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京都の社寺で「そこでしか聴けない体験」提供 コムアイは貴船神社で創作 物語のある音楽で旅を深める

松下久美ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表
コムアイは貴船神社の音を収録して自らの声と融合させ新音楽を作成(写真は全て公式)

ファッション業界では、温暖化やサステナビリティの意識の高まり、ECの台頭などがあいまって、“リアルな店頭で服が売れない”という声がそこかしこにあふれている。「デジタル改革やOMO(オンラインとオフラインの融合)によるデータ活用やサービスの向上」、「圧倒的なクリエイティビティ、あるいは、コストパフォーマンス」、さらには、「そこでしか味わえない特別な体験を提供すること」が、現状の打破につながるだろう。

そんなファッション業界にも大いに参考になりそうな、その場でしか味わえないクリエイティブな体験を提供し、付加価値の向上を目指す面白いプロジェクトを紹介したい。ON THE TRIP(オンザトリップ)社が、敷居の高そうな京都の神社仏閣などを拠点に2月6日からスタートしたアート活動「SOUND TRIP」(サウンドトリップ)だ。

ここでしかできない音楽を体験中の成瀬勇輝ON THE TRIP代表取締役
ここでしかできない音楽を体験中の成瀬勇輝ON THE TRIP代表取締役

「いま、ここでしか聴けない体験」をスローガンに掲げる「SOUND TRIP」は、アーティストがその地にまつわる音を使い、そこでしか体験できない「物語のある音楽」をつくるプロジェクト。寺社仏閣ごとにアーティストを組み合わせ、収録した水の音や鳥の鳴き声、木々のさざめき、僧侶の声明(しょうみょう)などをベースに、そこでしか聴けない音楽を制作。第1弾では、貴船神社に「水曜日のカンパネラ」のコムアイ、壬生寺にはベルリン在住の電子音楽制作家のKyoka、三千院にはフィールドレコーディングで有名なYosi Horikawaを起用。参詣者は300円の賽銭(体験料)を収めると庭や仏像などを眺めながら音楽を聴くことができる、というものだ。

これを手がけるON THE TRIPの成瀬勇輝代表取締役は早稲田大学で経済学を学んだ後、アントレプレナー育成で呼び声が高い米ボストンのバブソン大学に留学。1年かけて世界中の起業家にインタビューをするウェブマガジン「NOMAD PROJECT」を立ち上げたりもしている。帰国後は世界中の情報を発信するモバイルメディアTABI LABOを創業している。2017年には、“あらゆる旅先を博物館化するオーディオガイドアプリ”と銘打つ「ON THE TRIP」をスタート。マイクロバスを改装したバンをオフィスとし、日本各地に滞在しながらガイドを制作。取り組んだ社寺は東福寺、法華寺、伊勢神宮など、50を数えている。

「狩野永徳や長谷川等伯のような、かつて最先端で活躍していたアーティストの作品を展示・披露し、パトロンとして活動を支援していたのは社寺だった。廃仏毀釈以降、新しい取り組みが少なかったり、インバウンドやインスタ映えなどで訪れる観光客は増えているように見えても、なかなか本質的な体験が提供できていなかった。社寺の文化サロン的な役割を現代風に取り戻したいと考えたのが、『SOUND TRIP』を企画した一つのきっかけだ」と成瀬氏。

成瀬氏の原体験も関係している。「旅が好きでいろいろなところを訪れているが、中でも沖縄の『波の上宮』を訪ねたとき、景色を眺めながらそこで暮らしていた人々が作った音楽を聴くことで、より素晴らしい旅の記憶が残った。僕たちが旅の情景と空気感をセットで体験できる機会を提供することで、より心に残る旅にできればと考えた」。

「その旅先ならではの民謡や音楽は、旅に寄り添うテーマソングになり、旅の感動が深まることもある。『SOUND TRIP』は物語のある音楽、意味ある音楽を聴くことで旅の体験をふくらませる実験だ。音をきっかけに、訪れた地や社寺の物語を探ってほしい」と願う。

このプロジェクトは京都市も後援。有名音楽フェス「TAICOCLUB」(タイコクラブ)のオーガナイザー安澤太郎氏がディレクターとして参画。ON THE TRIPのメンバーで著名フォトグラファーの本間寛氏が撮影していることもあり、音やビジュアルのクオリティの高さはお墨付きだ。

ちなみに、貴船神社の音楽は、コムアイ(水曜日のカンパネラ)が、貴船神社を流れる川の音を中心に収録し、コムアイ自身の声と合わせた作品を創り上げた。

貴船神社で音を収録し創作したコムアイ
貴船神社で音を収録し創作したコムアイ

壬生寺は水が生まれた寺(水生寺)が名前の由来であり、中世に寺を再興した融通念仏の円覚上人が創始したとされる「大念仏狂言」(壬生狂言)を伝承し、新選組ゆかりの寺としても知られている。そこで、「発祥」をテーマに、地下から湧き出る水の音とお囃子を電子音楽と組み合わせた。

壬生寺の水の音を中心に採取してKyokaが電子音楽とミックス
壬生寺の水の音を中心に採取してKyokaが電子音楽とミックス

三千院では、フィールドレコーディングで有名なYosi Horikawaが、朗々とした僧侶の声明や鎮守の森の中の音をベースに極楽浄土を思わせる音楽に仕上げている。

三千院では声明をベースに極楽浄土を表現
三千院では声明をベースに極楽浄土を表現

今後は、京都の社寺を中心に提携しながら日本各地へと広げたい考え。まずは京都の10社寺と連携を進めており、第2弾は、2020年3月頃にリリース予定だ。参加するアーティスト・社寺ともに期待がかかる。

スマホの普及で、いつでもどこでも気軽に音楽が聴ける時代。だからこそ、そこでしか聴けない音楽や体験はますます魅力的で希少性の高いものになる。ファッション業界でも、新しい売り場づくりのヒントにしてもらえたら幸甚だ。

ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表

「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業や、アダストリア、ストライプインターナショナル、バロックジャパンリミテッド、マッシュホールディングスなどの国内有力企業、「ユナイテッドアローズ」「ビームス」を筆頭としたセレクトショップの他、百貨店やファッションビルも担当。TGCの愛称で知られる「東京ガールズコレクション」の特別番組では解説を担当。2017年に独立。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。

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