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ニューヨーク発の「ヘンリ・ベンデル」が全店閉店へ 高級ファッションデパートが123年の歴史に幕

松下久美ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表
83年にギャルソンも出店。Penske Med/REX/Shutterstock(写真:Shutterstock/アフロ)

 ニューヨーク五番街に旗艦店を構える老舗百貨店の「ヘンリ・ベンデル」が消滅することとなった。親会社のLブランズが「株主価値を高めるために行動を起こす」と題した発表リリースで9月13日(米国時間)に公表したもの。来年1月までに全23店舗とEC事業を閉鎖する。123年の歴史を持つ「ヘンリ・ベンデル」の歴史と転機を振り返る。

帽子をきっかけに創業、チョコレート×白のストライプが象徴

 「ヘンリ・ベンデル」の創業は、帽子店で働いていたヘンリ・ベンデル氏が、自らの名を冠した店舗をニューヨークのグリニッジビレッジに開いた1895年にさかのぼる。今もアイコンになっているブラウンと白のストライプのショッピングバッグと帽子は1907年に作られたもの。1913年にはNY五番街店を開き、ウィメンズ専門ストアとして商材を拡充。店内で半年に1度のファッションショーを始めたりもするアイデアマンだった。

アンディ・ウォーホルがイラストを担当、「コム デ ギャルソン」もインショップをオープン

 ハンドバッグ、ジュエリー、帽子をはじめとしたファッション雑貨、コスメ、フレグランス、ギフトグッズなど、徐々に商材の幅を広げた。ファッションの最先端を追うというよりも、フェミニンでエレガントで品のあるデザインと、レザーをはじめとした質の良い素材によって、長く愛用できるものを中心に商品をラインナップ。セレブリティがショッパーを持つスナップ写真がファッション誌や新聞を賑わせたりもしてきた。米国で初めて「シャネル」の創業デザイナー、ココ・シャネルの商材を扱ったのも、実は「ヘンリ・ベンデル」だった。ファッション誌のエディターが社長に就任してからは、アンディ・ウォーホルを社内イラストレーターに起用し、その後、長くアンディによるイラストが店舗や広告を飾るなど、アート性が向上。さらに、老舗だけでなく多くの新進デザイナーズブランドも抜擢され、川久保玲社長兼デザイナーによる「コム デ ギャルソン」も大きくフィーチャーされ、1983年にはインショップを構えていた。

1985年にリミテッドが買収、「ヴィクトリアズシークレット」、「アバクロンビー&フィッチ」も同一グループに

 1985年には、「ザ・リミテッド」を擁して世界トップアパレルの座についていたLブランズ(当時、リミテッドブランズ)が「ヘンリ・ベンデル」を1000万ドル(現在の円換算レート:1ドル=110円で約11億円)で買収。そこから旗艦店プロジェクトが始まり、1991年には五番街の現在地にフラッグシップストアをオープンさせたのだった。ちなみに、同社は1982年にはインナー・ランジェリーブランドの「ヴィクトリアズシークレット」、1988年には「アバクロンビー&フィッチ」をM&Aするなど、企業買収熱が高まる真っ最中での出来事だった(ちなみに、「アバクロ」は1996年の上場を機に売却)。

多店舗化戦略がリーマンショックと重なり打撃

 転機が訪れたのは、2008年のこと。ニューヨーク以外にも店舗網を広げ始め、その後、28店舗を展開するに至った。折しもサブプライムローン問題が顕在化し、リーマンショックが起こるなど、消費低迷の直撃を受け、多店舗化戦略は裏目に出てしまった。翌年からは、五番街の旗艦店を中心に、洋服の扱いを止め、バッグや雑貨を扱うアクセサリー専門店舗に転換。扱う商品もストライプを直接的にデザインに取り入れたギフトショップのような企画が増加。かつては日本の百貨店やアパレル、商社が提携や日本進出に向けた交渉に通っているとウワサされていたが、近年は魅力を欠いていた。もしあのとき、リーマンショックが1年前に起こっていたとしたら、多店舗化戦略は却下されていたはず。今も、そして、これからも五番街の店舗は輝き続けられたのかもしれないと思うと、無念でならない。

100億円弱の売上高に対して50億円の営業損失見込み

 Lブランズとしても、2007年にはサン キャピタ ル パートナーズにザ・リミテッドを売却(2017年には「ザ・リミテッド」のリアル店舗は消え、ECストアのみで営業中)。現在、ランジェリーブランド「ヴィクトリアズシークレット」と、生活雑貨ストア「ボディ&バス ワークス」を中心に、米国、カナダ、英国、中華圏で3084店舗の直営店と世界で800店舗以上のフランチャイズ店舗を展開しているが、業績は思わしくない。しかも、「ヘンリ・ベンデル」は2018年の売上高は8500万ドル(約95億円)にとどまる一方、営業損失が4500万ドル(約50億円)にのぼると予想されている。これは事業閉鎖にかかわる費用などを除いた数字であり、今回の経営判断は妥当と言わざるを得ない。

カリスマ経営者のレスリー・ウェクスナー会長兼CEOが決断

 今回の「ヘンリ・ベンデル」閉鎖に当たり、かつてカリスマ経営者と呼ばれたレスリー・ウェクスナー会長兼CEOは、「当社は事業の業績向上と株主価値の向上に努めている。この取り組みの一環として、収益性を改善し、成長性の高い大型ブランドに注力するためにヘンリ・ベンデルの運営を止めることに決めた」と声明を出している。1月まで継続勤務する従業員には残留特別手当てを提供する一方で、早期の閉店や整理などでポジションが解消されたスタッフには、異動などに向けた社内面接を受けるか、離職手当てと転職支援サービスを提供するという。

アーカイブや歴史は魅力、ブランドの継承に注目

 実店舗・ECともに事業を清算するというが、あのストライプのアイコンや、アンディ・ウォーホルが描いたイラストや、セレブリティのスナップなど、豊富なアーカイブや、逆立ちしても買えない歴史の価値は、魅力的でもある。別の形でブランドが継承されていくのかどうか。跡地に何が入るのかも含めて、気になるところだ。

ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表

「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業や、アダストリア、ストライプインターナショナル、バロックジャパンリミテッド、マッシュホールディングスなどの国内有力企業、「ユナイテッドアローズ」「ビームス」を筆頭としたセレクトショップの他、百貨店やファッションビルも担当。TGCの愛称で知られる「東京ガールズコレクション」の特別番組では解説を担当。2017年に独立。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。

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