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新型コロナで突如迫られる人工呼吸器の選択肢 高齢の家族とは事前に「人生会議」を

倉原優呼吸器内科医
photoACより

高齢者施設のクラスターが頻発し、80~90歳を超えた高齢者の新型コロナ患者さんが多数入院しています。オミクロン株とはいえ、入院が必要なケースでは両肺に重度の肺炎を起こしていることも多く、「どこまで治療を行うか」という議論が必要になります。しかし、事前にそのような話し合いをしている家族は少数派です。

高齢患者さんの意思決定

コロナ禍では以下のようなケースに遭遇することがあります。

認知症や高血圧などで近所のクリニックにかかっている90歳の女性。発熱と息切れがありクリニックを受診したところ、新型コロナと診断された。酸素飽和度が低いのでコロナ病棟に入院し、酸素療法が開始された。ご家族には、「酸素が必要な状態に陥っており、今後どこまで治療を行うかを話し合う必要がある」と伝えられた。患者さん本人は意思決定が難しい状態であり、ご家族は「できることすべてやってほしい」と返答した。

もちろん、短時間でこのような議論に決着がつくとは思っていませんので、人工呼吸器を装着するということはどういうことか、90歳を超えた人に対する集中治療にどのくらい負担があるのか、について本人やご家族と何度も話し合う必要があります。

しかし、医療逼迫時におけるコロナ病棟では、1ケースずつ十分議論する時間が作れないことがあります。また、当の家族が新型コロナの濃厚接触者になっていることが多く、そもそも集まって話をすること自体が難しいのです

新型コロナの場合、家族が集まって病院で話をすることが難しい(筆者作成、イラストは看護roo!より使用)
新型コロナの場合、家族が集まって病院で話をすることが難しい(筆者作成、イラストは看護roo!より使用)

そのため、高齢のご家族がいる場合、もしものときについて話し合っておくことが重要と考えます。「縁起でもない」と感じたり、親の死生観に触れにくかったりする気持ちも分かります。しかし、残念ながら人間は不老不死ではありません。新型コロナにかかわらず、話し合わなければならない時期が必ずやってきます。

上記のケースは、何となくその話が切り出せないまま、90歳を迎えた家族の典型例です。「長生きしたよね」と周囲は思っていても、ご家族はそう思っていないこともあります。90歳を超えている場合、人工呼吸器まで装着されることはほとんどありませんが、医療従事者も「この年齢で集中治療の必要はない」などの思い込みをしないよう注意が必要です。

「できることはすべてやってほしい」

時に「できることはすべてやってほしい」というご家族がおられます。私はこれを、「一生懸命治療してほしい」という意味だと理解しています。医療従事者は持てる知識とケアを総動員してベストを尽くすので、その点は心配しなくてよいと思います。

問題は、「救命は厳しい」と主治医が思っている状態で、人工呼吸器につなぐような延命治療につながりかねない医療行為を、容認するかどうかです。「すべてやる」といっても、患者さん本人もご家族も何が「すべて」なのかよく分かっていないことが多いです(1)。

昔であれば「先生におまかせします」がまかり通っていたかもしれませんが、現代では一般的ではありません。医師と患者サイドの死生観は同じではありませんし、医師だけで決めてしまえば、トラブルになります。とはいえ、本人の意思決定が難しく、ご家族が方針を選択をした場合も、「本当にあの選択でよかったのか」と後悔や不安を引きずるかもしれません。

私たち医療従事者は、終末期の患者さんが心停止した場合に心肺蘇生を行うことはほとんどありません。これは、医学的な意義が少ないことに加えて、最期に苦痛を与えたくないという人道的配慮からです。

医療従事者のこうした現場感覚を短時間ですり合わせることは難しいです。そのため、できるだけ元気なうちから「人生会議」を開いておいてほしいと思います。

元気なうちに「人生会議」を(イラストは看護roo!より使用)
元気なうちに「人生会議」を(イラストは看護roo!より使用)

アドバンス・ケア・プランニング

人生会議のことを、私たち医療従事者は「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」と呼んでいます。具体的に何をすればよいのでしょうか?

いきなり「人工呼吸器をつけたい?つけたくない?」などの突っ込んだ質問から始める必要はありません。まずは、本人の価値観や死生観などを一緒に話すことから始めるとよいでしょう。

ACPにおいて大事なことは、以下の3ステップを繰り返すことです。

  1. 本人が望む医療や介護について考えてみる
  2. 家族や医療従事者など信頼できる人に話す
  3. 共有して手帳などに書き留める

東京都は、ACP普及啓発小冊子「わたしの思い手帳」を公開しています(URL:https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/iryo_hoken/zaitakuryouyou/acp_booklet.html)。これを活用して、日ごろからACPを意識しておくとよいでしょう。

図. ACP普及啓発小冊子「わたしの思い手帳」
図. ACP普及啓発小冊子「わたしの思い手帳」

そういう状況に陥って急いで議論するよりも、日ごろから家族内で意思疎通をはかっておくことが重要です。

ちなみに、現場が悩むことが多いのは、本人に意思決定ができない場合、家族内で意見が一致しないケースです。たとえば、長男は「本人が苦しいと感じる処置はあまりしてほしくない」と思っていて、次女は「多少しんどくてもできる限りの救命処置をしてほしい」と思っているという経験もありました。

家族内で意見が分かれることも(筆者作成、イラストは看護roo!より使用)
家族内で意見が分かれることも(筆者作成、イラストは看護roo!より使用)

医療逼迫時には、ご家族で話し合いを何度も重ねて治療方針を決める時間がないこともあります。そのため、十分な話し合いが行われる前に「とりあえずこうしましょう」という決断にいたることもありえます。

まとめ

ACPにおいて最も大事なのは、「本人の意思」です。100歳であってもまだまだ頑張りたいという人もいますし、60歳であっても人工呼吸器を希望されない人もいます。ACPは、人生のどのようなタイミングであっても意味があります。

実際に決断が必要になったとき、ACPを家族内で経験していると話がとてもスムーズにすすみます。

(参考)

(1) Quill TE, et al. Ann Intern Med. 2009 Sep 1;151(5):345-9.

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医、日本感染症学会感染症専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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