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遺児が訴えた「震災過労死」 10年を経て加害企業の賠償責任を認める画期的判決

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:maroke/イメージマート)

 今年の3月11日で甚大な被害をもたらした東日本大震災から10年が経った。マスメディアでは様々な特集が組まれ、震災の被害を風化させないことが重要だと謳われた。しかし、震災から10年が経ってほとんど見過ごされているのは、震災後に生じた膨大な業務によって過労死や過労自死した人たちの存在だ。

 今年始めて明らかになった統計によれば、岩手、宮城、福島3県の自治体の行政職員で復旧・復興業務が原因と認定された公務災害(労災)は128件、うち4人が過労死(自死を含む)と認定されている(復興過程の公務災害、128件)。

 また、独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所の調査では、同3県で少なくとも21件の脳・心臓疾患を理由とした過労死が認定されていることを明らかにしている。その背景には、震災直後の復旧作業による過労や、震災以降の数カ月間に渡る急激な業務量や仕事の質の変化による負担増があると報告されている(過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究)。

 しかし、同研究は精神疾患による過労自死をカウントしていない点、そして脳・心臓疾患についても労災認定を受けた事案のみを算出しているため、この背後に何百、何千もの埋もれたケースが存在すると考えられる。

 私が代表を務める労働NPO・POSSEにも、震災が一つのきっかけとなり過労死ラインを超える長時間労働に従事した結果、震災から半年後の2011年8月にわずか51歳で亡くなったというケースが相談として寄せられており、いままで裁判支援に取り組んできた。この事案を踏まえて、震災と過労死そしてその後の遺族の動向について見ていきたい。

震災が慢性的な過重労働に拍車をかける

 ここで取り上げるのは、岩手県奥州市にある機械部品会社・株式会社サンセイで20年以上働いた後の2011年8月に脳幹出血が原因として過労死したAさん(当時51歳)のケースだ。

 震災前からAさんは、株式会社サンセイの営業技術係係長として多忙な日々を送っていた。見積もりの作成や商品の配送の手配、出張や部下の査定など様々な業務を担当しており、いつも帰りは遅かった。

 Aさんの妻は、当時中学生だった息子の柔道教室が終わる21時に迎えに行くようAさんにお願いしていたが仕事が終わらず迎えに行くことができなかったときや、迎えに行って息子を家に送り届けた後に残った仕事を片付けるために会社に向かったこともあると証言している。

 残業代が支払われていない期間もあるなど、労働基準法に違反する疑いのある職場環境の中で長時間労働を強いられ、Aさん自身、家族に対して「俺は働きすぎだ。この会社はおかしい、何かあったら訴えろ」と生前述べていたほどだった。

 そのような状況で、東日本大震災が起こった。岩手県奥州市も震度6弱を経験し、Aさん宅の玄関の階段が一部壊れるなどの被害を受けた。余震が続く中でなかなか眠ることもできなかったという。

 Aさんは、仕事でも震災直後は多くの取引先企業が影響を受けたことで安否確認を始め様々な対応に追われ、さらに残業時間が長くなった。ガソリン不足が続いていた状況下で、Aさんの車にはガソリンが満タンに入っていたため、通勤に困っている他の従業員の送り迎えをもしていたという。

 その結果、東日本大震災以前は21時から22時頃帰宅することが多かったが、震災以降は帰りが22時から23時頃になるときも珍しくはなくなる。震災が過重労働に拍車をかけることとなったのだ。

 亡くなる前4ヶ月間での残業は1ヶ月あたり84時間4分と国が定める過労死ラインの月平均80時間を超えており、いつ倒れてもおかしくない状況で働かせられていた。そして、震災から半年後の2011年8月、Aさんは自宅トイレで突然倒れ、翌日帰らぬ人となった。

会社は解散し、遺族は補償を受けられず

 Aさんの家族にとってAさんが亡くなった原因は過労以外に思い当たらなかった。そこで、Aさんは知人の勧めもあって、Aさんの死を過労死だと認めてもらうよう、花巻労働基準監督署に労働災害の申請を行った。しかし、会社は労働環境に問題はなくむしろ「生活習慣または年齢的な部分もあったのではないかと考えております」と、必要書類に押印することを拒否した。また、会社はAさんの遺族に対して退職金50万円を支払っただけで、職場環境の説明や謝罪などは一切行わなかった。

 とはいえ、会社に残っていたタイムカードや日報を元に労働基準監督署が調査した結果、長いときには一ヶ月あたり111時間9分の残業を行っていたことが明らかになり、Aさんの死は労災として認められた。公的に過労死として認定されたのだ。

 しかしその後も会社から賠償等について何のアプローチもなかったため、Aさんの遺族は2017年11月、Aさんが働いていた株式会社サンセイとその取締役3名(田中和男、中西美伊子、安倍由和)を被告として、約6500万円の損害賠償請求を求めて横浜地方裁判所に提訴した。

 Aさんの遺族が取締役3名も裁判に加えたのは、株式会社サンセイが2012年冬に解散してしまっていたからだ。Aさんの労災が認定されてわずか5ヶ月後のことであった。いま、同じ敷地には株式会社サンセイイサワという、株式会社サンセイの取締役であった安倍由和氏が経営する会社があるが、法的には別会社という取り扱いとされていた。同じ敷地に似たような名前の会社があるため、Aさんの遺族も会社が解散していたことを、裁判前に会社の登記を入手するまで知らなかったという。

