名はグラウンドに送り出すことができませんでしたが、戦力を落とさずに大会を勝ち上がっていくことにチャレンジしながら、思い描いていたものがうまくはまったと思います」(高倉監督) 

 大会5試合にフル出場し、大会MVPに輝いた岩渕や、ディフェンスリーダーとして5試合で2失点の堅守を牽引した熊谷、日本をワールドカップ出場に導くゴールを決めたMF阪口夢穂をはじめ、重要な局面で欠かせない、経験を持った選手たちの強さを改めて確認できた。

 加えて、MF長谷川唯、MF隅田凜、DF市瀬菜々、DF清水梨紗ら、重要な試合で抜擢された若い選手たちがしっかりと結果を残したことも大きい。

 また、長期にわたる国際大会では、控え選手の献身的なサポートや雰囲気作りがチームを助ける。

 その点でも経験のある選手が筆頭になり、積極的に声を出し、行動することで、試合に出ている選手たちは責任感を強めた。

 岩渕は試合後、

「使ってもらっている以上は結果で答えなければいけないポジション(FW)ですし、もっともっと点が取れるように成長しなければいけない」(岩渕)

 と、自身のさらなる飛躍を誓った。また、決勝でゴールを挙げた横山も、試合後は真っ先にチームメートへの感謝を口にしている。

「(今大会は)出場時間が少ない中で歯がゆい気持ちもありましたけど、ベンチから快く送り出してくれていたみんなのためにも、結果を出そうと思っていました」(横山)

 横山は日々、「試合に出たい!」という強い想いを体中から放っていた。そして、最後のシュート練習では、コーチ陣から終了の声がかかっても、「ラスト1本!」と、思い通りのコースに決まるまでこだわり続けた。そういったエネルギーがチームに良い影響を与えるものである限り、指揮官は肯定的だ。

「メラメラとした、『私を使え』という雰囲気は大事にしたいと思っています。チームのために、ということばかり強調すると、牙(きば)が抜けてしまう選手もいますから」(高倉監督)

フランクフルト(ドイツ)で成長を続ける横山久美(2017年9月9日 女子ブンデスリーガ 写真:アフロ)
フランクフルト(ドイツ)で成長を続ける横山久美(2017年9月9日 女子ブンデスリーガ 写真:アフロ)

【再び、世界一へ】

 日本は大会2連覇を達成したが、前回大会を制したかつてのチームと、今大会を制したチームでは、明らかに違う点がある。

 以前のチームには、宮間あやという稀代のキッカーがいた。そして、国際大会ではセットプレーから重要なゴールを数多く決めてきた。だが、今大会の日本はセットプレーを課題にしながらも、結局、大会を通じて決めた9得点はすべて個人技、あるいは流れの中からのゴールだった。

 それも、一つのチームカラーと言える。だが、今後はセットプレーやコンビネーションなど、ゴールのバリエーションを増やしていかなければ、レベルアップし続ける強豪国に勝つことはできないだろう。もちろん、守備面もさらなる質の向上が求められる。

 試合後、日本サッカー協会の田嶋幸三会長は、なでしこジャパンが再び世界一に輝くために、

「海外での経験を多く積んでもらいたい。今までやっている、できうる限りのことはすべて、これからもやっていきます」

と、サポートを約束した。

 なでしこジャパンはアジア王者として、来年6月に行われるフランス女子ワールドカップに出場する。2016年のリオデジャネイロオリンピック予選で一度は世界への挑戦権を失った日本は、再び世界一に挑戦するための、新たなスタートラインに立った。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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