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「非正規の賃金は上がっていない!」 50人が10社に「同時ストライキ」を計画

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(提供:イメージマート)

 記録的な物価高騰が続くなか、様々な業界で働く非正規雇用労働者が賃上げを求めて一斉にストライキを行うことが分かった。3月9日から3月18日にかけて、計10社で約50名の非正規雇用労働者がストライキに入るとともに、勤務先の本社前などで抗議アクションを行う見込みだ。交渉状況によっては、さらにストライキの動きが拡大する可能性もある。

 このストライキ行動は、非正規雇用労働者の一律10%賃上げを求めて春闘交渉を行う非正規春闘2023実行委員会が企画したもので、非正規雇用労働者の賃上げに応じない企業に対して、実施されるという。この実行委員会には、全国各地の16の個人加盟労組(ユニオン)が参加し、所属する約300名の非正規雇用労働者が36社に対して春闘交渉を行ってきた。本日9日午後には、同団体が厚生労働省で記者会見を開く予定だという。

参考:労働組合運動の新たな形――「非正規春闘」とは何か(青木耕太郎の総合サポートユニオン通信)

 非正規春闘2023実行委員会がストライキを予告している企業には、あきんどスシロー、KDDIエボルバ、シェーン英会話学校、ABCマート、アマゾンなど名だたる大企業が並ぶ。これらの企業は、いずれも非正規雇用の賃上げを拒否しているという。

非正規雇用労働者の賃上げは進んでいるのか?

 この間、イオンやオリエンタルランドなど一部企業での非正規雇用労働者の賃上げが大きく報じられ、非正規雇用労働者の賃上げの機運が高まっているようにもみえる。さらに、非正規雇用労働者の賃上げを「実施する」と回答した企業が過半数にのぼるという調査結果が東京商工リサーチによって発表されてもいる。

 これに対し、非正規春闘2023実行委員会の呼びかけ団体の一つである総合サポートユニオンの青木耕太郎共同代表は、「非正規雇用労働者の賃上げを実施している企業はまだごく一部であり、これから春闘交渉によって賃上げを全体に波及させる必要がある」と指摘する。

 実際に、同実行委員会が今年3月1日から3月7日にかけて実施した調査(「非正規労働者の賃上げ実施状況に関する調査」、回答数507件)によれば、今年2月末までに「賃金が引き上げられた」か「賃金の具体的な予定が伝えられた」と回答した割合は、全体の約1割にとどまった。他方で、「賃金の引き上げはされておらず、その予定も伝えられていない」と回答した割合は、約8割にのぼった。この割合は、大企業に勤める非正規雇用労働者(231件)に絞っても同じである。

提供:非正規春闘2023実行委員会
提供:非正規春闘2023実行委員会

 この調査結果からは、非正規雇用労働者の賃上げの動きはまだまだ広がりが不十分であることがわかるだろう。それどころか、例えば、今回の非正規春闘に労働者が参加するABCマートのように、インフレの中でも非正規労働者の賃下げを行っている企業さえ存在するのである。

様々な背景を持つ非正規雇用労働者たちの「共闘」

 こうした状況に対し、自分たち自身で会社と交渉し賃上げを求めようと、非正規雇用労働者たちが立ち上がり始めている。

 非正規春闘の開始を宣言する2月15日の記者会見では、女性・学生・外国人など、多様な背景の組合員が顔を揃え、自らが賃上げを求めて声を上げた経緯を語っていた。同春闘の参加者たちの背景と声を紹介していこう。

①子育て中のパート女性

 2人の子供を育てながら、大手飲食チェーン・フジオフードのカフェで働く女性は、会社に賃上げを求めて申し入れを行った理由を次のように話した。

「私は週に4日、1日5時間働きながら、2人の子供を育てています。物価高にかなり大きな影響を受けており、2万円くらいだった電気代が、先月には3万3千円くらいに引き上がりました。今の最低賃金に近い時給だとどんなに働いても10万円ちょっとにしかならず、これでは安心して子供を育てることができません。そのため、非正規春闘を通じ、企業への社会的責任を問うていきたいと思っています」

②スーパーで働く大学2年生

 奨学金を借りて大学に進学し、スーパーのレジ打ちの仕事をしながら生活を成り立たせている大学2年生も、賃上げの必要性を訴えている。

「僕が働いている地域の時給は987円です。昼に働くだけではとても足りない状況なので、夜勤と掛け持ちをして働いています。現在の低すぎる最低賃金を上げたいというのはもちろん、これから大学を卒業して働いたとき、最低賃金と同水準の賃金でこれから実家から独立し奨学金を返しながら生活していくというのはとても考えられません。だからこそ、今のうちから非正規春闘で声を上げていきたいと思っています」

