安倍晋三前首相の後援会が「桜を見る会」前日にホテルで開催していた前夜祭をめぐり、東京地検特捜部が秘書らの取調べを進めているという。違法な会計処理が行われたのではないかといった疑惑だ。今後の捜査は――。

何が問題に?

 この前夜祭に要した費用は、参加した選挙区の支援者らから1人5000円ずつ集めた会費の総額よりも大きいと指摘されてきた。ホテルが値引きしたとの話もあったが、実際は後援会が差額分を補てんし、ホテルに支払っていた模様だ。

 その金額は多い年で約250万円、5年間で総額800万円超に上るとみられており、ホテルが作成した明細書や領収証など、これを裏付ける物証も存在するという。

 そうすると、法的には次の2点が問題となる。

(1) 差額の補てん分は選挙区内の有権者に対する寄附にあたると評価できるから、これを禁じている公職選挙法に違反(選挙に関して行われていれば最高刑は禁錮1年、そうでなくても罰金50万円)

(2) 後援会が政治資金収支報告書に前夜祭の会費収入や補てん分を含めたホテルへの支払い分を全く記載していないことから、正確な記載を求めている政治資金規正法に違反(最高刑は禁錮5年)

 ただ、前夜祭と選挙との関連性は薄いうえ、(1)よりも(2)のほうが罪が重いから、特捜部による捜査の重点は(2)に置かれるはずだ。

なぜこのタイミングになった?

 この「桜を見る会」をめぐっては、安倍氏が不当に数多くの支援者らを招待したことで国に損害を与えたとして、1月に憲法学者らが背任罪に問う告発状を提出していた。しかし、地検は代理人による告発を認めないとして受理しなかった。

 その後、5月には、前夜祭に関し、安倍氏や秘書らを先ほど挙げた政治資金規正法違反などに問うべきだとして、弁護士らが告発状を提出した。これも、受理の判断が示されず、捜査に進展がないまま推移した。

 というのも、憲法に「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない」という規定があり、総理が現職の間は特捜部としても簡単には手出しできないからだ。「国務大臣」には総理も含まれるが、自らの訴追に同意することなど考えられない。

 その意味で、安倍氏が9月に総理を辞任したことで、風向きが大きく変わった。現に特捜部による捜査は10月ころから始まっており、後援会の代表を務める秘書らのほか、すでに20人程度の支援者らの取調べを終えている模様だ。

検察審査会を意識?

 とはいえ、今は特捜部が先ほどの告発を正式に受理すべきか否かについて見極めている段階にある。およそ刑事事件とはいえないような事実に基づく告発を受理するわけにはいかないからだ。

 ただ、物証があり、秘書も取調べに対して後援会による補てんの事実を認めているという。そうすると、起訴・不起訴の結論は別として、少なくとも告発を受理しないわけにはいかないだろう。

 あとは逮捕するか否か、証拠に基づいて起訴するか否か、誰まで刑事責任を問うべきかの判断になる。

 しかも、安倍氏ら関係者のうち誰か1人でも不起訴になれば、間違いなく検察審査会にその当否に関する審査を申し立てられるはずだ。特捜部としても、きちんと必要な捜査を遂げておかなければならない。

前首相の取調べは?

 この点、安倍氏は、総理在任中、国会で「後援会としての収入、支出は一切なく、政治資金収支報告書への記載の必要はない」と答弁していた。後援会の補てんが確かなら、事実に反する答弁だったということになる。

 そうすると、当然ながら特捜部の関心は、先ほどの(1)(2)について安倍氏にも事件当時から認識があり、秘書らと意を通じていたのではないかとか、国会でもあえてウソをついたのではないか、という点になる。

 ここにきてメディアは、次のような報道を行っている。

「安倍氏周辺によると、昨年末、安倍氏が国会答弁に備えるため、秘書に『5000円以外に事務所が支出をしていないか』と尋ねた。秘書は『払っていない』と虚偽の報告をした」

「この秘書は『(補填を)政治資金収支報告書に記載すべきなのにしていない事実を知っていた。(補填はないという)答弁をしてもらう以外ないと勝手に判断した』などと話している」

「この秘書は23日に安倍氏に報告したという」

出典:産経新聞

 要するに「秘書が独断専行した事件であり、秘書は安倍氏をだましていた。安倍氏はごく最近まで何も知らなかったわけだから、国会で意図的にウソの答弁をしたわけではない」というもので、秘書が全責任をかぶるという構図だ。

 秘書らも特捜部の取調べでこのストーリーを死守しようとするはずだし、たとえ安倍氏の取調べを行ったとしても、やはりこの線に沿った供述に終始するだろう。

 それでも、安倍氏の取調べを実施すべきだし、特捜部の現場もタイミングをみながら実施したいという腹づもりではないか。最高検など上層部がストップさせない限り、極秘裏に聴取が行われるだろう。

 というのも、告発されている張本人の弁解を直接聴きもせず、秘書の取調べで出た話を鵜呑みにするだけだと、およそ捜査を尽くしたとはいえず、間違いなく検察審査会から再捜査を求められ、「手抜き捜査」だと批判されるはずだからだ。

 1992年に特捜部が金丸信・自民党副総裁の政治資金規正法違反事件で本人の取調べを行わず、上申書の提出と軽い罰金だけで終わらせた結果、地検の表札に黄色いペンキがかけられた事件を思い起こさせる事態だ。

特捜部の「本気度」は?

 とはいえ、取調べを行うことと起訴することはイコールではない。

 あくまで安倍氏や秘書らが先ほどのような供述を維持し、覆すに足る証拠がない限り、共謀の認定は困難だから、安倍氏の政治責任は別として、刑事事件としては秘書を起訴すべき事案か否かという問題に帰着することとなる。

 ここで気になるのは、「国会の会期中は政局に影響を与えないために政治銘柄の事件は捜査しない」という検察の不文律があるにもかかわらず、特捜部が堂々と関係者の取調べを進めている点だ。

 それだけ特捜部がやる気だとみる向きもあるが、むしろ年内に告発を受理し、そのまま不起訴で終わらせる場合によくあるパターンだ。

 地検、高検、最高検の幹部決裁に要する時間をも考慮すると、今から捜査を積み上げていなければ間に合わなくなるからだ。

 現に検察では、年末である12月と年度末で定期異動前の3月に、中長期の未済となっている事件の一掃を図っており、多くが「嫌疑不十分」や「起訴猶予」といった理由で不起訴となっている。

 特に先ほどの(2)の政治資金規正法違反だと、国会議員絡みのケースの場合、検察では総額で1億円を超えていなければ立件・起訴せず、収支報告書の訂正手続に委ねるといった暗黙のルールまである。

 そこで注目すべきなのは、今後、特捜部が「ガサ入れ」、すなわち令状を得て強制的に安倍陣営の関係先に対する捜索や証拠物の押収まで行うか否かという点だ。

 SNSやメール、手帳やメモ類の記載など、安倍氏や秘書、関係者の間でどのようなやり取りが行われたのか、特に国会答弁前後の状況を解明するためにはその分析が不可欠だ。

 もし秘書だけでも起訴する、罰金をとるといった話になった場合、これだけの事件で特捜部が関係先の捜索すらせずに済ませることなどありえない。起訴後に否認に転じる場合をも想定し、十分な証拠固めを行っていなければならないからだ。

 これから特捜部がこうした動きを見せるか否かが、その「本気度」を測るポイントとなるだろう。(了)