ドン・ファン元妻、状況証拠だけでどう立証? 白浜・水難偽装殺人を参考か

「紀州のドン・ファン」こと資産家・野崎幸助氏(享年77)(写真:Motoo Naka/アフロ)

 勾留期限が5月19日に迫る和歌山資産家不審死事件。逮捕された元妻は黙秘を続けているという。捜査当局は状況証拠を積み上げ、自殺や事故ではなく他殺であり、元妻が犯人に間違いないという難しい立証を迫られる。

裁判員裁判を想定する必要あり

 この点、報道では1998年の和歌山毒物カレー事件が引き合いに出されることも多い。しかし、もっぱら真犯人か否かが争われた事件だし、公判前整理手続や裁判員裁判のない時代の話だ。

 むしろ捜査当局は、2021年3月に和歌山地裁の裁判員裁判で状況証拠の積み上げにより有罪獲得を果たした白浜・水難偽装殺人事件の立証方法を参考にしているのではないか。

 妻に不倫が発覚した夫が関係を清算するとともに死亡保険金を得るため、2017年に和歌山・白浜の海岸で妻を押さえ付けて溺水させ、搬送先の病院で死亡させたとされる事件だ。夫は事件前にスマホで「溺死にみせかける」などと検索していた。

 夫は2018年に黙秘のまま殺人罪で起訴され、公判前整理手続を経て2021年2月に始まった公判でも黙秘を貫いた。そこで、そもそも自殺や事故ではなく他殺で間違いないのか、そうだとして夫が犯人なのかが争点になった。

 これに対し、和歌山地裁の裁判員裁判は、複数の状況証拠から他殺に間違いなく、夫が犯人だと認定した。その上で、懲役20年の求刑に対し、夫を懲役19年に処した。

 夫が控訴しており、まだこの有罪認定が確定したわけではない。それでも、一審の判決書からは、こうした事件の裁判員裁判において、いかなる状況証拠が重視され、有罪認定に至るのかを知ることができる。

状況証拠の内容は?

 すなわち、地裁は、次のような状況証拠を挙げ、妻が他殺されたと考えるほかには合理的に説明できず、夫が犯人だとした。

1 殺人事件であること

(1) 胃の中に砂があった

 妻の鼻からチューブを挿入して胃の内容物を吸引した医師2名が証言。再現状況などからその量は約32.5~36.5g。

(2) 意識がある中、海底近くに顔がある状態で砂混じりの海水を胃に嚥下した

 解剖医と水難学者が証言。

(3) 事故で溺れたとは考えられない

 持病はなく、てんかんなどの発症も認められず、血液検査の結果から薬物などの作用により意識を失って溺水した可能性もない。

(4) 自殺の可能性はない

 自殺の方法として不自然極まりないし、妻は両親に留学の夢を語るなどしていて自殺の動機はうかがわれない。

(5) 現場には他殺が可能な場所が存在する

 現場の海岸付近には、水平になった妻を押さえ付け、身体や着衣等に損傷を及ぼさずにその顔が砂のある海底近くに位置するようにでき、しかも海水浴場側から見えにくい場所がある。

2 夫が犯人であること

(1) 犯行が行われた20分間、現場には夫以外の第三者がいなかった

 現場付近にいたシュノーケリング客や監視員が証言。

(2) 夫には犯行可能な時間があった

 解剖医や水難学者の証言によれば、海中に沈んで息ができない状態になってから意識が失われるまで3分程度であり、せいぜい5分程度の時間があれば犯行可能。

 なお、弁護側の証人として別の医師が事故の可能性などに言及しているものの、地裁は治療医や解剖医、水難学者らの証言に軍配を上げ、その信用性を揺るがすものではないとしている。

犯行態様や計画性、動機は?

 一方、検察側は、妻が死亡するに至るまでの経緯の不自然さを他殺の根拠として主張していた。しかし、地裁は、これを検討するまでもなく、先ほど挙げた様々な状況証拠から殺人事件だと断定している。

 また、検察側は、事件前に夫がスマホで「溺死にみせかける」「保険金が支払われない」などと検索し、関連するページを閲覧していた点も夫による殺人の証拠だと主張していた。

 これに対し、裁判所は、こうしたスマホによる検索や閲覧の事実を有罪認定の根拠にはしなかった。かといって無視したわけではなく、有罪であることを前提に、懲役19年に決めた「量刑の理由」の中で計画性や動機を裏付ける事情として挙げている。

 ただし、夫が妻の身体を押さえ付けた態様については証拠がないため、裁判所は「海中で何らかの方法により被害者の身体を押さえ付け」と認定するにとどめている。

殺害方法が不明でも殺人罪に

 ここから分かることは、殺人事件か否かや犯人か否かを認定する際、犯行に至る経緯や計画性、動機に関する証拠は「二の次」だという点だ。

 むしろ、被害者の治療状況や解剖結果、現場の状況といった客観的な証拠に加え、医師ら専門家や第三者による証言が重視されている。

 さらに重要なのは、そうした状況証拠の積み上げによって夫による他殺だと認定できれば、たとえ具体的な殺害方法が不明でも、有罪判決を言い渡しているという点だ。

 「紀州のドン・ファン」と呼ばれた資産家の不審死事件でも、覚醒剤をどうやって飲ませたのか分からない中、元妻による殺人事件ではないかという方向に傾く状況証拠がいくつか報じられている。

 しかし、それらから導かれる間接事実には、いくらでも違ったストーリーを描ける危うさもある。まずは殺人罪で起訴に至るのか、起訴されたとして有罪になるのか、今後の推移を見守る必要があるだろう。(了)

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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