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アダストリアを1兆円企業へ 木村次期社長が語るマルチブランド・プラットフォーマー戦略と福田哲学

松下久美ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表
社長に就任予定の木村治副社長 アダストリア提供

 「グローバルワーク」「ローリーズファーム」「ニコアンド」などを手がけるアダストリアは、木村治副社長(51)が5月27日付で社長に昇格し、オーナーの福田三千男会長兼社長(74)が会長に就く人事を決めました。代表権は引き続き、福田会長が1人で持つことになります。

 1990年、まだ10店舗しかなかった福田屋洋品店時代に入社。独立して服屋を経営していたところ、福田会長に呼び戻されて、後のトリニティアーツに参画。スタッフとの年齢も近く、兄貴分的な存在でスタッフを鼓舞して挑戦を扇動。2010年度に107億円だった売上高を社長就任後3年で376億円へと3.5倍に躍進させた経験もあります。営業や店舗開発、新業態開発などを長く手がけ、外部とのネットワークも豊富です。

「彼のいいところは、いろいろな人の話を聞くところと、勘が鋭いところ。経営者として一番大切。楽しみに育てていきます」と福田会長。

 30以上のマルチブランドと、国内外で1400店舗、自社EC「.st(ドットエスティ)」会員1170万人を有し、コロナ禍前には2223億円、2000年度は1838億円を売り上げ、ファーストリテイリング、しまむら、「無印良品」を擁する良品計画に次ぐ、国内4位のファッション企業を率いることになった木村次期社長に、今の率直な気持ちや、経営者としての覚悟、社内外に向けたメッセージなどをざっくばらんに聞いてみました。(長文インタビュー)

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松下:社長就任、おめでとうございます。2018年から副社長を務めてきましたが、社長就任はいつから覚悟していたのですか?福田会長からはいつ、どんな言葉で伝えられたのですか?

木村:正直、後継者について突っ込んで聞いたことはかったので、覚悟はしていなかったですね。副社長としていつも通り動いていました。隣にずっといて、会食なども含めて対外的な場には同席していましたが。年末に会長のお宅に食事に呼ばれて。それまでもちょこちょこ呼ばれて仕事の話をしたりもしていたのですが、いつもは(会長の長男で取締役の福田)泰己も一緒なのですが、その時は2人きりで。「今期で社長を辞めるから、次をやれ」と。また酔っぱらっているのかなと思いつつ、会長は常に先を考えている人なので、5年後、10年後を見据えて、新しい体制を安定的に運営していくことを求められたのかなと。コロナ禍で、まだまだ先が見えないタイミングで、ということには正直、驚きました。

松下:福田さんにとって、木村さんは息子みたいなものですよね?

木村:株も資産も持っていませんが(笑)。そう言ってもらえると嬉しいですけど、それくらい近い存在ですね。福田屋洋服店に入社したときには10店舗しかなくて、水戸の本店の2階で面接してもらったのも福田会長でした。そこからポイント、トリニティアーツ、経営統合してアダストリアホールディングス、アダストリアと一緒に成長と苦労をしてきました。

松下:社内にはどんなメッセージ・所信表明を発信しようと考えているのですか?

木村:アダストリアの使命は変わりません。コーポレートスローガンの「Play fashion!」に込められた意味もありますし、ファッションの可能性をますます広げていきます。あとは僕がやることによって、もっともっと新しいチャレンジをしてもいいよ、もっともっと失敗してもいいよ、と伝えていきたいですね。僕自身もいろいろ失敗もしてきました。失敗はある意味、キャリアであり経験です。それを認めてくれるのが福田三千男という経営者でありアダストリアだと思っています。

松下:現在のファッッション業界の現状や課題をどのように捉えていますか?

木村:コロナ禍はもちろんあるのですが、いまいまのファッション業界にはすごく危機感を持っています。お客様もファッションを楽しみにくい時代になりつつありますし、働いている業界の人々がすごく働きにくい時代になってきています。ものがバンバン売れる時代でもありませんし。SC(ショッピングセンター)がどんどんできた時代からECの時代になり、思った通りの売れ方はしなくなってきています。消費の仕方が劇的に変わり、ファッション業界はますます変わっていく中で、働き方改革の推進や、新しい成長戦略が必要だと考えています。

松下:では、改めて、自社の強みは何ですか?

