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繰り返される「災害時」の過労死 3.11の教訓は活かされているのか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです。(写真:イメージマート)

 能登半島地震から2ヶ月が経過したが、未だに水道などのライフラインが復旧していない地域があるなど、復興の遅れが各所で指摘されている。同時に、復興に携わる行政職員の過重労働も問題視されるようになった。

 深刻な被害を受けた石川県輪島市の事務職の正規職員のうち、1ヶ月の残業時間が100時間を超えたのは77%にも達しているという。

参考:被災地職員、過労死ライン 輪島市、残業月100時間超え8割

 石川県内の他の市町村も同様の状況であるといい、このままでは石川県内の公務員の多くが過労死や過労うつに追い込まれる可能性がある。というのも、これまでにも大規模地震を含めた自然災害は何度も起こっているが、大災害のたびに被災地域の行政職員の過重労働が報じられ、実際に復興に携わって過労死に追い込まれた事案も少なくないからだ。

 そこで、本記事では13年前の3月11日に起こった東日本大震災やその他の災害時のケースをみながら、復興時の過重労働問題について考えていたきい。

震災対応で「過労死」も多発

 2011年の東日本大震災によって広範な地域が被害を受けたが、その復興業務によって官民ともに多くの労働者が過労状態で働いていたことがあきらかになっている。

 震災から10年後に初めて明らかになった統計では、岩手、宮城、福島3県の自治体の行政職員で復旧・復興業務が原因だと認定された公務災害(労災)は128件、うち4人が過労死(自死を含む)だった。

参考:復興の公務災害128件 人手不足響き過労死4人

報道で明らかになっている事例としては、2017年に福島県いわき市の20歳代の男性職員が、津波の復旧や福島第一原発事故の避難者対応などによって業務が増加し、一ヶ月152時間の残業を強いられていたことで、過労自死に追い込まれていた。

 また災害をきっかけに、地方自治体だけでなく国家公務員も過重労働を強いられている。福島第一原発事故後の除染事業に関わっていた環境省の職員(当時28歳)は、除染で取り除いた土を保管する施設の設計などを行っていたが、月96時間を超える残業を強いられたことでうつ病を発症して、公務災害と認定されていることが報じられている

 事例をいくつか紹介したが、このようなケースや数字はあくまで氷山の一角だと言える。そもそも本人が亡くなっても、遺族が「これは仕事が原因だ」と考えて公務災害の申請を行わない限り、「過労死」とカウントされることはない

 また公務災害と認定されるには長時間労働や突発的な負荷のかかる業務の「証明」が必要であるため、実際には仕事が原因であっても業務の証明ができずに「私的な病気」と判断されるほうが実は圧倒的に多い。東日本大震災ほど被害が広範に広がった災害で行政職員の過労死が4人しかいないのは、その背後に膨大な暗数があると考えざるを得ない。

進まない対応、災害のたびに発生する過労死

 そして、東日本大震災以降も状況は改善されていない。たとえば、2018年8月に和歌山県田辺市を襲った台風時に市の防災体制を任されていた危機管理局長の男性(当時57歳)は、丸2日間極度の緊張状態で働き続けたことで脳出血を理由に過労死している(参照)。

 また2020年7月の九州豪雨によって被害を受けた熊本県の被災自治体5市町村では、7月の残業時間が月100時間の過労死ラインを超えた職員が計300人以上に上ることもわかっている(参照)。

 同じ豪雨の対応についていえば、昨年(2023年)9月の記録的な豪雨で災害対応にあたった茨城県日立市、北茨城市、高萩市では、合わせて15人の職員が月100時間を超える残業に従事していたという(参照)。

 毎年のように各地で「記録的」な豪雨や台風などの自然災害が起こっており、最近でもコロナ禍の対応で看護師や医師、保健所職員などの過重労働が問題視されたが、そこで引き起こされる過労死は「自然災害」ではない。

