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「好感度No.1芸人」サンドウィッチマンの『M-1』優勝から何を学べるのか?

ラリー遠田作家・お笑い評論家

唐突だが、あなたはサンドウィッチマンのことをどう思うだろうか? そう尋ねられたら、恐らく多くの人が「好き」とか「面白い」などと答えるのではないか。2022年現在、人々の価値観はかつてなく多様化している。そんな時代において、老若男女に広く愛されている数少ない芸人の1組がサンドウィッチマンである。

彼らはいまや押しも押されもしない好感度ナンバーワン芸人だ。各雑誌などの「好きな芸人ランキング」でも、それまで長年トップを走り続けていた明石家さんまに替わって、サンドウィッチマンが1位に躍り出た。

しかも、それだけの圧倒的な人気がありながら「嫌いな芸人ランキング」の方ではランクインしていない。一般的に「好きな芸人ランキング」で上位に入る芸人は認知度が高いため、それだけ嫌っている人の絶対数も多くなり、「嫌いな芸人ランキング」でもある程度上位に入ってしまうものだ。

ところが、サンドウィッチマンにはそれがない。幅広い世代の全国民に愛されていて、嫌う人がほとんどいない。彼らがゴールデンタイムを中心に多くのレギュラー番組を持っているのも、その圧倒的な好感度の高さによるものだろう。

勝つためのネタ作りにこだわった

そんな彼らが世に出るきっかけになったのは、2007年の『M-1グランプリ』である。ここで敗者復活からの奇跡的な優勝を成し遂げて、一躍時の人となった。その勝ち方があまりにも鮮やかだったため、彼らの活躍はドラマチックに語られることが多いのだが、もちろんその優勝は偶然ではない。そこにはいくつかの理由があった。

第一に、彼らは『M-1』で勝つためのネタ作りに徹底的にこだわっていた。ネタ作りを担当していた富澤たけしは、過去の『M-1』の映像や質の高い漫才の映像を片っ端から見て、自分たちに取り入れるべきところを探していた。

もともと自分たちのネタには自信を持っていたのだが、ライブで普段やっているネタをそのまま持っていっても『M-1』では通用しない。『M-1』で勝つためには徹底的に無駄を削ぎ落とし、完璧な4分の漫才を仕上げる必要があった。

『M-1』優勝に必要な「スピード感」

彼らが敗者復活戦と決勝の1本目に披露したのは「街頭アンケート」のネタだった。軽いあいさつの後、以下のようなセリフが交わされる。

伊達「まあ、いろいろ興奮することっていっぱいあるけど、いちばん興奮するのは急いでるときにされる街頭アンケートね」

富澤「ああ、これ、間違いないね」

ここで彼らは首を下に傾けて、コントを演じるモードに入る。余分な前置きをせずに、コンマ1秒でも早くコントの中身に入る。このスピード感こそが『M-1』で勝つためには必須なのだ。『M-1』で優勝する漫才は、F1カーの車体のように、無駄な部分が1つもないほど研ぎ澄まされたものでなければならない。サンドウィッチマンの漫才はその水準に達していた。

彼らはこの漫才で決勝ファーストステージの暫定1位に輝き、最終決戦に進んだ。最終決戦に挑んだのは、サンドウィッチマン、キングコング、トータルテンボスの3組。

『M-1』決勝の舞台には魔物が棲んでいる

サンドウィッチマンが2本目に選んだのは「ピザのデリバリー」。どこでやっても必ずウケる彼らの自信作だった。ところが、ネタの途中でちょっとしたトラブルが起こった。伊達みきおがせりふを忘れてしまい、一瞬言葉に詰まったのだ。富澤はいち早く相方の異変に気付いたが、緊張のあまり自分も言葉が出なくなり、相方をフォローすることができなかった。

その直後、伊達は何とか次のせりふを思い出し、ネタを再開した。2人は落ち着きを取り戻し、そのまま漫才を終えることができた。このネタは今まで100回以上もやっていて、ネタを飛ばしたことは一度もなかったという。

「甲子園には魔物が棲んでいる」と言われることがあるが、極度のプレッシャーがかかる『M-1』の決勝の舞台にも間違いなく魔物は存在している。勝負の行方を左右する気まぐれな魔物は、サンドウィッチマンを簡単には勝たせてくれなかった。最後まであきらめない心がギリギリのところで彼らを救ったのかもしれない。

最終審査の結果はサンドウィッチマン4票、トータルテンボス2票、キングコング1票。サンドウィッチマンの優勝が決まった。

彼らの『M-1』優勝から私たちが学ぶべきことは2つある。1つは、大事な勝負の前には戦略を立てて、勝つための準備を徹底的にすること。もう1つは、本番で何が起こっても最後まであきらめないことだ。そんな彼らのひたむきな姿勢が優勝という結果につながり、視聴者にとてつもない感動と興奮をもたらしたのだ。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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