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遠い一点、遠い一勝。苦悩とチャレンジの中で見えた長野の可能性

松原渓スポーツジャーナリスト
転機を迎えている長野(C)Kei Matsubara

【変化の時期】

 長野が、苦しんでいる。

 9月16日(土)に行われたなでしこリーグ第15節で、ホームにアルビレックス新潟レディース(以下:新潟)を迎えたAC長野パルセイロ・レディース(以下:長野)は、0-1で惜敗。

 長野はリーグ戦の直近5試合を1分4敗と、1勝も挙げることができず、中断前に3位につけていた順位は5位まで下がった。

 リーグは残り3試合と大詰めだが、降格圏の9位との勝ち点差は「8」で、2部降格の可能性もわずかながら残っている。自力での1部残留を確実にするために、まずは確実に1勝を挙げたいところだ。

 しかし、その「あと1勝」が遠い。

 特に深刻なのが、得点の少なさだ。長野が直近の5試合で決めたゴールは、セットプレーによる1点のみ。ミドルシュート以外、シュートまでの形をほとんど作れていない。

 今年の7月にドイツ1部のフランクフルトに移籍したFW横山久美が抜けた穴を、まだ埋められずにいる。

 そんな中、長野の本田美登里監督は、

「選手たちの一番良いところを出せるシステムを模索するためのトライ」として、選手のポジションや配置に変化を加えながら、チームが良くなるための最適解を探っている。 

 長野は昨年、縦に速く、シンプルかつダイナミックなサッカーで、昇格1年目ながら3位と躍進を遂げた。

「3点獲られても4点獲り返す」派手なスコアになることが多く、観客動員数ではリーグトップを記録するという“長野旋風“を巻き起こしたが、そのサッカーは、選手個々の特長を活かす配置を指揮官が考え、その中で「選手が自分たちで作り上げた」(本田監督)ものだった。

 そして、今年7月には経験豊富なMF中野真奈美がチームに加わった。

 選手が変わればサッカーも変わる。それが、本田監督が率いてきた長野のスタイルなのだ。

 前節の伊賀フットボールクラブくノ一戦では、これまで採用してきた中央がフラットな4-4-2から、中盤の底に守備的MFを置く4-3-3のフォーメーションに変更。結果はスコアレスドローで、攻撃面の課題は残ったが、公式戦の無失点試合は実に12試合ぶりで、連敗も3でストップ。

 そして、この新潟戦でも同じく4-3-3を採用した。2週間、取り組んできたシステムが好調の新潟相手に機能するかどうかは、この試合の一つのポイントだった。

【遠かった1点】

 4-3-3のフォーメーションで鍵になったのが、中盤の底に入るMF神田若帆だ。

 神田は高卒2年目の19歳。149cmと体は小さいが、スピードに乗ったドリブルや正確なパスを武器に、年代別代表候補にも名を連ねた実力者だ。今シーズン、長野ではサイドハーフで起用されることが多かったが、前節からはボランチとして起用された。その理由について本田監督は試合後、次のように話した。

「(神田は)パスの正確性があるので、プレッシャーがかからない位置からパスをさばけるという点で、彼女が今後、活きるポジションだと思って起用しました」(本田監督)

 また、守備面では、4-4-2のシステムで負担が大きかったダブルボランチにかかる負担を軽減する狙いもあったと話す。

 しかし、その狙いは、この試合で新潟相手には通用しなかった。

 4-4-2の新潟に対して、システムの組み合わせ上、自分たちの両サイドに数的不利が生じることを見越して、長野は新潟陣内の高い位置からプレッシャーをかけたが、新潟のテンポの良いパス回しが一枚、上手だった。

 不慣れなシステムの中で前線のファーストディフェンダーが決まらず、判断の遅れによって手薄になったサイドを押し込まれた。

 神田のボランチは、押し込まれた状態の中、中央を固めるという点では機能したが、フリーの状態から放り込まれるクロスには対処できなかった。

「相手(新潟)が外に広がってくることは分かっていたのですが、それに対して(プレッシャーに)いけなかったことが、(4-3-3の守備が)はまらなかった原因です」(神田)