木村:僕なりに新しい言い方をすると、マルチブランド企業としてプラットフォーマーになりつつある、というところが強みです。いろいろな企業がマルチブランドをされていると思いますが、僕たちは、新規ブランドを立ち上げて、会社全体で各ブランドの仕入れ、在庫、値引きのコントロール、投資、人材育成などの仕組みが構築されつつあり、運用精度が高まっています。自社ECの「ドットエスティ」もすごく強みになっていくと思います。また、今回、代表権は(福田会長のまま)動いていないので、よくも悪くもオーナー企業であり、すごくジャッジが早いことは他社に比べて有利だと感じています。こういうことを続けてきたことで、結果的にいろいろな人が集まってきてくれる企業にもなっています。

松下:逆に課題は何ですか?

木村:われわれの成長面でいくと、グローバル化はまだまだできていません。また、モチはモチ屋といいますが、ファッションの領域は正直、まだまだ広げられるなと思っています。モチでない領域についてももっと広げられると思います。多角化しやすい土台のある会社なのですが、まだまだ取り組みが薄いですね。もっともっとやれるのに、自身がその方向に持っていけていません。あとは、オーナー企業からの脱却みたいな部分もあるんじゃないかなと思っています。歴代の社長がわりと短命だったので、気を付けなきゃ(笑)。

アダストリア広報:福田会長から聞いたのですが、トップになったときに、自分だけで決めようとしたり、外部からの意聞を聞けるようになる分、現場に目が向かなくなった方もいらっしゃったと。その点、「木村なら大丈夫。みんなが『オサムちゃん、大丈夫!?』と助けてくれるでしょ」と言っていましたね。

松下:確かに。では、未来へ向けた成長戦略や、定性的、定量的な目標掲げてくださいませ。できれば高めでお願いします。

木村:年率5%ずつ、利益ある成長を継続していくことは会社からも発表しています。[筆者注:2025年に目指す姿として、売上高成長率は年平均5%、営業利益率8%以上、ROE15%]。もっと社員全体にわかりやすく伝えるために、僕の中では、1つ目は「ファッションのシェア拡大」を打ち出していきます。アパレルは9兆円市場といわれますが、アダストリアはまだ2000億円しかやっていない。もっともっと領域を広げていきます。モノづくりもやっていますし、強みとして伝えたプラットフォームがあれば、5000億円、1兆円を目指せると思っています。

松下:「アダストリアの木村新社長、売上高1兆円を目指す!」。明言されましたね!?

木村:はい。M&Aも含めての数字になりますが、それくらいはやっていきたいなぁと。僕の代で1兆円というのは難しいかもしれないけれど、人材もそろってきていますし、それが強みでもあります。2つ目は「海外」ですね。国内できちんと稼いで、海外でしっかりと投資して展開してきたい。今、北村(嘉輝取締役)が中国・上海に行っていますが、アジアでファッションの領域を確立していきます。3つ目は「ファッション以外の領域を広げるための投資」をしていきたい。これをやるためにも国内でもっともっと稼がなければならない。4つ目は自社EC「ドットエスティ」をどう成長させていくか。[筆者注:2021年2月期のEC売上高は538億円で国内EC化率30.6%。「ドットエスティ」は15.6%に構成比が高まっている]。今年は「ドットエスティストア」の展開も始めます。これを含めて、ここはかなり大きな成長戦略になっていきます。今回、僕が社長になる中で、どれだけスピード感をもって、どう動いていくのか、どれだけ多くの人を巻き込んでいけるのか、というのは、自分の大きな役割になっていくと思っています。

松下:改めて、自身はどんなタイプのリーダーだと認識していますか?

木村:自分で独立して商売していたときと、トリニティアーツの社長時代と、ポイントと合併して取締役になって、などいろいろな経験をする中で、その時々に合わせてリーダーのタイプを使い分けてきた感じです。たとえば柳井(正ファーストリテイリング会長兼社長)さんのような本当に群を抜いている経営者とは違うと思うし、福田三千男がいて、僕が経営者としてできているところもあるので。難しいですね。ただ、トリニティアーツ時代を考えると、権限移譲型だなと思っています。大方針を出し、それに向かって全員をどう動かすか。任せることによって、人材も育つ。結果、北村という営業のトップができたし、黒田泰則には子会社バズウィットの社長を任せています。R&Dのトップの小林千晃も一緒にやってきたメンバーです。僕があまりにも頼りなかったこともあるのですが、チームってそういうことだと思うんです。僕は不得意なところは任せて、みんなで考えてやっていく。ただ、大方針を決めるところは譲れないですね。

松下:では、経営にいちばん大事なことは何か?

