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【対談・真船佳奈×ラリー遠田】過酷なAD生活で鋼のメンタルを手に入れた

ラリー遠田作家・お笑い評論家
真船佳奈(左)、ラリー遠田(右)《撮影:名鹿祥史》

現役のテレビ局員による異色のコミックエッセイ『オンエアできない! 女ADまふねこ(23)、テレビ番組つくってます』(朝日新聞出版)が話題の真船佳奈さんとの対談形式で、それぞれのAD時代を振り返りながら、テレビの仕事について改めて考えてみました。

初夏の北海道で凍死寸前に!?

ラリー:僕も昔、制作会社でADをやっていたことがあるので、真船さんの漫画を読んで共感するところもあれば、へえ、今はそうなっているのか、って思うところもありました。

真船:どの辺が違いましたか?

ラリー:ロケの小道具を揃えるための「AD三種の神器」として「Amazonお急ぎ便」「ドン・キホーテ」「東急ハンズ」を挙げていたじゃないですか。でも、僕がADをやっていた頃にはまだAmazonがなかったんですよ。サイト自体はあったんだけど、今ほど品揃えも良くなかったんです。「ドン・キホーテ」も当時はまだ24時間営業じゃなかったから、閉店間際に駆け込んだりしてました。

真船:うわー、ムリムリ! それは本当にご愁傷様です、って感じです。私は「Amazonがある時代のADで良かったな」って何度も思いました。

ラリー:過酷なお仕事のエピソードは本の中にもたくさん出てきましたが、ADをやっていていちばんつらかったことって何ですか?

真船:初めてのロケで北海道に行ったときですね。たしか5月ぐらいだったんですけど、「初夏の北海道」って聞いて、「初夏」っていう言葉の響きだけで服を用意していて。ちょっと浮かれて半袖で行ったら、夜に気温2度とかになって死にそうになりました。あと、ロケ中はすごい重量の荷物を持たなきゃいけないので、肉体的にもキツくて……。

そのときのロケは、誰も行かないような場所でカメラを回していて、そこに来る人はどんな人なのかを調査する、っていう内容だったんです。だから、その場所にずっと待機していなきゃいけなくて。「トイレに行きたかったら車でホテルに戻るから声かけてね」と言われていたんですけど、ADだから気を使って「トイレに行きたい」ってなかなか言えなくて。こっそり車の陰に隠れて、携帯トイレの袋みたいなものにしてました(笑)。

ラリー:それは本当にキツいですね!

真船:まだADという仕事をよく分かっていない時期に行ったロケだったので、特にキツかったですね。それ以降はもう何があっても何とも思わなくなりました。

ラリー:僕も、山登りのロケで3日間ぐらいずーっと雨が降っていたことがあって。持っているものが全部濡れちゃったんですよ。夜はテントで寝るんですけど、テントの中までビショビショになっていて。寝袋で寝るんですけど、寝袋の中まで水が染み込んでるから、体の半分が水に浸かっている状態で寝たんですよ。めちゃくちゃ寒かったです。

真船:私は、高尾山ロケで豪雨だったときがあって、そのときも「死ぬ!」と思いましたね。でも、そんな中でも、演者さんはずっと気を張り詰めていて、すごいなあ、と。

ラリー:忙しくて寝不足になると単純に眠い、っていうのもあって。僕はAD時代に「歩きながら寝る」っていう技を身につけました。薄目の状態で半分脳を眠らせながら歩く、っていう。あと、どうしても眠いときにはトイレの個室に行って、便座に座った状態で『あしたのジョー』的に寝る、っていうのもやってました。

真船:ああ、分かります。私はお腹が空いたらこっそりおトイレでおにぎりを食べたりしていました。おトイレ大好き!(笑)

ラリー:トイレは1人になれますからね……。あと、この本の「ADあるある」にも共感できるところが多かったです。会社がある六本木の繁華街で「ADだけが浮きまくっている」とか。僕も、前にいた制作会社が表参道にあって。

真船:うわー、やだやだ!

ラリー:嫌でしょ?(笑)近所にコンビニとか安いゴハン屋さんもあんまりなかったんです。そこでADだけがボロボロの格好で大量のテープが入った紙袋を持って歩くっていうのは、本当にヤバい光景でしたよ。

真船:六本木もそうですよ。ついこの前も、ハロウィンで浮かれた若者たちがたくさんいて。何がハロウィンだよ、こっちは本物の地縛霊だよ、って思って(笑)。クラブの客引きとかにも無視されるし、誰にも私が見えてないんじゃないかっていう状態で。でも、ケバブ屋の店員さんだけは声をかけてくれるんです。このエピソードは周りのテレビ関係者もみんな「共感した」って言ってくれました。

ディレクターは変な人ばかり

ラリー:あと、特に深く共感したのが、スタンドイン(照明チェックのため、ADなどがタレントの代役として所定の位置に立つこと)の話です。最高の照明で自分たちがかわいく映っているのかと思ってモニターを見てみたら、そこには現実だけが映されていた、っていう(笑)。

