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出川哲朗が密着ドキュメントで見せたリアクション芸人としての意地と覚悟

ラリー遠田作家・お笑い評論家

NHKの人物ドキュメント番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』で出川哲朗を取り上げるというのを聞いたとき、簡単なようでなかなか一筋縄ではいかない難しいテーマではないかと思った。

番組の基本的な構成は何となく想像できる。リアクション芸人としてテレビに出るようになってから、嫌われ者だった時代を経て、今では国民的な人気者になった。その大逆転の人生ドラマをたどっていくだけでもそれなりに面白い番組にはなりそうだ。

しかし、厳しい言い方をすれば、それだけではありきたりな内容になってしまう危険性もある。出川哲朗は単体でもうまみの強いおいしい食材だからこそ、調理するディレクターの腕が問われるのだ。

お笑い好きの立場として言わせてもらうと、この手の番組ではときに芸人が過剰に美化されたり持ち上げられたりして、むずがゆく感じてしまうことがある。今回の番組がそうなっていたら嫌だな、と思っていた。

全裸姿のファーストシーン

いざ蓋を開けてみれば、それは杞憂だった。結論から言うと文句のつけようのないすばらしい番組だった。7月27日に放送されたこの番組は、出川に対する100日間の密着取材を軸に構成されていた。丁寧に取材されているのはもちろん、出川という人物をどう描くべきなのかという問題について、制作者が真摯に向き合い、明確な答えを出している感じがした。

番組は、出川が風呂場でのロケに挑むシーンから始まる。彼はカメラの前でパンツを脱いで全裸になり、局部だけが映像処理で隠されていた。このファーストシーンから「いいね!」と思った。出川哲朗ってこういうことだよね、という重要な部分をきっちり押さえている。

番組内で出川は、体を張って過酷なことをするのは本来は嫌だし苦手でもある、と本音を漏らしている。ここはリアクション芸というものの本質を考える上で重要なところである。

リアクション芸について世間でよく言われるのは「熱湯風呂の前で『押すなよ』と言うのは本当は『押せ』という意味だ。芸人は本気で嫌がっているわけではないのだ」という話である。

でも、この話は実はそう単純ではない。もともと熱湯に落とされるのは嫌なことである。だから、カメラの前で嫌がっていること自体は本気の中の本気、出川の言葉で言えば「リアルガチ」なのだ。でも、本気で嫌がる姿が面白いんだろうということも理解はしている。そこには複雑なねじれがある。

密着取材中には、リアクション芸人界の盟友であるダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが亡くなったというニュースがあり、出川が上島さんについて涙ながらに語る場面もあった。

体を張ってプロ論を絶叫する出川に感動

そして、最後のシーンが圧巻だった。100日の密着取材を終えた後、101日目に出川がスタッフに呼び出され、ジェットコースターに乗ることになる。ジェットコースターに乗せられるというのは、出川がリアクション芸人として世に出た最初の企画であり、彼にとって原点とも言えるものだった。

そこで出川はジェットコースターに乗ったまま「プロフェッショナルとは?」という問いに答えることになる。番組の通常の流れなら、取材対象者が格好良く持論を述べる場面で、出川にはジェットコースターの座席という特等席が与えられた。彼は上下左右に振り回され、恐怖に顔をひきつらせながら、懸命に言葉を絞り出す。

「プロフェッショナルとは……ぶれないこと、ぶれないこと!ぶれないで自分……ぶれないで自分……ぶれないで自分の信じることをやり続けること!……それを仕事としてやっている人は、みんなプロフェッショナルなんじゃない!……俺もプロフェッショナルになりたーい!……俺も……俺もプロフェッショナルになりたい!」

不思議とこの場面は何度見ても笑って泣けた。メッセージの内容とそれを言わされている状況が見事な調和を見せていて、よくできた映画のクライマックスシーンのような問答無用の説得力があった。

時代の波に抗うリアクション芸人の覚悟

そんな出川にはリアクション芸の未来が託されている。昨今のテレビバラエティ業界では、この種の芸が存亡の危機にある。体を張る笑いに対して世間の風当たりは強く、放送倫理・番組向上機構(BPO)が「痛みを伴う笑い」について警鐘を鳴らしたこともあった。番組内でも出川がパンサーの尾形貴弘に諭すように語る場面があった。

「大丈夫、崩れないから。もうそれは、やり続けるから」

その後、歌舞伎がいまや古典になっているように、現代のリアクション芸も一種の伝統芸として、特殊な訓練を受けた人がやっているということにすれば今後も生き残れるのではないか、と現実的な対策を語っていた。

リアクション芸の未来がどうなるのかはわからないが、この強くて優しい日本一のリアクション芸人の未来だけは明るいものであってほしいと願うばかりだ。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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