木村:教科書通りですが、1つ目は、ビジョンと戦略を描いて意思決定し、結果に対して責任を負うこと。2つ目は組織にミッションを与えて、きちんと理念を伝えていく、やる気に満ちた組織にすること。3つ目はお客様、取引先、ステークホルダーと良好な関係を気付いていくことですね。ずっと福田の隣にいて、会社は成長を継続させることが大切だと実感しています。だから、走り続けなければなりません。そして、社員とその家族、お客様とお取引先様を幸せにすること、そこに尽きますね。もちろんサステナビリティも大切なので、今後どうやって社会のために役立っていくかといったこともさらに考えていかなければなりませんが、いまいまは会社を成長させ、継続させていくことだと思っています。

松下:目指す経営者像は?

木村:いろいろな本も読んでいますが、やっぱり教わってきたのは福田三千男であり、ここまで長く隣にいるので、福田三千男の経営スタイルを継承していきたいですね。ただし、福田のオーナー経営と(雇われ社長のサラリーマン経営と)は大きく違います。福田三千男がいる間にきちんとアップデートしていきたいですね。また、マーケットが成長していた時代の経営と、シュリンクしている時代、リアル店舗からECの時代に大きく変わってきているので、アップデートした経営スタイルを継承したいなと思っています。本当は副社長タイプだと思うんですけどね。立場が上がるたびに、福田会長からは目線を上げろ、目線を上げろと言われ続けてきて、確かに視野が広がり、世界が変わってきた実感はあります。社長の世界はまた違うのでしょうし、半年間ぐらいは緊張しながら模索していくことになるのでしょうね。

松下:ポイントから独立して6年間、社長としてアパレルのフランチャイズを経営していた経験や、トリニティアーツ時代の社長経験なども生きそうですね。

木村:すごく大きな経験でした。ポイント時代にお世話になった取引先や小さな町工場の方々などにもご協力いただき、トリニティアーツ時代に取引をさせていただいて恩返しをさせていただいたり。もちろん独立したらお付き合いがなくなってしまった方もいらっしゃいましたが、人のつながりの大切さを感じましたし、そういう方々に助けられてキャリアを積むことができました。また、資金繰りなどはあまり得意ではなく、不安で寝られなかったり、涙しながらお風呂に入ったり、どうしていいかわからないとか、自分のお金で経営をしたからこその経験をできたのも大きかったですね。再合流する前、水戸の会長の家でご飯を食べさせてもらいながら、毎月の支払いが何億円もあるポイントでも、1000万円しかない僕でも、社長としては同じだぞと。いい経験をしたなと。小さな会社だったけど、そう言ってもらえた時は嬉しかったですね。それで、「何がやりたいんだ?」「もっとでっかい夢を持て」「やるんだったら一緒にやったほうがもっと面白いことができるぞ」といわれて戻ってきた経緯があります。

ここ数年、福田会長からは「社員に夢を語れ」「経営者は大きな志を持て」ということを叩き込まれました。さっきも5000億円、1兆円を目指すと言いましたが、松下さんには2011年、トリニティアーツの売上高が100億円そこそこのときに「WWDジャパン」で「500億円を目指します」と記事にしてもらったことをすごく感謝しています。周りからは「そんなの無理だろ」と馬鹿にされましたが、社員は「500億円やるんだ!」ということが見えて勢いや取り組みが加速しましたし、僕も口に出した以上はやらなきゃと必死で。ポイントとの経営統合前には530億円ぐらいまでいきましたね。志と夢があり、どこに向かうか明確に打ち出せたことが大きかったと思います。

松下:戦略、戦術の組み立て方や投資、スタッフの意識も変わりますからね。最近、経営者として学んだことは?