 試合後の神田の言葉には、流れの中で守備を修正できなかったもどかしさが滲んだ。

 また、守備でボールの奪いどころのイメージをチーム全体で共有できていないために、攻撃に切り替わった際の連動も悪く、パスミスが続出。

 長野は序盤から新潟に押し込まれる中、前半16分に左サイドを突破され、新潟のMF佐伯彩があげたクロスをFW大石沙弥香に頭で押し込まれて先制を許した。

 潮目が変わったのは、39分以降だ。

 長野の3トップの左でプレーしていたFW山崎円美が足首を負傷して交代を余儀なくされ、これまで4-4-2の左サイドハーフでプレーしてきたMF野口彩佳が入った。この交代に伴ってシステムを4-4-2に戻すと、新潟に対する各ポジションのマークが明確になり、守備が安定。球際で強くプレッシャーをかけられるようになり、高い位置でボールを奪う場面が増えた。

 ハーフタイムを挟んで、長野は55分に、ハーフウェーライン手前からの中野のスルーパスを相手陣内の左サイドで受けたFW泊志穂が、新潟のGK福村香奈絵と1対1になり決定機を迎えた。しかし、シュートは福村にブロックされてゴールならず。

 65分に、本田監督はセンターバックのDF木下栞をボランチに投入し、ボランチのMF齊藤あかねをトップに上げて、パワープレーで1点を奪いに行った。

 しかし、最後までフィニッシュの形は作り出せないまま、0-1で敗戦となった。

「流れの中からのゴール」、そして「1勝」ーー。長野にとって、トンネルの出口はまだ見えてこない。

【葛藤】

「あのチャンスを自分が決めていれば負けなかったと思うので、(敗戦は)自分の責任です」(泊)

 この試合で唯一の決定機を決めることができなかった泊は、敗戦の責任を一身に引き受けようとしていた。判断に迷いを生じさせたのは、チームとして点が獲れていないことへの大きなプレッシャーだった。

ゴールへのプレッシャーと戦う泊(C)Kei Matsubara
ゴールへのプレッシャーと戦う泊(C)Kei Matsubara

「もう一つ早いタイミングで打てたのですが、『絶対に決めなきゃいけない』と思うあまり、ボールを大事に持ちすぎて(相手の)ゴールキーパーとの間合いが近くなり、自分でシュートコースを消してしまいました。チャレンジした上で外したのではなく、やりきれずに失敗してしまったので悔いが残っています」(泊)

 泊の持ち味である運動量を活かした囮(おとり)の動きや、ゴール前に飛び込むタイミングの良さなどを活かせていないことは、チームとしての課題である。

 責任を感じていたのは、泊だけではない。

「自分が(長野に)来てから(リーグ戦で)勝てていないことは、やっぱり、大きいですね」(中野)

 

 中野はこの試合が自身の250試合出場の節目だったが、そのことには触れず、語尾を消え入らせた。

 中野は90分間を通じてボールに関わる回数が特に多かったが、自分がパスを受けた後に味方の追い越す動きがないため、スペースを指して、味方に要求を伝える場面が何度か見られた。多彩なパスやクロスで周囲を活かすプレーを強みとしている中野にとって、周囲とのコンビネーションの精度を上げていくことは、自身が活きる上でも欠かせない。

 

 また、ボランチの齊藤は、ボールを失うことを恐れて消極的になった前半のプレーを悔やんだ。

「前半は下(後ろ)を向きすぎて、(味方に)落としたボールを相手に奪われてしまいました。もっと(選手同士の)距離感を良くしたり、ボールをもらう前に見ないと、今後も同じような厳しい試合になってしまうと思います」(齊藤)

