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監獄のような「貧困ビジネス」を強要? 生活保護行政の新たな「水際作戦」

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです。(提供:イメージマート)

 昨年(2023年)1年間の東京23区の消費者物価指数は前年比で3.0%上昇した。1年間の上昇率が3%台となるのは、第2次オイルショックの影響のあった1982年以来、41年ぶりだという。

 そして、インフレなどの影響もあり、貧困も拡大している。貧困状態に陥った際の「最後のセーフティネット」と位置付けられている生活保護の申請件数は、昨年(2023年)11月に前年同月比で2.5%増加し、11ヶ月連続で増加している。

 しかし、生活保護制度が貧困状態に陥った人々を十分に救済しているとは思われない。なぜなら、以前から生活保護の捕捉率(受給資格のある人のうち実際に受給している人の割合)は2割程度と言われており、すでに「穴だらけ」だからである。

 その要因の一つとして、申請しようと窓口を訪れた人を行政が追い返す、「水際作戦」と呼ばれる違法な運用が挙げられる。「まだ若いから働ける」「親に養ってもらえ」「住所がないと受けられない」といった理由をつけて生活保護を申請させず、かつては餓死に至ったケースも明らかとなっている。

 最近ではあまり報道されなくなった「水際作戦」だが、実はなくなっていないのだ。

「水際作戦」とは

 生活保護の「水際作戦」は、2000年代に頻発し、社会問題となった。有名なのは北九州市で、毎月の申請件数に上限を課し、上限に達するとどのような手を使ってでも追い返す「ヤミの北九州方式」とも言われた。それにもかかわらず、当時の厚労省は北九州市を「モデル自治体」ともてはやし、「水際作戦」は他の自治体でも行われるようになった。

 当時の北九州市では、年間の生活保護予算を300億円に抑えるため、年度始めに年間の生活保護申請件数を決め、「ノルマ」としていた。そして、これを守っているか市長などがチェックしていたのである。こうした運用の結果、北九州市では2005年〜2007年にかけて3年連続で餓死事件が発生したのだ。

 そもそも、生活保護は誰でも申請ができ、申請行為に基づき行政が調査を実施し、収入や資産などの受給要件を満たしていると判断されると受給開始される。申請は要式行為ではないため、申請書は自作でもよく、判例では口頭で意思表示していれば申請が可能だとされている。急迫した状態の人に煩雑な手続きを求めるべきではないという趣旨だ。

 また、生活相談に対応している実感からすると、生活保護を受けようと考えている人のほとんどは病気などで働けなくなり、収入がなく、預貯金などの資産も尽きかけている。申請さえすればほぼ確実に受給可能な状況だ。急迫した困窮者の申請を妨げることは申請権の侵害であるだけでなく、憲法にも定められた生存権を否定する行為である。

 このような「水際作戦」の横行の背景には、自治体のコスト削減が挙げられよう。生活保護費の4分の1は自治体負担となっており、自治体としては財政負担を増やしたくない。また、自治体職員は1994年をピークに約48万人減少しており、事務負担も増やしたくない。社会福祉法では、都市部で生活保護世帯80に対しケースワーカー1人を標準数と定めているが、100世帯を超える自治体も少なくない。厚労省の調査によれば、指定市・東京23区・県庁所在地・中核市の全国107市区のうち、配置標準を満たしていない自治体は約7割にのぼるという。

新たな「水際作戦」?

 生活保護の「水際作戦」は、支援者などからの社会的な批判を浴びた。そして、厚労省も今では、「生活保護は申請に基づき開始することを原則としており、保護の相談に当たっては、相談者の申請権を侵害しないことはもとより、申請権を侵害していると疑われるような行為も厳に慎むこと」という通知を出しており、国として「水際作戦」を許さない姿勢を示している。

 しかし、私たちも含めた多くの支援団体の実感からすれば、「水際作戦」は未だになくなっていない。いくら国が掛け声をかけても、上述のコスト構造の問題は何ら変わっていないから、当然かもしれない。

 ただ、「水際作戦」の具体的な手法に関しては、変化があるように思われる。冒頭に挙げたように、「水際作戦」の典型的な手口は「まだ若いから働ける」「親に養ってもらえ」「住所がないと受けられない」だった。しかし、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEに寄せられる近年の相談では、ホームレス状態の人が「施設に入らないと受けられない」と言われて追い返されるパターンが圧倒的に多い

 生活保護法上、居宅のある人は居住する自治体で保護を申請することになるが、ホームレス状態の場合、「現在地」すなわち申請時にいた自治体で申請が可能である。生活保護はアパートや持ち家といった居宅での保護を原則としているため、アパートを借りるための初期費用や引越業者の費用、家具・家電製品の費用などが支給される。

 しかし、申請とともにアパートを契約することは不可能ではないにしても容易ではなく、また、初期費用の支給は「居宅生活ができると認められる者」に限ると国が通知を出しているため、アパートに移るまでのタイムラグがどうしても生じてしまう。かといって、路上生活のまま保護を適用するわけにはいかないため、「屋根のある施設に入れ」という話になるのである。

ホームレス向けの施設とは

 では、生活保護を申請しようとするホームレスの人に行政が入所を求める施設とはどのようなところなのだろうか。特に東京近郊の場合、ほとんどは無料低額宿泊所となる。

 無料低額宿泊所とは、社会福祉法が定める第2種社会福祉事業のうち、「生計困難者のために、無料又は低額な料金で簡易住宅を貸し付け、又は宿泊所その他施設を利用させる事業」に基づき、設置される施設である。ホームレスが増加した1999年から施設数が増加し、1998年には43施設だったのが、2020年には608施設へと激増している。

 無料低額宿泊所にはもともと法定の最低基準が設けられておらず、徴収する費用に対する規制もなかったため、設備やサービスにかけるコストを抑え、受給者から保護費を多く徴収すれば、利益が生み出される構造があった。そのため、ホームレスを相手にした貧困ビジネスが拡大したのである。

参考:監獄のような「貧困ビジネス」が急増中 その手口と「脱獄」方法とは?