木村:昨年、コロナ禍で緊急事態宣言が出て全店舗が閉まったとき、会長から「資金繰りをまずやるぞ」と言われ、僕は開発目線で、出店、閉店、売上げの落ち込み、落ち込みはどれだけの期間継続するのか、何店舗生き残れるのかなど、シミュレーションを出すことになりました。僕らは70%になったときのシミュレーションを出したのですが、会長が役員たちに対してめちゃくちゃ怒ったんです。ふざけるなと。50%になったらどうするんだ。40%になったらどうするんだ。会社を存続させるためにはどれだけ金があればいいのか、きちんと数字を出せと。僕らは経営が自分事になっていなかったと、恥ずかしくて、すごく反省しました。あのシミュレーションと資金繰りの見通しがあったからこそ、今、コロナ禍でも新しいブランドを立ち上げられるし、他社からも強いね、と言われることができています。この1年間は経営者として大きな学びがありました。

松下:新経営チームの役割分担は?

木村:大きくは変わりません。取締役には管掌をつけていませんが、得意領域はあるのでそこを強化します。数年前から会長はここを見据えてチームを作り上げてきたのかなと思っています。取締役の金銅雅之が財務、人事、DX、北村が国内外の営業統括、この2人が常務に昇格します。福田泰己はガバナンスや得意としているサステナビリティを今まで通りやっていくことになります。僕は外交官的な外回りに加えて、会長から引き継ぐ部分もありますが、会長は代表権を持ったままですし。ただ、会長の肩の荷はちょっとは降りたかもという感じです。

松下:では、座右の銘を。

木村:フェイスブック上でも書いていますが、「変わらず踊らず平常心で」ですね。すごくヤンチャしていたときからずっと、自分の立場を考えると、この言葉が一番しっくりきていて。おれ、何も変わらないんだよ、と。それはお客様に対しても社員に対してもですね。昔、遊び過ぎていたころは会長に「謙虚でいなさい」と親に怒られるみたいにずっと言われてきたので、「謙虚」も自分の中でずっと持ち続けています。

松下:新社長として、社外へのメッセージを。

木村:ご存知の通り、僕は、周りの多くの人々に支えられて今があります。これは社員も上司も先輩も社外の方々も含めてですね。だから、今後も変わらずご指導いただければ幸いです。

松下:これからの時代、素材の購買、生産、システムや物流、そしてサステナビリティなど、企業が連携したり合従連衡をして、クリエイティブなどで健全な競争をしながら収益性を高めて共存共栄していくことがより重要な時代になります。アダストリアにはこのあたりでも業界のリーダー企業の一つとしてイニシアチブを発揮することが期待されそうですが。

木村:確かに業界のリーディングカンパニーになってきているとは感じています。これからの時代、いろいろな人・企業と組んで会社を成長させていきたいですね。もう単独で利益を独占していくような時代ではありません。組める相手があればどんどん組んで新しい経営をしていく必要があると思っています。ただ、経験として上の創業者世代は意識として難しいですよね。僕らの世代同士なら組みやすいですし、いくつかのグループへの業界再編や、共同配送、共同EC、適正なセール時期の模索、営業時間の再考などにもつなげられる可能性があります。また、生活者目線の経営のDNAや、やりたいことに挑戦できる社風を残し、社内だけでなく社外にもチャンスのある会社だということを発信していきます。新しいことが創れる社員もいますし、4月には新たにBtoB案件を手がけるライフスタイルクリエイション部も新設しました。もともと節操のない会社で、だからこそ生き延びられてきた。時代時代に合った方向をこれからも向いてくためにも、事業や人材のプラットフォームとして外に開いた会社にしていきたいと思っています。

木村治/PROFILE:1969年9月2日生まれ、茨城県出身。1990年に福田屋洋品店に入社。2001年に独立してワークデザイン社を設立。福岡で「パラビオン」のフランチャイズを立ち上げた。6年後、福田会長からの呼びかけで、トリニティーアーツの前身ドロップとワークデザインを合併し、役員に就任。2011年9月にトリニティアーツの社長に就任。その後、ポイントとトリニティアーツなどを経営統合して設立したアダストリアホールディングス(当時)の取締役に就任。子会社の副社長や、飲食子会社の社長なども兼務。2018年3月に副社長に就任。2021年5月27日付で社長に就任予定)

ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表

「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業や、アダストリア、ストライプインターナショナル、バロックジャパンリミテッド、マッシュホールディングスなどの国内有力企業、「ユナイテッドアローズ」「ビームス」を筆頭としたセレクトショップの他、百貨店やファッションビルも担当。TGCの愛称で知られる「東京ガールズコレクション」の特別番組では解説を担当。2017年に独立。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。

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