 なにかあったときのために、「平時」からあらかじめ人員を十分に確保しておくくことや、応援体制を整備しておくことは、労働者の健康を守るという観点から言えば当然であり、これだけ繰り返していること自体が異常であろう。

 いかに国や自治体が行政職員の健康を軽視しているかが浮き彫りになっている。

民間企業でも「震災過労死」

 ここまで災害時における公務員の過労死や過労うつについてみてきたが、民間企業においても過労死の問題を無視できない。

 私が代表を務めるNPO・POSSEで支援したケースでは、岩手県奥州市にあった機械部品会社・株式会社サンセイで働いていた当時51歳の男性が、取引先や従業員の安否確認など震災によって過重労働に拍車がかかり、震災から約半年後に脳幹出血で過労死している。

 男性は、震災以前から21時や22時に帰宅するという長時間労働に従事していたが、震災以降は帰宅時間が22時や23時となり、最長で1ヶ月間に過労死ラインを遥かに超える111時間9分の残業をしていた。亡くなった翌年に労災と認定され、2021年1月に企業の責任を認める判決が下された。

参考:遺児が訴えた「震災過労死」 10年を経て加害企業の賠償責任を認める画期的判決

 また、東日本大震災から5年経った2016年には、岩手県大船渡市でJR大船渡線の復旧工事に携わっていた中堅ゼネコンの社員は月約96時間の残業という過労死ラインを超える残業に従事したことで疲労が蓄積し、急性大動脈解離で過労死している。震災直後に限らず、その後の復旧に携わって過重労働を強いられているケースもあることがこの事例から示唆される(参照)。

「自然災害」ではない過労死

 災害が突発的な労働者の対応を必要とすることはやむを得ない。だが、すでに述べたように、それを当然だと捉えてはならない。過去を教訓として、災害時対応の過労死をなくしていかなければならない。

 だが、今回の能登半島地震の場合にも、石川県職員の約4分の1にあたる730人が過労死ラインを超える1ヶ月あたり100時間の残業をしていたという。まったく同じことが繰り返されている。

 そもそも、石川県庁では「平時」でも100時間を超えて働く職員が30人ほどいるといい、常に30人が過労死の危険性と隣合わせで働いている(参照)。全体でみても、コロナ禍以前の2018年度には全地方公務員の4.8%が月45時間以上、0.3%にあたる約3.9万人が月100時間以上残業していたことが明らかになっており、むしろ「平時」からの人員不足が原因であり、災害はそれに拍車をかけているといえる(総務省「2019年度地方公共団体の勤務条件等に関する調査結果」)。

 その背景には行政改革の名のもとでの公務員数の削減があるだろう。地方公共団体の総職員数はピークだった1994年の328万人から2022年には280万人と約20年間で15%減らされている。平時から行政職員は長時間労働することで人手不足を「穴埋め」させられている。これでは普段から必要な行政サービスを提供することにも支障をきたす可能性があり、災害時に十分な対応ができるはずがない。

 能登半島地震の影響で引き起こされる過労死や過労うつを含めた労働問題は、これからますます広がっていくと考えられる。過去の「教訓」を活かすためにも、過労死で家族や知人を亡くした方に労災として公的に認定されること、そして企業や行政に対して責任を認めさせることが重要だ。

 ただ、仮に家族が亡くなっても、そもそも過労死やハラスメントなど原因を特定できない場合や、過労死だと思ってもどう行動すればよいのかわからない方がほとんどだろう。心当たりのある当事者、家族は専門家へ早めの相談をしてほしい。

【過労死が相談できる無料の窓口】

3月24日日曜日 14時〜

NPO法人POSSE主催:「過労死かもしれない」と思ったら 過労死やハラスメント自死、労災事故に直面した際の対処法

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*筆者が代表を務めるNPO法人。労働問題を専門とする研究者、弁護士、行政関係者等が運営しています。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、過労死が起こった際の証拠整理、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」などをサポートします。過労死・自死・鬱の被害者についてこれまで多数サポートの経験があります。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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