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若者はなぜ「闇バイト」に応募するのか? 背後に見える貧困と「依存症ビジネス」

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

 GW明けの5月8日に起きた、東京・銀座の高級腕時計「ロレックス」専門店での強盗事件は世間に大きな衝撃を与えた。人通りの多い白昼堂々行われた強盗は、同日に住居侵入容疑で逮捕された16〜19歳の少年4人が関与したとみられている。その手口は極めて稚拙かつ粗暴であり、プロの犯行ではなく犯罪組織により募集された末端の「闇バイト」によるものと目されている。

 警察庁の犯罪情勢統計によれば、2022年の刑法犯認知件数は20年ぶりに前年比で増加している。今回の事件のように住宅や店舗などに押し入る「侵入強盗」は前年比7件減(290件)だったが、「闇バイト」の典型例であるオレオレ詐欺などの「特殊詐欺」は前年比約2割増(1万7520件)となっている。おそらく、刑法犯認知件数の増加に「闇バイト」が一役買っているだろう。

 「闇バイト」は「高収入」を謳ってSNSや掲示板などで募集が行われ、「軽い気持ち」で始めさせるが、個人の身分証や実家の情報などを提供させることで、犯罪組織から辞められない手口を用いている。そのため、おおくの専門家は若者が「闇バイト」に応じないよう啓発することが重要だとしている。

 こうした論調からは、ともすると若者の「将来を顧みない安易で短絡的な考え」が問題とされ、若者の自己責任に帰されがちである。あるいは、その若者を育てた親の責任へと関心が向きがちだ。だが、この問題には経済的な背景があることも見逃すことができない。

 改めて、昨今の「闇バイト」を社会問題、とりわけ貧困問題との関連で考えていく必要もあるということだ。そこで本記事では、報道や書籍で明らかになっている実態を収集・分析し、その背景を統計データなどから探っていきたい。

「闇バイト」に応募する動機とは?

(1)生存の危機の中での「闇バイト」

 まず、若者がなぜ「闇バイト」に応募するのか、その動機を見ていくことにしよう。そもそも、最近の「闇バイト」の動機については断片的に取り上げられることしかなく、詳細が明らかでないことがほとんどである。その中でも、詳細な取材により特殊詐欺の実行犯の生い立ちを記述している田崎基『ルポ特殊詐欺』(ちくま新書)は参考になる。

 以下の記述は『ルポ特殊詐欺』で取り上げられている事例の要約である。

ケース1

 闇バイトに従事した「鴻上」の両親は3歳の頃に離婚し、母と祖母と一緒に生活保護を受けて暮らしていた。保育園に通っていたが、まともに送り迎えしてもらったことがなく、一人で通園するか、保育士に迎えに来てもらっていた。小学校に入る頃に新しい父親と一緒に暮らすようになったが、父親の不倫で両親が激しい喧嘩が始まり、母親の「これが3人で食べる最後のご飯だよ」と言い出し、そのまま2人とも家を出て行った。実夫を通じて再び母親と生活することになったが、これは明らかにネグレクトである。

 中学校のバスケ部で実力を見出され、スポーツ推薦で高校に進学したが、競技と関係のない決まりごとを押し付けてくる口うるさい先輩に嫌気がさし、1年足らずで中退した。高校を辞めてから働き始めたが、どれも長続きせずアルバイトを転々とした。アルバイトで毎月数万円の自由になるお金を手にし、仕事のストレスもあったので、地元の仲間と夜中に遊ぶようになった。家にも帰らず、無免許でバイクに乗るようになった。

 17歳の時に友人から借りたバイクで2人乗りしている時に事故を起こし、無免許と窃盗で逮捕。家庭裁判所で試験観察となったが、間もなくオレオレ詐欺の容疑で逮捕。最終的に特殊詐欺容疑の罪は不起訴となったが、窃盗と無免許で少年院送致が決定した。

 19歳で少年院を出て、そうした少年を支援する企業が経営する飲食店で働き始めた。しかし、日々の業務に忙殺され、年上のパートたちからの難癖に疲弊し、ストレスが溜まっていったところで夜通し飲み歩くようになった。遊ぶ金欲しさに店の売上金に手をつけ、解雇された。

 会社を追われ、寮を出ていかなければならず、友人の家に転がり込んだ。居候生活を続けることはできず、寮のある職場を探したが、簡単に見つからず、かといって母親の住む家に戻る気もない。そこで、闇バイトに応募したのであった。

 この事例では、犯人は貧困と虐待をうけた末に非行に走り、少年院を出てからは仕事のストレスでアルコールや遊びに依存してしまい、結果として仕事と住居を失い、生存が脅かされる中で「闇バイト」に応募している。と総括できそうである。貧困と労働問題が事件に背景にあったと考えてよいだろう。では、この状況はどれだけ一般化しているのだろうか。