 筆者が代表を務めるNPO法人POSSEで相談を受けた人たちの証言によれば、部屋は個室でなかったり、個室と称していてもワンルームの部屋をベニヤ板で仕切っているだけだったりする(1人あたり3畳程度)。南京虫が湧いた施設もあるという。

無料低額宿泊所の室内(相談者提供)
無料低額宿泊所の室内(相談者提供)

 さらに、食事は古い米が多く、揚げ物ばかりだったり、毎日同じものばかりだったり、と評判がよくない。食事、風呂、清掃などの集団生活が辛いという人もいる。また、保護費のほとんどを徴収され、手元に1、2万円程度しか残らないという。

 かつては、行政に言われるがまま、無料低額宿泊所に収容されてしまった人が多かった。しかし、当事者と支援者が共同して実態を告発したことで、施設の環境が人権を無視したものであるという認識が広がり、施設に入りたくないという人が増えたのだと思われる。それにもかかわらず、行政が「ホームレスの人は施設に入ってもらうことになっている」という説明を繰り返すことで、「結果として」申請できずに終わることが多いのである。

 こうした施設の劣悪さについては、ちょうど先日実態を告発するルポルタージュも紹介されたところだ。

参考:役所も黙認か「貧困ビジネス業者」驚きの手口 通帳とマイナンバーカードを取り上げられた

新しい「水際作戦」はなぜ起きるのか

 問題が指摘されているにもかかわらず、この新しい「水際作戦」が横行する要因を、さらに詳しく見ていこう。

 まず、生活保護法では居宅保護を原則としているにもかかわらず、アパートの初期費用の支給においては、「居宅生活ができると認められる者」に限るという条件を設定しているため、アパート転宅までの一定期間の宿泊場所が不可欠となる。

 居宅生活ができるかどうかの判断要素として、金銭管理、健康管理、家事・家庭管理、安全管理、身だしなみ、対人関係が挙げられている。これらを見極めるために施設入所が必要だ、というわけだ。

 しかし、多くの無料低額宿泊所では保護費をほとんど徴収されるため、金銭管理能力を判断できるか疑問であるし、食事も出るため、家事・家庭管理能力も十分判断できないだろう。そのため、無料低額宿泊所に入所することで居宅生活能力を見極められるのか、疑問である。

 さらに言えば、そもそも、病気や障害によってこれらの遂行が難しい場合、通常はヘルパーなどの支援をつければよいはずだ。実は、国の通知でも自力でできなければ何らかの社会資源を活用してできればよい、ということになっている。

 もしこの国の通知を徹底すれば、誰でもアパートで一人暮らしができると言えるかもしれない。ところが逆に、この国の通知はいわば施設入所の「口実」として使われてしまっているわけだ。

 次に、制度の抜け道としての国の通知という「口実」の背後にある、より根本的な要因は何だろうか。ここで、やはり上述のコスト構造が当然に影響してくる。第一に、市区町村では、無料低額宿泊所に入所中あるいはその一定期間は都道府県が保護費の負担をしており、無料低額宿泊所への入所が財政削減として機能している。

 この措置の対象となっている一部の市区長村では、無料低額宿泊所に利用者を押し込むことで、都道府県に費用を「押し付ける」ことができるのだ。

 第二に、管理コストの削減だ。上述のケースワーカーの人員不足を背景に、ホームレスの人たちが1カ所にまとまり、かつ管理もしてくれる無料低額宿泊所が「重宝」されてしまっている。普段の生活を施設の管理人が管理(決して支援ではない)してくれて、家庭訪問も1軒ずつ回る手間も省けるというわけだ。いわば、ケースワーク業務の「アウトソーシング」である。

 かつての「寄せ場」は貧困者を最底辺の労働力として活用するために形成されたスラムであった。だが、今日の収容施設は労働力としては活用できず、「日本経済の余剰」となっている人々を、低コストに収容し続けることで行政のコストを削減しているのだ。

「水際作戦」を防ぐ権利行使の支援活動の重要性

 以上から、「水際作戦」を防ぐためには、生活保護費の自治体負担の軽減さらには撤廃、ケースワーカーを含めた公務員増員などといった政策の転換が少なくとも必要だろう。他方で、現に今でも「水際作戦」の被害に遭っている当事者が後を絶たない。行政の「コストの論理」に抗して、一人ひとりの生存権を保障させなければならない。具体的な現場の実態を踏まえて、政策転換を求めていく必要がある。

 これまでも、弁護士やソーシャルワーカーなどの支援者が生活保護の窓口に同行し、「水際作戦」を防ぐための支援活動を展開してきた。その支援活動から見えてくる現実を元に、法律や運用の改善を求め、一定の成果を挙げてきた。

 私が代表を務めるNPO法人POSSEもその一翼を担い、相談支援活動を続けてきた。窓口で「水際作戦」を防ぐとともに、違法な運用に対しては音声記録やケース記録などの文書の証拠を収集し、実態を告発してきた。その上で、自治体に再発防止策を策定させたこともあった。しかし、日本全体で見れば、そうした「反貧困」の取り組みは、以前よりも衰退してしまっている。

 インフレで生活破壊が深刻化する中で、新たな「水際作戦」が拡大するという深刻な現状の中で、こうした支援活動や貧困問題告発の必要性が増しつづけている。

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*筆者が代表を務めるNPO法人です。社会福祉士資格を持つスタッフを中心に、生活困窮相談に対応しています。各種福祉制度の活用方法などを支援します。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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