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千鳥・大悟、見取り図・盛山、岡野陽一……「昭和っぽい芸人」が評価されている理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家

どんな業界でも「近頃の若者はおとなしい」という声を聞くことがある。お笑いの世界も例外ではない。「芸のためなら女房も泣かす」を地で行くような、社会のはみ出し者ばかりが芸人になっていたのは昔の話。

お笑い文化が成熟して、芸人を目指す人の数も激増した現在では、酒を飲まない芸人や高学歴の芸人も珍しくない。酒を飲んでベロベロの状態でテレビに出て大暴れする横山やすしのようなタイプの芸人はほとんど見られなくなってしまった。

お笑い界全体はクリーンになった

『M-1グランプリ』などの大規模なお笑いコンテストで勝ち上がるためには、ネタ作りと練習に膨大な時間を費やすことが求められる。大会に挑むアスリートのように、私生活も節制してすべてをお笑いに捧げるようでなければ、厳しい戦いを勝ち抜くことはできない。

「飲む・打つ・買う」はもはやすべての芸人が通る道ではなくなった。お笑い界は昔よりもはるかに健全になっていて、そつなく世渡りをする優等生的な芸人の方が評価される傾向にある。

昭和っぽい芸人が次々に売れっ子に

ところが、そんな現代でも、昔ながらの荒々しい生き様を見せてくれる「昭和っぽい芸人」というのが少数ながら存在している。2019年9月12日放送の『アメトーーク!』(テレビ朝日)では「私生活芸人っぽい芸人」というテーマで、そのような芸人ばかりが集められていた。

メンバーは、千鳥の大悟、納言の薄幸、見取り図の盛山晋太郎、空気階段の鈴木もぐら、ピン芸人の岡野陽一。大悟以外はまだまだ芸人としての知名度が低い人もいたが、いずれも現在は売れっ子になっている。「昭和っぽい芸人」がいま脚光を浴びているのだ。

彼らはそれぞれ酒、タバコ、ギャンブル、風俗などを好み、自堕落な生活を送っている。中には数百万円の借金を抱えている者もいる。酒とタバコで日常的にのどを痛めつける生活を送っているため、声がガラガラの芸人が多い。

昭和っぽい芸人の彼らは、荒んだ生活を送ってはいるが、昔の芸人とは雰囲気が随分違う。横山やすしのような暴力性を全面に出している人は存在せず、全体的にどこか腰が低くておとなしい。彼らは自らの意志で地を這うような暮らしを選んでいるだけであり、そこに他人を巻き込もうとはしていないのだ(中には友人に借金している者もいるが)。

酒を飲んで他人に絡んだり、暴力をふるったりするような人はこの日の出演者にはいなかった。そういうタイプの破天荒さは今の時代には求められていない。

千鳥・大悟は昔ながらの芸人像を貫く

ここに出ていた芸人の中で最も芸歴が長く、貫禄を見せつけていたのが千鳥の大悟だ。彼は妻子持ちでありながら、昔ながらの芸人のように酒と女に溺れる日々を過ごしている。現時点でお笑い界有数の売れっ子でありながら、守りに入らず遊び歩いている。

同じく昔ながらの芸人気質を持つ志村けんとも飲み仲間だった。飲み過ぎでロケに遅刻して先輩を待たせたこともあるし、週刊誌に不倫疑惑を報じられたこともある。それでも不思議と好感度は下がらない。

千鳥のレギュラー番組『テレビ千鳥』(テレビ朝日)では、大悟が酒をガブガブ飲み、タバコをバンバン吸いながら、競馬場で馬券を買うという企画が放送されたこともあった。芸人にもある程度のクリーンさが求められる時代に、大悟だけが別の次元で生きているかのようだ。

昭和っぽい芸人のたくましさは憧れの対象に

前述の『アメトーーク!』の中で、大悟は節制した生活を送る芸人に対して「それだけストイックな生活をしていて早死にしてしまったら、死ぬ前に『なんでこんな我慢してきたんだろう』と後悔するだろう」という趣旨のことを語った。一方、自分が死ぬときには「そりゃそうか」と納得して死ねるから悔いが残らない。大悟がこの話をすると、スタジオの客席からは笑いと感心したような拍手が巻き起こっていた。

「昭和っぽい芸人」が人気の理由はまさにこの点にある。最近ではネット上などでも失敗した人間が執拗に叩かれたりすることが多く、窮屈な世の中になっている。そんな中で、人としての正しいあり方からはみ出してたくましく生きている彼らを見ると、勇気づけられるのではないか。

正義が暴走しがちな世界では、正しさに縛られない人間に対する憧れも生まれやすい。自分の弱点やだらしない部分を堂々と人前で見せられる昭和っぽい芸人は、実は精神的にタフで、令和時代のスターとなりうる存在なのだ。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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