若年男性の貧困率

 統計的に見ると、若者の貧困率は高い。阿部彩氏が国民生活基礎調査から推計したところによると、年齢層別の貧困率において、男女ともに20歳〜24歳で貧困率の「山」ができている。特に男性において貧困率が高く、2000年代以降の上昇が著しい

出典:阿部彩(2018)「相対的貧困率の長期的動向:1985-2015」科学研究費助成事業 (科学研究費補助金)(基盤研究(B))「「貧困学」のフロンティアを構築する研究」報告書
出典:阿部彩(2018)「相対的貧困率の長期的動向:1985-2015」科学研究費助成事業 (科学研究費補助金)(基盤研究(B))「「貧困学」のフロンティアを構築する研究」報告書

同上
同上

 この年齢層は高校や大学といった学校の卒業後にあたり、学校から仕事への移行の困難が伺える。バブル崩壊以降、学校卒業後に無業者や非正規雇用となる者が増加したことが大きな要因だと考えられる。

 ただ、貧困率が2012年にピークを迎え、2015年にはやや低下しているように、求人が回復し貧困率自体は就職状況は改善しているように見える。しかし、実際には雇用の劣化が著しく、正社員であっても過重労働やパワハラによって若者を使い潰す「ブラック企業」が問題になっている。また、貧困率の改善に非正規雇用が寄与していることもすでに各所で指摘されている。

 このように、雇用の劣化による若者の貧困化が「闇バイト」応募の背景にあることは想像に難くない。雇用が劣化した日本社会では、多くの若者が働いても生存ギリギリの非正規雇用か、額面の給料は非正規より高くても(時給換算では非正規と変わらないことが多い)過重労働で心身を消耗する正社員かという選択を迫られることになる。

 「普通」の仕事よりも、「闇バイト」の方が「コスパがいい」とすら感じる若者が出てきてしまう背景には、そうした雇用問題あると考えられる。ただし、「闇バイト」は貧困や労働問題だけに起因しているわけではない。次に見るように、報道される数々の事例からは、貧困を加速する「消費社会」の問題も看取できる。

(2)「浪費」による「闇バイト」

 以下に挙げる事例は、必ずしも最低限の生活に困っているということが直接の原因となっていないと思われるケースである。

ケース2

「19歳の少年です。4月、新型コロナウイルスの影響で建設現場の仕事を失いました。大好きなバイクを買った際に借りた、15万円の返済のめどが突如、立たなくなりました。友人から闇バイトの存在を聞き、SNSで探したといいます」(「追跡!あなたを狙う“闇バイト”」

ケース3

「お金が欲しかったです。買いたかったんで物を。何でも買える。何でもできる。自慢できる。ブランドもの買って着飾りたかった。簡単にいうと、ゲームの課金したり、色々なことして遊びたいので。働いたところでキツキツな生活やなって。食いたいものは食えないし、買いたいものも買えない。我慢するのが苦手なので、やろうと」

「「相談相手がいれば」相次ぐ『闇バイト』なぜ?罪を犯す“若者”一線を越えた人に聞く」

ケース4

「検察側の冒頭陳述と被告人質問によると、きっかけはアイドルの追っかけにのめり込んだことだったとされる。追っかけとして、全国で開かれるコンサートに通うことで、チケット代や交通費がかさみ、実家からの仕送りや通常のアルバイト代では足りなくなった。私大に通わせてくれた親に迷惑をかけたくないと相談せず、SNSで「高額バイト」などと検索した。」(「大学生の娘は10万円の闇バイトに手を染めた 親の弁償は700万円」

 いずれも報道ベースで詳細な経緯がわからないため、推測を交えながら論じざるを得ないが、ケース2の事例は「最低限の生活」と「浪費」との間にあるように思われる。バイク購入による借金は趣味や顕示的消費(見せびらかしのための消費)であるように見えるが、コロナで失業しているためにそもそも生存を脅かされている可能性や、バイクが通勤など必須の交通手段である可能性もある。一方、ケース3、ケース4は「浪費」と取られても仕方のない消費形態であろう。

 「浪費」そのものは誰しも経験のあることではないだろうか。仕事や学校、家族などでのストレスや不安を消費によって解消しようとしたことがあるだろう。アルコールやタバコ(ニコチン)といった物質の消費、ギャンブルやゲームといった過程のある行動を通じた消費、アイドル、ホスト、「推し活」などの関係を通じた消費などだ。これらは商品化され、金銭の支払いを伴うことが多いことから、家計の余裕がなければ、「節度を持った」消費にとどめておけばよいはずだ。

「依存症」から闇バイトへ

 しかし、これらの消費が自分の力で止められなくなる場合がある。それがいわゆる「依存症」だ。実は、上に挙げた消費が依存症に発展すると、それぞれ「物質嗜癖」(アルコールやたばこ)、「プロセス嗜癖」(ギャンブルやゲーム)、「関係嗜癖」(アイドル、ホスト)として、依存症の典型的な分類とされている。お金がなければ抑えるはずの消費を止められず、消費を継続するために犯罪に加担してしまう状態は、依存症に陥っている可能性が高い。