③インド出身の英会話講師

 外国人労働者の9割は、非正規労働者として日本社会に組み込まれている。自らが務める英会話学校「シェーン英会話」に春闘申し入れを行なったインド出身の英会話講師、リティカ・シンさん(30)もその一人だ。職場をストライキして会見に出席し、日本で働く非正規労働者の賃上げを訴えた。

「非正規労働者の大半が、ただ働くためだけに生きているような状況です。日本人であるか外国人であるかに関わらず、私の友人たちはみな、カナダやオーストラリアに移住しようかと考えているほどです。日本にいる労働者は本当に苦しい状況にある。それが、私たちが10%の賃上げを求める理由です」

記者会見に臨む批正労働者。
記者会見に臨む批正労働者。

 このほかにも、非正規春闘実行委員会の相談窓口 には、障害者雇用で最低賃金で働く人や、年金では生活できず非正規で働く高齢者からも「賃上げを求めたい」という相談が寄せられている。

 これらの多様な非正規労働者たちの低処遇は、これまで「外国人なのだから賃金は低くて当然だ」「女性/学生なのだから養ってくれる人がいるはずだ」「高齢者は定年後の社会参加の手段として働いているに過ぎない」などの理由で正当化されてきた。

 今回の非正規春闘では、こうした個人の属性のために正社員中心の「春闘」の枠組みから排除されてきた外国人・女性・障害者などの多様なマイノリティが「非正規の賃上げ」という共通項のもとで結集し、ともに声を上げているのだ。

開かれた「春闘」へ

 また、参加の方法も多様だ。非正規春闘実行委員会では、賃上げについての労働相談を受け付け、相談から春闘交渉へと繋げていく取り組みにも力を入れている。この仕組みを活用すれば、特定の企業に限らず、どの職場で働く非正規労働者であっても「非正規春闘」に参加できる

参考:非正規が33社に「一斉に賃上げ」を要求 「非正規春闘」の背景とは?

 3月12日(日)には、同実行員会が「非正規雇用労働者のための賃上げ相談ホットライン」も開催される(詳細は末尾参照)。実は、日本の労働組合法は、企業ごとの労使交渉に保護対象を限定していない。今回の非正規春闘実行委員会に参加している労働組合はいくつもの「地域」を母体にしているため、どの企業に勤めていても労働組合法の保護を受けて労使交渉することができるのだ。

 「春闘」のニュースを毎年聞いて、「他人事」にしか感じないという非正規雇用は多い。むしろ、大手企業の(正社員)の賃上げのニュースを聞いて憤りさえ覚える人もいる。これまでの「企業別」に閉じられた労使交渉から、さまざまな職場の労働者が個別の「労働相談」というチャンネルを通じて賃上げ交渉に参加できる仕組みは、非正規雇用の法律の恩恵をとどめるものでもあり、非常に有意義だ。

 さらに、今回の「非正規春闘」のキャンペーンは、非正規労働者以外にも参加の間口が開かれている。自分が働いている会社と交渉するという形に限らず、ボランティアスタッフとして活動に参加する高校生や大学生、正社員の労働者も増えているという。学生ボランティアたちは、デモや街宣行動の企画や相談・調査活動、メディア発信などに関わる形で非正規労働者の賃金交渉を支えている。

デモンストレーションの準備をする大学生。
デモンストレーションの準備をする大学生。

 非正規春闘実行委員会では今後もボランティアを継続的に募集し、工場や倉庫前での非正規春闘参加を促すチラシ配りや、国内・海外への発信を視野に入れた映像制作、活動のレポートに力を入れていく予定だという。

 日本の「春闘」が「大企業正社員クラブ」から脱皮し、真に大多数の労働者のものとなるのか。非正規春闘実行委員会の取り組みから目がなさせない。

名称:非正規雇用労働者のための賃上げ相談ホットライン

日時:3月12日(日)11時~15時

番号:0120‐333‐774(通話無料、相談無料)

主催:非正規春闘2023実行委員会

趣旨:物価高騰のなかでも、賃上げされていないか、十分に賃上げがされていない非正規労働者からの相談を受け付け、「非正規春闘」の枠組みで賃上げの実現をサポートします。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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