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AI活用が後押しした豊島新名人誕生――第77期将棋名人戦七番勝負回顧

古作登大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員
2014年第3回電王戦で豊島七段(当時)は将棋ソフトYSSと対局(筆者撮影)

 佐藤天彦名人(31)に豊島将之二冠(29)が挑戦した第77期将棋名人戦七番勝負(朝日新聞、毎日新聞主催)は5月16、17日に第4局が福岡県飯塚市で行われ、豊島二冠が勝って4勝0敗でタイトルを奪取。王位・棋聖と合わせ三冠を達成した。

七番勝負のカギとなった後手番戦略

 開幕第1局の振り駒で先手番を握ったのは佐藤名人だったが流行の角換わり腰掛け銀の戦型に進み、1日目の午後3時過ぎに58手で千日手が成立、規定によって翌日に指し直しとなり先手の豊島二冠が73手で勝った。

 千日手は同一局面が4回現れた時点で成立し、先後を入れ替え指し直しで決着をつける。

 公式戦における先手勝率は約52パーセントだから、後手が序盤から無理をせず千日手を狙って勝ちやすい先手番を握ろうとする戦略は一般的で、現代では後手の「千日手狙い」に対し先手がどう打開するかが重要な課題になっている。

 先に挙げた先手の期待勝率52パーセントは名人戦のように持ち時間が長く(9時間)なるとさらに高くなる。

 一例をあげれば昨年度の王位戦七番勝負(持ち時間8時間)は菅井竜也王位(当時)に豊島棋聖が挑戦したが7局すべて先手が勝った。

 テニスのサービスキープのように、将棋の番勝負で「先手番キープ」はタイトルの行方を左右するといっても過言ではない。こうしたこともふまえ、第1局の後手番で豊島二冠が序盤で新手を出し、千日手に持ち込んだのは戦略的成功だ。

 続く第2局の先手番をがっちりキープした豊島二冠は第3局の後手番も序盤では千日手含みの待機戦略を用い、二転三転の熱戦となったが終盤で大逆転勝ち。第1局に続き先手番を2度ブレイクし、タイトル奪取を決定づけた。

AI研究で強さを増した新名人

 この30年にわたって将棋界の動向を見続けてきた筆者が思うに、豊島新名人は2014年春に行われた第3回電王戦(ドワンゴ主催)の出場を境に大きな変化があったと考える。

 棋士とソフトの5対5の団体戦で行われたこのシリーズで勝ったのは「YSS」と対戦した豊島七段(当時)ただ一人。このとき事前にソフトの貸し出しを受けた豊島は1000局以上の練習対局を積み、あらゆるパターンをシミュレーションしたという。

 それ以降、勉強のメーンを人間同士が対戦する研究会でなく、ソフト中心に切り替え、それは現在も続いているようだ。最近のプロ棋界では若手棋士を中心にこうしたスタイルが急速に増えてきたが、豊島新名人はその先駆者といえる。

 近い将来タイトル戦で顔を合わせるであろう藤井聡太七段(16)も「令和の時代は一度も人間と指さずに棋士になる人が現れる」という予想をしている。

 こうしたAI(人工知能)を研究の軸におくやり方はチェスの世界では早くから行われてきたが、ソフトの進化で将棋界でもごく一般的な勉強法になっていくだろう。

大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員

1963年生まれ。東京都出身。早稲田大学教育学部教育学科教育心理学専修卒業。1982年大学生の時に日本将棋連盟新進棋士奨励会に1級で入会、同期に羽生善治、森内俊之ら。三段まで進み、退会後毎日コミュニケーションズ(現・マイナビ)に入社、1996年~2002年「週刊将棋」編集長。のち囲碁書籍編集長、ネット事業課長を経て退職。NHK・BS2「囲碁・将棋ウィークリー」司会(1996年~1998年)。2008年から大阪商業大学アミューズメント産業研究所で囲碁・将棋を中心とした頭脳スポーツ、遊戯史研究に従事。大阪商業大学公共学部助教(2018年~)。趣味は将棋、囲碁、テニス、ゴルフ、スキューバダイビング。

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