Yahoo!ニュース

「ルイ・ヴィトン」「オフホワイト」のヴァージル・アブローの死を悼む ラグジュアリーストリートの旗手

松下久美ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表
今年9月に行われたNYのメットガラに出席した際のヴァージル・アブロー(写真:REX/アフロ)

ラグジュアリーストリートというジャンルを確立した、「LOUISE VUITTON(ルイ・ヴィトン)」のメンズ・アーティスティックディレクターで、「OFF-WHITE(オフホワイト)」の創始者でもあるヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)が11月28日、テキサス州ヒューストンの病院で、41歳の若さで亡くなりました。死因は癌(ガン)でした。

筆者が初めてヴァージルの存在を強く意識したのは、2014年秋にNYのバーグドルフ・グッドマンのメンズ館のウインドウで「オフホワイト」がフィーチャーされているのを見たときでした。2014年SSにスタートしたばかりのブランドで、老舗高級百貨店がストリート系のブランドを打ち出すのがものめずらしかったのですが、イタリア製の上質な素材や仕立てと、目を引くキャッチーなデザインとの融合が斬新でした。「カニエ・ウェストのスタイリストの新ブランド」という話題が先行しがちだったのですが、「これは本物だ!」と納得しました。

ヴァージルのバックグラウンドを調べてみると、ウィスコンシン大学マディソン校で土木工学を学んだ後、イリノイ工科大学の大学院で建築学の修士号を取得。「レス・イズ・モア」や「神は細部に宿る」の言葉で知られるルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエのカリキュラムを学んでいたことを知り、俄然興味を惹かれました。

ちなみに、カニエ・ウェストとは、LVMHグループの「FENDI(フェンディ)」のインターン時代に知り合ったといわれ、そのセンスを見込まれて、クリエイティブ・コンサルタントとして、ツアーのグッズやステージ設計、アルバムのカバー、さらには、カニエのファッションコラボなどの参謀としてチームに参画していました。

彼の肩書は「ファッションデザイナー/DJ/音楽プロデューサー/デザイナー/グラフィックデザイナー/フォトグラファー」と多岐にわたっており、スラッシャー(スラッシーとも。スラッシュで肩書を連ねる、マルチな才能の人物を指す)の代表的人物でもありました。

「ルイ・ヴィトン」のメンズ・アーティスティックディレクターに就任したのは2018年で、ラグジュアリーメゾンで初の黒人デザイナーとして注目されました。初めて行った2019年SSのショーでは、「オズの魔法使い」にインスピレーションを得た虹色のコレクションを発表。ダイバーシティをポジティブに表現するとともに、ショーのフィナーレでカニエと抱き合いともに涙するシーンが印象的でした。

ヴァージルの死については、ご家族がインスタグラムで発表されましたが、そのコメントを訳すと、「ヴァージルは2年以上にわたり、心臓血管肉腫という稀少で侵攻性の高い癌と果敢に闘ってきました。2019年に診断されて以来、彼は、ファッション、アート、カルチャーにまたがるいくつかの重要な機関を指揮しながら、数々の困難な治療を受け、私的に闘うことを選択しました」

「その間も、彼の仕事熱心さ、無限の好奇心、そして楽観主義は決して揺らぐことはありませんでした。ヴァージルは、自分の技術への献身と、他者のために扉を開き、アートやデザインにおける平等性を高めるための道筋を作るという使命感を原動力としていました。彼はよく、『私がすることはすべて、17歳の自分のためなんだ』と言っていましたが、これはアートが次世代にインスピレーションを与える力があると深く信じているからです」とあります。

「NIKE(ナイキ)」や「Chrome Hearts(クロムハーツ)」「Basquat(バスキア)」「Futura(フューチュラ)」など多くのコラボ商品などで話題を呼んできたヴァージルですが、とくに、若者を含めた多くの人々に気軽にファッションやデザインに触れてほしいとの思いを込めて受けた「evian(エビアン)」や「IKEA(イケア)」とのコラボは、ファッションの民主化を体現するものでした。

2019年といえば、LVのメンズ・アーティスティックディレクターとして活躍を始めたばかりのころ。一時期、休養を取っていましたが、さすがのスラッシャーも多忙さと重圧にバーンアウト(燃え尽き症候群)になったのでは、などと噂されていましたが、それが癌の治療のためだったとは……。LVMHグループが若手デザイナーの発掘・支援のために行ってきた「LVMH PRIZE」では、病をおして、審査員を務め、メンターとしてアドバイスを行うなど、若者や人材育成にも熱意を持っていました。

最近では今年9月、コロナ禍で1年半ぶりに行われたNYメトロポリタン美術館でのファッションの祭典「メットガラ」に出席。Modernistとブルーのグラフィックを配した、真っ白いスーツと、アシメトリーのプリーツスカート、ウサ耳のような帽子をかぶって登場。アフターパーティでホストを務める姿も報じられていました。

41歳という若さでの死は、本当に無念でしょうし、ファッション業界にとっても大きな損失ですが、彼の成し遂げたことや、想いなどを改めて知ることが供養になると思われます。

彼の思想を深く知るには、2019年3月に日本で発売された書籍「“複雑なタイトルをここに”」が役に立つでしょう。ヴァージルが2017年10月26日にハーバード大学デザイン大学院で行った特別講義「Program Organization, Sequencing Experiences」で語った内容を1冊の本にまとめたものです。

また、彼のプロジェクトをまとめたサイト「virgilabloh.com」もあります。

今日は「オフホワイト」のパーカを着て、ヴァージルの冥福を祈りたいと思います。合掌。

ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表

「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業や、アダストリア、ストライプインターナショナル、バロックジャパンリミテッド、マッシュホールディングスなどの国内有力企業、「ユナイテッドアローズ」「ビームス」を筆頭としたセレクトショップの他、百貨店やファッションビルも担当。TGCの愛称で知られる「東京ガールズコレクション」の特別番組では解説を担当。2017年に独立。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。

松下久美の最近の記事