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千鳥がYouTubeをやらない理由とは? その答えは『テレビ千鳥』にある!

ラリー遠田作家・お笑い評論家

3月9日深夜放送の『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』(ニッポン放送)では、千鳥の2人がゲストとして出演していた。佐久間が企画・演出を、千鳥が主演を務めたNetflixコメディシリーズ『トークサバイバー!~トークが面白いと生き残れるドラマ~』が配信されたので、その告知を兼ねてゲスト出演を果たした。

番組の中で「なぜ千鳥はYouTubeをやらないのか」という話題が出た。たしかに、テレビで活躍する芸人の中でもYouTubeを始める人が増えている中で、千鳥は2人ともそこには手を出していない。

そのことについて、千鳥の大悟は「YouTuberになろうと思ってないから」と述べて、ノブは「自分たちの番組で好きなことをやらせてもらっているので、YouTubeで何をやればいいかわからない」と語っていた。

たしかに、千鳥は単に売れっ子のテレビタレントであるだけでなく、テレビの中である程度は自分たちが理想とする笑いを作ることができている稀有な存在である。だからこそ、現時点ではあえてYouTubeを始める必要がないのだろう。

真っ向勝負のお笑い番組『テレビ千鳥』とは

千鳥の数あるレギュラー番組の中で、彼らの作る笑いを最もダイレクトに体感できるのが『テレビ千鳥』(テレビ朝日)である。『テレビ千鳥』は2019年に鳴り物入りで始まった期待の新番組だった。総合演出・エグゼクティブプロデューサーを務めるのは『アメトーーク!』『ロンドンハーツ』などで知られる加地倫三氏。『アメトーーク!』の枠で特番として放送された『千鳥の大クセ写真館』が好評だったことから、これが番組名を変えてレギュラー化されることになった。

大阪から東京に出てきて以来、数々のバラエティ番組を渡り歩いて、その実力を知らしめてきた千鳥が、東京で念願の冠番組をスタートさせる。しかも、あの加地プロデューサーが手がけるのだから真っ向勝負のお笑い番組に違いない。お笑いファンの間では始まる前から期待が高まっていた。

しかし、いざ蓋を開けてみると、その期待はいい意味で裏切られた。それは信じられないほどユルユルの脱力系の深夜番組だったのだ。初回放送の企画は大悟が発案した「100円だけゲームセンター」。100円だけ持ってゲームセンターに行き、数あるゲームの中から1つだけを選んでプレイする、というもの。千鳥の2人がゲームセンターの店内でいろいろなゲームを見て回り、どれで遊ぶか話しているだけだった。個々のゲームについての情報なども一切入らず、この上なくシンプルなロケVTRだった。

しかし、これが番組側の狙いだった。実は、一見ゆるく見える企画でこそ、千鳥の真価が発揮される。千鳥はもともとロケに定評のあるコンビだった。ロケに行って面白い芸人というのは、何でもない日常的な場面から笑いを生み出す能力に長けている。初回の企画でも、大悟がどのゲームをするか迷っているだけなのに、ずっと楽しく見ていられた。そう、これが千鳥なのだ。

その後も、一貫してお笑い度数の高い企画ばかりが行われてきた。欲求不満のノブのためにエッチな形の大根を掘りに行く企画、凍ったパンティをブーメランのように投げて戻ってくるか試す企画など、「毎回神回」と断言していいほどの充実ぶりだ。

ノブが米津玄師の『Lemon』を上手く歌おうとする企画では、最後にスタジオで練習の成果を披露したところ、大方の予想をはるかに下回る出来でグダグダになるという奇跡が起きた。

美術倉庫の衣装や小道具を使って新キャラを作る企画では、大悟がほぼ全裸にサングラス姿の「イニガ」という異次元的なキャラクターを誕生させた。このキャラクターの人気は独り歩きしていき、なぜか子供向け漫画雑誌の『ミラコロコミックVer.2.0号』(小学館)で「イニガ」を主人公にした漫画が掲載された。

千鳥が見せる「B級感」あふれる笑い

『テレビ千鳥』では千鳥の2人が今一番やりたい企画を行うことになっている。この番組における千鳥の最大の強みは、大悟がスベることを全く恐れていないように見えることだ。振り切ったくだらないことやバカバカしいことには、スベってしまうかもしれないというリスクがついて回る。

しかし、千鳥の場合、絶対的なツッコミとしてノブが立ちはだかり、そのユルユルな企画をツッコミで面白くフォローして成立させてしまう。それをわかっているからこそ、大悟もなりふり構わずブンブン大振りをする。場外ホームランも豪快な空振り三振も、どちらも同じくらいダイナミックで見応え十分なのだ。

千鳥は三拍子揃った有能な芸人であり、どんな時間帯のどういうバラエティ番組に出てもそつなく役割をこなす器用さはある。だが、彼らが本来やりたいのは、『テレビ千鳥』で見せているようなB級感のある笑いなのだろう。

こういう種類の笑いは、見る人との間に信頼関係ができていないと伝わりづらいことがある。千鳥が東京に出てから芽が出るまでに時間がかかったのは、彼らを初めて見る視聴者にはそれが理解できなかったからだろう。いまやすっかり人気者になった千鳥は、視聴者から揺るぎない信頼を得ている。

その後も『テレビ千鳥』では、大悟が大好きな広瀬すずに会うのをひたすら我慢し続ける「ガマンすず」、芸人の手料理に無造作にカレー粉をかけて食べてしまう「カレー粉かけたら何でも旨いんじゃ!!」など、先鋭的な企画が次々に行われている。

新型コロナウイルスが猛威をふるい、ロシアのウクライナ侵攻が世界を震撼させ、世の中は底知れぬ不安と恐怖に包まれている。だが、『テレビ千鳥』はそんな時代にも新しい笑いを生み出し続けてくれるだろう。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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