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ABCマートでパート5千人の時給を6%「賃上げ」 「たった一人」のストライキから

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

 物価高騰の中、非正規労働者の賃上げをめぐって大きな動きがあった。

 本日4月26日、靴小売最大手・ABCマートと個人加盟労組・総合サポートユニオンが、同社のパート従業員(約5千人)の時給を平均6%引き上げることで、春闘交渉を妥結したことがわかった。平均時給は1000円前後のため、60円程度上がる見通しだ。

 さらに、総合小売大手のベイシアと個人加盟労組・首都圏青年ユニオンとの春闘交渉でも、ベイシア側からパート・アルバイト従業員(約9千人)の時給を平均5.44%引き上げるとの回答があったという。

 こうした動きが、今年2月初めに発表されたイオングループのパート従業員40万人の7%賃上げに続いて、非正規労働者の賃上げ機運を高めることに繋がると期待される。

 本記事では、非正規労働者の賃上げをめぐる今春の動向を簡単に振り返ったうえで、今回のABCマート等での賃上げの経緯と特徴を紹介することにしたい。

イオングループ40万人・7%賃上げの衝撃

 今年の春闘は異例の展開から始まった。春闘交渉が始まる以前の2月1日、イオングループがパート従業員40万人の7%賃上げを発表したのだ。マスコミ各社はこれを大々的に報じ、今年は非正規労働者の賃上げが進むのではないかとの期待感が高まった。

 イオンに比べると若干インパクトは薄れるが、同時期に、オリエンタルランドもアルバイト従業員の7%賃上げを発表しており、非正規の賃上げの波が来ているとの印象を強めた。

参考:人材確保や労働意欲向上など パートら賃上げ相次ぐ(テレビ朝日、2023年2月4日)

 いずれも春闘交渉が本格化する前に、使用者側が単独で賃上げを発表したことが印象的である。背後にどのような労使のやりとりがあったのか(なかったのか)については窺い知れないが、労使交渉の「成果」としてではなく、イオンやオリエンタルランドの経営方針として表明されたことが特徴的であった。

 こうした企業主導型の賃上げについては、その広がりについて懐疑的な声も上がっていた。イオンやオリエンタルランドの賃上げは例外的な事例であり、その他大勢では非正規の賃上げは進んでいないのではないかというものだ。

 実際、非正規春闘実行委員会が行った「非正規労働者の賃上げ実施状況に関する調査」(回答数:409件、調査期間:4月17日~24日)によれば、今年1月以降に勤務先の会社で賃上げが行われたと回答した非正規労働者の割合は、24%にとどまった。他方で賃上げされなかったと回答した割合は76%に達している。

 また、賃上げされたと回答している人のうち、約半数が時給換算で30円以下だと回答しており、低い水準の賃上げにとどまっている。実際、賃上げされたと回答した98件のうち、約85%が「不十分な賃上げ額であり、さらなる賃上げを望む」と回答しており、「十分な賃上げ額であり、これ以上の賃上げは望まない」と回答した人(約6%)を大幅に上回った。

 このように、現時点では、非正規労働者への賃上げの波及効果は限定的なものにとどまっており、非正規労働者の賃上げのために更なるアクション・施策を必要とすることが窺われる。

ストライキで勝ち取った非正規労働者の賃上げ

 そうしたなか、冒頭で紹介した通り、ABCマートで6%、ベイシアで5.44%の賃上げが実施されることが分かったのだ(両社と労使交渉を行う労働組合が本日午後に厚生労働省で記者会見を開いて詳細を発表する予定だという)。

 両社の賃上げまでの経緯は、今年2月初旬のイオングループの賃上げとは性質を大きく異にする。ABCマートの場合、企業側には当初賃上げの意向がなく、労組側がストライキや抗議アクションなどを実施して初めて、賃上げ回答が出てきたのだ。以下では、ABCマートでの賃上げの労使合意までの経緯を見ていこう。