真船:私も、この仕事を始める前は、芸能人がテレビに出るときにはCGで肌とかもすごい加工されているのかと思っていたんです。でも、テレビでキレイに映るっていうことは、本当に美形ということ。あの人たちはたぶん細胞から違うんですよね。

ラリー:スタンドインでADが映っているときのあの違和感ってすごいですよね。あれはぜひみんなにやってほしいです。あれを一度でも経験したら、SNSとかで簡単に「○○はブス」みたいな芸能人の悪口を言わなくなると思うんですよ。

真船:そうですね。本当に「よく言えるよ」って思うもん。あの違和感は「顔ハメ看板」に近いです。そこだけ別物、って感じ。

ラリー:ああいうのを体験すると、テレビのフレームの中がいかに作り込まれた空間なのかっていうことが分かりますよね。あと、「ディレクターは基本、変な人しかいない」っていうのも、本当にその通りだなあと思いました。あれ、なんでですかね?

真船:私も考えたんですけど、たぶん変じゃないと面白い番組を作れないんじゃないですか。漫画にも出てくる「部屋がすごい汚い先輩」がいるんですけど、その人はゲーマーで、ゲーム番組を作らせたらめちゃくちゃ面白い。1つのことに長けていたり、その人なりの面白い視点があるから、その人にしかできない番組を作っていけるんでしょうね。

ラリー:だいたい、面白い番組をやっている人ほど、本人も変ですよね。

真船:そうですね。だから漫画でそういう人を紹介できてよかったです。肩に鳥を乗せている先輩とか、20年間ずっと同じ服を着ている先輩とか、ほかの会社にはたぶんなかなかいないじゃないですか。その人たちをいつか紹介したいなと思っていたので。

ラリー:僕が思うのは、ディレクター本人のもともとの面白さとか変な感覚があって、それがテレビというところにすごい凝縮された形で生かされている。ただ、テレビ番組自体はすごく一般的なみんなが見られるものだから、角が取れてるじゃないですか。作り手の本人が持っているものはもっとすごい。そこが世間にはあまり伝わってないのかな、という感じはしますね。

真船:私の周りでは、テレビ業界に入った人って「学生時代よりも楽しい」って言う人が多くて。私もそう思うんです。学生時代って、あの子はこの車に乗ってるとか、このブランドの服を着てるとか、すごくちっちゃい違いを"個性"だと思っていたんです。でも、この仕事を始めてからは、本当の意味で個性的な人たちにたくさんお会いすることができて。変な人たちがハリネズミのように個性をとがらせながら戦って番組を作っていくのが面白いな、って思いますね。

AD仕事がキツい本当の理由

ラリー:そもそも、ADってなんでこんなにしんどいんでしょうね?

真船:それ、私も考えたんですけど、結局、プライドとの戦いだと思うんです。私は絵を描くことがすごい好きなので、それで夜ふかしをするのは平気なんですよ。好きなこととか自分が求められていることであれば、たぶんどんなことでもできると思うんです。

だけど、ADの最初のうちって「なんで私がこんなことやらなきゃいけないの?」っていうことの繰り返しで。しかも、時には企画自体がボツになって、作業が丸ごと無駄になったりするんです。最初のうちはそれがしんどかったんだな、と思いますね。

ラリー:確かに、最初のうちは、自分に与えられた仕事がどういうふうに番組に役立っているのか、いまいちよく分からないんですよね。下っ端すぎて。

真船:そうなんですよ。ボツになることもあるし、こんなにがんばったのにオンエアでは3秒しか映ってないじゃん、って思ったり。自分がディレクターになったら、その3秒がいかに大事か、っていうのも分かってくるんですけどね。

ラリー:僕もADをやり始めた頃がいちばんつらくて。いざ自分がディレクターをやってみたら、編集作業で夜ふかしとかするのは平気になりました。むしろ、自分から「納得がいくまでやりたい」と思うんですよね。やらないで変なものができちゃうのが嫌だから。

真船:ディレクターになると「すべて自分で責任を持ちたい」って思い始めるんですよね。だから、それについていけないADにイラッとすることがあるんです。世間のイメージ的には「ディレクターがADをいじめている」っていう構図だと思われがちですけど、ディレクターはディレクターで本当に大変だな、って思います。

ラリー:今まで苦労した話をしてきましたが、逆にADを経験して良かったことってありますか?

