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『M-1』で唯一の「非吉本芸人」として孤軍奮闘したトム・ブラウンの魅力とは?

ラリー遠田作家・お笑い評論家

今年の『M-1グランプリ』で決勝に進んだ9組の芸人のうち、吉本興業所属の芸人は5組しかいなかった。これは近年では最も少ない割合である。もともと吉本興業は所属芸人の数が圧倒的に多いし、漫才師も大勢いる。さらに、常設の劇場があって舞台に立つ回数も多いため、ほかの事務所の芸人よりも経験豊富でネタが磨き抜かれている。そのため、『M-1』の決勝では吉本芸人が圧倒的な多数派になることがほとんどだった。

2018年の『M-1』では、ファイナリスト10組のうち実に9組が吉本芸人だった。その中で唯一の他事務所枠として脚光を浴びたのが、ケイダッシュステージ所属のトム・ブラウンである。

トム・ブラウンは、長髪の布川ひろきと坊主頭のみちおの2人組だ。もともとは高校の柔道部の先輩と後輩という関係だった。布川は高校卒業後、札幌よしもとに入って芸人になった。一方のみちおはスノーボーダーを目指して専門学校に進んだ。

布川はピン芸人として地元のローカル番組にも出演していた。この時期には、仕事で東京や大阪から札幌に来ていた芸人たちに歓楽街の案内をしたりしていた。

一方のみちおはスノーボーダーの世界のレベルの高さを思い知り、挫折。布川に誘われてコンビを組むことになった。

2人は東京に出て活動していたが、鳴かず飛ばずの時代が長く続いていた。そんな中で、有名人やアニメのキャラを合体させるというナンセンスな設定の「合体漫才」を作ったところ、これが大ウケ。ライブシーンで爆笑をさらい、ついに『M-1』の決勝の舞台に立つことになった。

漫才の冒頭でみちおが『サザエさん』に出てくる中島君を5人合体させて「ナカジマックス」を作りたい、と言い出す。ところが、中島君の中に1人だけ中島みゆきが混ざっていたせいで、合体は失敗に終わってしまう。

布川も最初は戸惑っていたものの、徐々にみちおに乗せられて、ナカジマックスが出てくるのを待ちわびるようになる。ツッコミがツッコミの役割を果たさず、ボケと一緒にその気になってしまう。驚くべき「ツッコミ不在」の漫才なのだ。

柔道部出身ということもあり、彼らの笑いはどちらかと言うと体育会系である。まるでギャグ漫画のようなバカバカしさに満ちていて、力技で強引に笑いをもぎ取っていく。

決勝では惜しくも敗れて10組中6位に終わったものの、松本人志をはじめとする審査員からは絶賛され、彼らはこれを機に一気にブレークした。彼らの代名詞となった「合体漫才」はさらにその破壊力を増しているし、『有吉の壁』などで持ち前の荒削りな芸を披露して話題を呼んでいる。

ちなみに、みちおは実際の腕っぷしにも自信があり、パイナップルを素手で砕いてジュースにするという特技を持っている。『M-1』で強烈な印象を残したお笑い界屈指のパワーファイターは、タカアンドトシに続く北海道出身のスターへの階段を順調に駆け上がっている。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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