 ABCマートにはもともと労働組合はなかった。約5千人いるパート従業員の時給は地域によって異なるが平均すれば1000円程度。今回、個人加盟労組・総合サポートユニオンに加入して賃上げを求めたパート従業員Aさん(40代・女性)は千葉県内の店舗で勤務しており、時給は1030円(基本給1000円+加算時給30円)だった。

 Aさんが労組で賃上げ交渉を始めた発端は、加算時給の引き下げだった。年末に加算時給の査定方法が変更となり、今年1月の賃金から時給が20円下がってしまったのだ。彼女のみならず他にも時給が下がってしまったパート従業員が多数いたため、総合サポートユニオンに相談したのだという。

 相談の中で、賃下げの撤回だけでなくインフレ対策として賃上げも要求しようという話になり、2月16日にABCマートに賃下げ撤回と10%賃上げを求めて団体交渉を申し入れることとなった。

 申し入れから間もなく賃下げは撤回された(加算時給が下がったパート従業員数百名全員の賃下げを撤回)ものの、賃上げ要求については3月初旬の団体交渉でも会社側は拒否したという。

 そこで、団体交渉の翌日、総合サポートユニオンはストライキを実施した。Aさん一人のストライキのため業務に直接的な打撃はなかったものの、マスコミやSNSなどで情報が拡散され、抗議のアクションとしては効果的な手段だったようだ。

参考:非正規社員ら、10社でストへ ABCマートやスシロー(共同通信、2023年3月9日)

 その後、ABCマートの他の店舗で働くパート従業員らもユニオンに加入し、2回目の団体交渉では会社側から5%賃上げの提示、さらに3回目の団体交渉の直前には再びストライキ予告を行って交渉に臨み、6%賃上げの回答を得て妥結したという。

 総合サポートユニオンの要求である10%賃上げには届かなかったものの、一時は賃下げの危機にあったところから、6%賃上げの実現まで漕ぎつけたことは、労働組合の交渉やストの「成果」といえよう。

主婦パートや学生アルバイトの春闘

 このように、ABCマートなどでのパート・アルバイト従業員の賃上げの特徴は、労組側がストライキや抗議行動を通じて勝ち取ったものであるということだ。また、組合員数は1名から数名程度と少数ながらもSNSやメディアなどで積極的に情報発信することで要求実現のための交渉力を持てたことも興味深い。

 たった一人の非正規労働者でも勇気をもって声を上げれば、会社全体の賃上げを実現できることが実証されたことの意義は大きいだろう。

 ABCマートでは主婦パート(40代女性)が、ベイシアでは学生アルバイト(20代男性)が、個人加盟労組を通じて勤務先の企業と団体交渉やストを行って賃上げを勝ち取っている。

 非正規労働者の賃上げを求める運動である「非正規春闘」は、主婦パートや学生アルバイトなど誰でも一人から参加でき、勤務先企業との賃上げ交渉やストライキが可能だという。ここで紹介したABCマートやベイシアでの賃上げが非正規労働者全体の賃上げへと繋がるかは、賃上げを求めて声を上げるバトンが繋がるかどうかにかかっている。非正規雇用で働いていて賃上げをされていないという方は、是非、非正規春闘実行委員会に相談してみてほしい。

 また、春闘賃上げ交渉のイメージが湧きづらいという方も多いだろう。具体的なイメージを知りたい方は、ABCマートで賃上げを勝ち取ったAさんのインタビュー動画が公開されているので、視聴することをお勧めしたい。

<非正規春闘の相談先・加入申込先>

非正規春闘実行委員会 

非正規春闘実行委員会の呼びかけ団体

全国一般東京ゼネラルユニオン 

090-9363-6580

info@tokyogeneralunion.org

全国一般東京東部労働組合 

03-3604-5983

info@toburoso.org

首都圏青年ユニオン 

03-5395-5359 または 03-5395-5255

union@seinen-u.org

総合サポートユニオン 

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

<常設の無料労働相談窓口>

NPO法人POSSE 

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

ブラック企業被害対策弁護団 

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団 

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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