真船:良かったのは、鋼のように心が強くなりました(笑)。私、もともとは本当に弱くて、すごい人見知りで、ちょっとでも他人が私のことをからかったりしているのを聞いたら、すぐ落ち込んで泣き出しちゃうようなやつだったんですよ。

でも、この仕事を始めてからは、いろいろなことに関して何とも思わなくなりましたね。変な出来事が毎日起こるので、それに対処しているうちに、何が起こってもそんなに動じなくなったのは良かったです。

あと、普通に生きていたら行けないような場所に行けたり、出会いようもなかった人と出会えたりするところですね。漫画の最後にも描きましたけど、一般の人が持っている古いモノクロ写真をカラーにするという企画で、80代のおばあちゃんに協力していただいたことがあったんです。そのときに「私にこんな若いお友達ができるなんて思わなかったわ」って言っていただいて。「私もですよ、おばあちゃん」って思いました。

ラリー:あと、僕自身は、ADを経験したことで仕事の段取りが良くなりました。時間に対してやるべき仕事の量が多いじゃないですか。だから、こうやらないと間に合わないから、まずはここに電話してこれをおさえて、これは後回しにして、とか。ADを経験したことでだいぶ仕事ができるようになったと思うんです。

真船:そうですか。私はポンコツだったからそれはめちゃくちゃ苦手でしたけど……。

ラリー:いやいや、僕もADの頃はものすごいポンコツだったんですよ。でも、仕事ができなくても、いつもヘラヘラしていよう、というのは心がけてました。

真船:分かります! 「謝れないAD」ってすごく多くて、そういう人は現場でもやっぱり嫌われてしまうんです。私はとりあえずちゃんと謝れるADを目指そう、って思っていて。遅刻したときにも、なんか言い訳するんじゃなくて、「寝坊しました、すいません」って正直に言う。そういうADの方が好かれるんです。そんなに考えてやっていたわけじゃないですけど、ヘラヘラしていた方が絶対得ですよね。

Dに向いてる人、Pに向いてる人

ラリー:あと、この業界でよく言われるのが「いいADがいいディレクターになるとは限らない」っていうのがあって。

真船:あ、そうそう、絶対そうですよ。逆に私は本当にポンコツADだったので、「真船はすごくいいディレクターになれるかもしれない」って言われていて。「よし、がんばろう」って思っていたら、ディレクターになってもやっぱりポンコツだった、っていう(笑)。

ラリー:そういうパターンもあるんですね(笑)。ADとして段取り良く仕事ができちゃう人は、むしろAP(アシスタントプロデューサー)とかプロデューサーになったりしますよね。ディレクターとしてはそんなに作りたいものはない、みたいになるというか。

真船:一応、ADの進む道としてはディレクターとプロデューサーがあって、どっちになりたい派なのかを考えないといけないんですよね。

ラリー:真船さんはどっちだったんですか?

真船:私はディレクターになりたいな、って思っていたんですけど、いざやってみたら「うわっ、何これ!? 自分で全部責任負わなきゃいけないし、こんなにいろいろなことを考えられないよ……」って思って。すごい優柔不断なので、あんまりディレクターは向いてなかったかもしれないですね。まあ、優柔不断はプロデューサーにも向いてないですけど。だから、漫画家には向いてたんじゃないですかね(笑)。

ラリー:最後にお聞きしたいのですが、テレビのお仕事のやりがいはどういうところにあると思いますか?

真船:テレビってすごくぜいたくだと思っていて。時代錯誤って言われたらそうだなって思うくらい、ものすごい労力をかけて1本の番組を作っているじゃないですか。そうやってぜいたくな環境でちっちゃいこだわりの積み重ねで1つのものを作るのは、単純に楽しいですよね。

ラリー:ほかの業界と比べても、テレビの面白いものを作るパワーみたいなものって、いまだにすごいと思うんですよね。テレビの勢いが落ちたとか見る人が減っているとか言われますけど、AbemaTVとかほかの動画メディアでも、作り手の多くはテレビのディレクターとか作家だったりするじゃないですか。今のところはそっちの方が面白いものを作れるからそうなっているわけで。みんなが面白いと思うものを作る才能はテレビに集まっているから、それは時代が移っても意外と変わっていないのかな、という気がします。

真船:そうですね、メディアとしてもともとあるものですからね。「ネットとテレビ、どっちが優れているのか?」っていう謎の論争みたいなものがたまに起きたりしますけど、全部違って全部いいんじゃないの、って思いますからね。その中でも、私はやっぱりテレビが好きです。

ラリー:僕も、自分ではテレビの仕事は挫折しちゃった側ですけど、いまだに見るのは好きだし、面白いなあと思いますからね。テレビを作っている人にはリスペクトしかないです。今後もご活躍を期待しています!

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●プロフィール

真船佳奈(まふね・かな)

1989年福島県生まれ。中央大学文学部国文学専攻を卒業後、2012年株式会社テレビ東京に入社。アニメ事業部勤務を経て、入社3年目で制作局に異動。バラエティ番組のADを経験し、『テレ東音楽祭』チーフAD、『プレミアMelodiX!』『ひるソン!』『昼めし旅』などのディレクターを担当。番組内の挿絵やキャラクターデザインも手がけている。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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