 実際に、依存症は日本で非常に多い「病気」だ。厚労省の調査によれば、アルコール依存症が疑われる者は人口の1.0%(約107万人)、ギャンブル依存症が疑われる者は人口の3.6%(約320万人)と推計されている。ギャンブル依存症については諸外国との比較も行われており、他国では0.4〜2.4%にとどまるのに対して、日本は突出している。

 それも当然だろう。上に挙げた依存症になりうる商品やサービスに対するアクセスは、日本ではほとんど無規制であり、むしろ消費を促す広告が蔓延している状況だ。規制と言えば、せいぜいアルコールやギャンブルの年齢制限くらいである。ストレスや不安を感じた時に、解消する方法としてこれらに容易にアクセスできるならば、依存症が簡単に生み出されてしまう。

 不健全な消費社会の在り方は、貧困問題の表裏をなしており、以前から不可分の問題として考えられてきたのである。

 この点に関し、商品やサービスそのものが人々を依存させるよう設計されていることも指摘されている。SNSやゲームなどを開発する企業は、脳科学や行動科学の専門家を雇い、脳の報酬システムを研究し、最大限の依存性を実現する設計を行っている。パチンコやスロットマシンは、ユーザーを飽きさせないために、ランダムに当たりが出るようにする「変動比率強化スケジュール」に基づいて報酬を与えているのである。そのため、こうした業態は「依存症ビジネス」と呼ばれることもある。

 このように、人々を依存症にさせることによって利益を得る「依存症ビジネス」が横行している限り、誰もが依存症になりうるといっても過言ではない。上の事例を踏まえると、消費が止められなくなった結果、「闇バイト」に応募する若者も少なくないことが推察される。

「闇バイト」を防ぐためのアプローチ

 それでは、「闇バイト」を貧困問題として捉えた時、どのような対処法が考えられるだろうか。

 まず、失業して生活に困っているなら福祉制度を活用したり、依存症により債務が膨らんでいるなら債務整理をするなど、制度を活用して生活を再建することが重要だ。

 日本において生活に困った場合に使える制度は、生活保護にほぼ一元化されている。住んでいる地域の自治体で誰でも申請ができ、世帯の収入と資産が条件を満たせば受給が可能だ。毎月の家賃や生活費が一定額支給されるほか、医療費が無料になったり、子どもがいる場合には教育費の補助や、仕事のための資格取得のための費用補助もある。住居を失っている場合には、アパートを借りるための初期費用や引越し費用も支給される。

 借金を抱えて返済が困難になっている場合には、法律家に相談して債務整理をした方がよいだろう。債務額が多額であれば自己破産も検討してほしい。同制度を利用した場合、ローンを組んだりクレジットカードを契約することは一定期間できなくなるが、生活必需品や99万円以下の現金の保有は認められている。なお、生活保護受給中であれば自己破産に伴う弁護士費用が免除となる。

 次に、貧困の要因である雇用の劣化を防ぐ必要がある。昨今のインフレにより非正規労働者の生活はますます厳しくなっているが、今年の春闘の際に賃上げを行う企業は少数であった。そんな中、靴小売最大手のABCマートや総合小売大手のベイシアでは、複数の個人加盟ユニオンが「非正規春闘」と銘打ってストライキや抗議行動を行うことにより、それぞれ5〜6%の賃上げを実現した。このような労働組合を通じた労働条件の改善は、貧困と犯罪を抑止するためにも必須である。

参考:ABCマートでパート5千人の時給を6%「賃上げ」 「たった一人」のストライキから

 最後に、依存症については個人の治療は必要だろう。しかし、それだけでは問題の根本的な解決にはならず、「依存症ビジネス」の規制も必要だ。例えば、韓国や中国では様々な規制が課されている。インターネット・ゲーム依存症に対し、韓国では16歳未満の児童の深夜0時〜朝6時のアクセスを規制しているし、中国では18歳未満の児童が1日3時間以上ゲームをした場合にはクレジット(ゲームをする権利)を半分にし、5時間以上するとゼロにする仕組みを作ったり、本名での登録や住民登録番号が必要とされている。日本ではありふれたパチンコは、韓国では全廃され、中国ではそもそも今まで許可されていない(参考: 岡田尊司著『インターネット・ゲーム依存症 ネトゲからスマホまで 』文春新書)。

 私が代表を務めるNPO法人POSSEでも、生活に困窮した方向けに、社会福祉士資格を持つ専門スタッフに相談できる窓口を開設している。お金に困って「闇バイト」に応募する前に、ぜひ専門家に相談していただきたい。

無料生活相談窓口

NPO法人POSSE生活相談窓口

TEL:03-6693-6313

火木 18:00~21:00/土日祝13:00~17:00

メール:seikatsusoudan@npoposse.jp

LINE:@205hpims

*筆者が代表を務めるNPO法人です。社会福祉士資格を持つスタッフを中心に、生活困窮相談に対応しています。各種福祉制度の活用方法などを支援します。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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