 会社が解散して存在しないことになると、Aさんの遺族は仮に会社の責任が裁判で認められたとしても、補償を1円も受けることができない。そこで、弁護士と相談した結果、当時の取締役の個人責任も合わせて追及することで、Aさんが過労死に至るまで働かせられていた実態解明と責任追及を行うことにしたのだ。

地裁の完全敗訴から高裁の逆転勝訴まで

 Aさんの死の原因が過労であったことは、労災が認定されていた事実を踏まえても明らかだと思われたが、横浜地方裁判所(長谷川浩二裁判長、松本諭裁判官、長岡慶裁判官)は2021年3月27日に言い渡された判決で、基本的に会社側の主張を認めてAさんが補償を受けることを否定した。

 横浜地裁判決では、株式会社サンセイの責任は認めたものの、取締役らには責任がないと判断したためAさんの遺族が補償を受けることを実質的に否定する「完全敗訴」判決であった。そのうえ、Aさんの健康にも問題があったとして、仮に株式会社サンセイが現存していたとしても、会社の支払い割合は賠償総額の3割にとどまるという、あたかも過労死した労働者が健康に気を使っていなかったことが原因だと主張しているかのような判決を下した。

 当然この判決を不服として、Aさんの遺族は東京高等裁判所に控訴した。そして東京高裁(北澤純一裁判長、田中秀幸裁判官、新田和憲裁判官)は今年1月、地裁判決を覆して、会社とともに取締役1名(安倍由和)に対し、約2400万円の賠償をAさんの遺族に支払うよう命じた。

 安倍氏はAさんが働いていた当時、隣の部屋で一緒に仕事をしていた役員であり、Aさんの残業が80時間を超えていたことの報告を受けていたため「過労死のおそれがあることを容易に認識することができ」たが、「業務量を適切に調整するための具体的な措置を講ずることはなかった」ことに対して責任を負うべきだと高裁は判断した。取締役の責任が認められたことで、Aさんの遺族は賠償を受けることができることになった。Aさん遺族の逆転勝訴判決であった。

 とはいえ、他の2人の取締役の責任や、高裁も過失相殺を類推適用し、Aさんと会社・取締役にそれぞれ5割の責任があると判断したことを不服として、Aさんの遺族は最高裁に控訴している。

過労死事案で会社解散後に補償を受け取ることができた極めて稀なケース

 東京高裁の判決はAさん遺族にとってだけでなく、今後の過労死裁判の動向に影響を与える大きな意味を持っている。Aさんが働いていた株式会社サンセイは解散しており、通常であれば解散後に補償を受けることはできない。過労死以外でも、例えば未払い賃金を請求しようとしても会社が解散していたため泣き寝入りせざるを得なかったというケースは少なくない。賠償を現実に回収することが困難であることから、解散した会社に対して請求したくても弁護士に断られるといったケースは珍しくないだろう。

 しかし、過労死を含めた権利侵害を行っておきながら、形式的に会社を解散するという方法で免責されるのは、社会的な正義に反している。今回の判決では、すでに会社が存在しない過労死事案で、会社の取締役に賠償を課す形で補償を受けることができた極めて珍しい画期的なケースであり、今後も参照されるべき案件である。

 そして、Aさんの事案からもわかるように、ほとんどの会社は過労死が起こっても積極的に自身の責任を認めないどころか、意図的にタイムカードなどの証拠をシュレッダーで破棄することによって過労死という事実を隠蔽することは当たり前のように起こっている。そして、自らなんとか証拠を集め裁判費用を負担して初めて、会社の責任が認められる可能性が生じるのだ。

遺児の訴えが「突然死」を「過労死」に変えた

 Aさんの場合、証拠集めなどを熱心に取り組んでいたのは、Aさんが亡くなった当時は高校生であった息子だった。Aさんの死をきっかけに過労死について勉強し始め、将来は他の過労死遺族の支援活動に携わるために、大学に通いながらPOSSEでも労働相談の現場で支援に取り組んでいる。それでも経済的にも精神的にも負担が大きい裁判を闘い続けるには大きな葛藤があったという。

「私は裁判を始めることを非常に迷いましたし、裁判を闘うのは想像以上に大変だと感じています。遺族に一切寄り添わない内容の一審判決が出た後は裁判のことを考えるのが辛くなり、諦めようかと考えたこともありました。ですが、諦めずに控訴したことで取締役の責任を認めさせることができました。会社が解散してしまっても取締役の個人責任を追及することで、遺族が補償を受けられるという前例になるので、結果を出せてよかったと思います」

 過労死とはあくまで遺族が権利主張を行ってはじめて明らかになるものであるため、声を上げることができずに公になっていないケースが、Aさん遺族の背後に何千といる可能性がある。震災後に大きな話題を呼んだ復興に携わっていた行政職員の過重労働問題や民間企業での過労死・過労自死について私たちは再度注目すべきである。

 そして、現在も、度重なる災害や医療危機で過労のリスクはますます高まっている。遺族が適切な補償を受けられるように、NPOや労働組合、弁護士などが支援は重要性を増すばかりだ。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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