 目指すゴールこそ同じだが、そこに至る過程には、それぞれの深い葛藤がある。

 長野はまさに、横山移籍後の「生みの苦しみ」の最中にいる。

【異なるポジションで見えた良さ】

 そんな中、後半の戦い方にはいくつかのポジティブな要素も見えた。

 神田の堂々としたプレーは、その一つだった。前半の嫌な流れを引きずらず、相手の攻撃の芽を摘むために自身のポジショニングを細かく修正しながら、後半の守備の安定に一役、買っていた。

 攻撃面の課題について聞くと、神田は落ち着いた口調で次のように話した。

 

「サイドハーフやサイドバックがボールを持った時に、中に誰もいないという状況があるので、そこで人数をかけられるようになれば攻撃のバリエーションが増えると思います。もっとドリブルを仕掛けられる人がいればいいのですが、選手同士の距離感を良くして、連動して崩していきたいです」(神田)

中野に対するチームメートからの信頼は日に日に高まっている(C)Kei Matsubara
中野に対するチームメートからの信頼は日に日に高まっている(C)Kei Matsubara

 また、押し込まれた状況での、中野の存在の大きさも強調した。

「ボールを持ったら、まずは(中野)真奈美さんを見るようにしています。常に良い位置にいてくれるので、パスコースがなくてもボールを当てておけば一度おさめてくれる。そこでもう一度受けることができるので、本当に大きな存在です」(神田)

 また、システムとポジションを変える中で、何人かの選手の新たな一面を見ることができた。 

終盤はFWでプレーした齊藤(C)Kei Matsubara
終盤はFWでプレーした齊藤(C)Kei Matsubara

 たとえば、ラスト30分の齊藤のFW起用は、点が欲しい時のオプションとして魅力的に映った。

 1対1でボールを奪える強さとキープ力があり、ミドルシュートも打てる齊藤が前線に上がれば、相手は人数をかけて対応せざるを得なくなるだろうし、FW陣の得点力もより活かされる。齊藤自身も、

「FWのポジションでは裏に抜けたり、思い切ったプレーができるので、またプレーする機会があれば面白いプレーをしたいです」

 と、ポジティブに受け止めていた。

 また、齊藤とダブルボランチを組むMF國澤志乃は、守備範囲の広さと体の強さを活かしたボール奪取が魅力だが、この試合では前半の途中から右サイドハーフでプレーし、攻撃面でも良さを見せた。

「前半、押し込まれていた右サイドで、(國澤の)守備の強さを活かして高い位置に壁を作って、相手のストロング(ポイント)を消したかった」という本田監督の狙いを遂行しつつ、新潟の最終ラインの裏のスペースへの思い切りの良い飛び出しから、相手に脅威を与えるチャンスを演出した。今シーズン、同じような場面が何度もあり、齊藤と同じく攻撃的なポジションでもその能力を発揮できそうだ。

 他にも、センターバックの木下は終盤に神田とダブルボランチを組んだが(昨年はボランチでもプレーしていた)、相手のプレッシャーをうまくかわしてボールを散らす技術の高さを見せた。

 そして、リーグ前半戦は右サイドバックのレギュラーだったDF五嶋京香は、センターバックとして、予測とスピードを活かした的確なカバーリングで、コンビを組むDF坂本理保とともに、確かな存在感を示した。

 残り3試合となったリーグ戦で、長野はゴールを決め、勝利をつかむことができるだろうか。

 連携は一朝一夕で良くなるものではないが、この試合で決定機を生んだ中野と泊のコンビネーションや、異なるポジションで見えた各選手の良さを活かしてより多くのチャンスを作ることが、不振を打破する糸口になるだろう。

 この敗戦を、どのように次につなげるのか。本田監督の采配にも期待したい。

 長野は次節、9月24日(日)にアウェーの川越運動公園陸上競技場で、ちふれASエルフェン埼玉と対戦する。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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