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非正規が33社に「一斉に賃上げ」を要求 「非正規春闘」の背景とは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

 本日2月15日、非正規春闘2023実行委員会が記者会見を開き、非正規労働者の春闘である「非正規春闘」の開始を宣言した。

 春闘とは毎春に労働組合が一斉に賃上げ要求・交渉を行うものであるが、これまでは正社員中心の労働組合が春闘を行っていた。しかし、今年は、激しいインフレの中で、生活が脅かされている非正規雇用労働者たちが「非正規春闘」を始め、非正規雇用労働者の賃上げを訴え始めた。

 すでに、この「非正規春闘」には16の個人加盟労組(ユニオン)に所属する約300名の非正規雇用労働者が参加しており、33社に対して春闘交渉の申入れを行っているという。

 以下では、会見内容をもとに、「非正規春闘」が宣言された背景と活動内容を追っていきたい。

インフレは低所得層により深刻な影響を与えている

 「非正規春闘」の背景には、この間の未曽有のインフレがある。昨年末より物価高騰が激しくなっていたが、今年に入り一段と厳しくなっている。たとえば、昨年12月の東京の消費者物価指数は前年同月比で4%増という数字が発表されている。

参考:東京の消費者物価指数4%上昇 40年8か月ぶりの高い水準

 また、この間の物価高騰は、光熱費や加工食品などで特に激しい。こうした必需品の物価高騰は、低所得階層ほど影響が大きい。エンゲル係数に象徴されるように、低所得階層の家計に占める食費あるいは光熱費といった必需品が占める割合は一般的な世帯と比較して高いからだ。

 今後さらに電気代や加工食品の値上げが予定されているため、ますます生活は苦しくなるだろう。

参考:東電、3割値上げを申請 平均家庭で月2611円負担増える見通し

参考:2月も相次ぐ値上げ 冷凍食品や菓子など5463品目に

 こうしたなか、非正規春闘2023実行委員会は、今年1月に、非正規雇用労働者235名に生活実感についてのアンケート調査(非正規労働者生活・賃金実態調査)を行っている。この調査によれば、物価上昇のもとで生活費の高騰を感じると回答した人の割合は99%にものぼる(「とても感じる」が85.5%、「どちらかと言えば感じる」が13.6%)。

非正規春闘2023実行委員会より提供
非正規春闘2023実行委員会より提供

 また、「物価上昇によってあなたの生活は苦しくなりましたか?」という問いに対しては9割を超える人が苦しくなったと回答している(「とても苦しくなった」が48.1%、「どちらかと言えば苦しくなった」が42.1%)。

同上。・
同上。・

今年新たに始まった「非正規春闘」とはどういうものか

 こうした物価高騰の影響もあり、今年の「春闘」は例年以上に注目されている。また、非正規雇用労働者の賃上げが必要だという議論も活発化してきている。だが、既存の「春闘」は正社員の賃上げが主題であり、今年も、非正規雇用労働者の賃上げが十分に焦点化される見込みはなかった。

 そこで、非正規雇用労働者を組織する全国各地の個人加盟労組(ユニオン)が、非正規雇用労働者の賃上げを実現するために、ナショナルセンターの枠を超えて非正規春闘2023実行委員会に結集し、非正規春闘を始めている。

 これまでも大企業労組に組織されない中小企業の労働者や非正規労働者は、この「ユニオン」に個人加盟して労使交渉を行ってきた。いわば、ユニオンは大企業労組以外の労働者の「駆け込み寺」的な存在である。その各地のユニオンが連携し、新しい動きを連帯して起こしたことは非常に意義深いといえる。

 非正規春闘2023実行委員会は、札幌・仙台・新潟・名古屋・大阪など各地の16のユニオンによって構成されており、様々な地域で春闘交渉を行っている。

 非正規春闘の方針は、主として二つあり、一つは各企業に対して非正規雇用労働者の一律10%賃上げを要求するということ、もう一つは政府に対して最低賃金の即時再改定と最低賃金1500円を目指す政策を要求するということだという。

 10%賃上げを求める春闘交渉については現在のところ、16の労働組合が33社へ賃上げを申し入れている。たしかに組合員数でみれば、300名程度と決して多くはない。だが、交渉先企業の半数は従業員数が数千・数万いる大企業であり、春闘ではその従業員全体の賃上げを要求・交渉するため、非正規春闘の影響を受けうる労働者の総数でみれば12万名程度にも膨れ上がり、かなり大きな規模の運動だということがわかる。

 非正規春闘の交渉先となる業界・企業の具体名をあげると、飲食(かつや、あきんどスシロー、フジオフードシステム)、スーパー(ベイシア)、コールセンター(KDDIエボルバ)、語学学校(シェーン英会話、GABA)、学習塾(市進)、私学(首都圏近郊の数校)、自動車製造(愛知県の中小下請で数社)、IT(北海道の派遣会社)、縫製(山梨県の技能実習生)などである。

どのような労働者が参加しているか

 では、この運動に参加している非正規労働者たちは、どのような背景を持った人たちだろうか。参加者の特徴は、おおよそ次の三つのグループにわかれている。

 ①中高年女性労働者である。育児・介護などを抱える女性や、年齢層の高い女性が非正規雇用となっているケースが多い。以前は女性のパートタイマーは「種ルパート」と呼称され、男性に養われているために貧困や労働問題とは無縁の存在として扱われてきた(以前からこれは誤った決めつけだったのだが)。

 しかし、今日では家計を自立型の女性非正規雇用が増加したことに加え、共働きでも女性非正規の家計分担の割合が増加している。こうしたことが彼女たちが立ち上がる背景にあると考えることができる。

 次のグループは、②学生アルバイトである。今日では、学費・生活費・交際費等のため働く学生も多い。コロナ下ではシフトが一方的に削減されたうえ休業手当も支払われず、政府の雇用調整助成金も活用させてもらえないといった労働問題が相次いだ。

 学生に関しても、以前は親からの援助で十分生活できているという想定があったが(この想定も以前から間違っていたのだが)、今日では学生自身が学費や生活費を支払っていることが一般的になっている。インフレで生活費が上昇すれば、学生たちも生活に破綻をきたしてしまう。最悪の場合には学業を続けられなくなってしまうこともあり得るのである。

 最後のグループは、③外国人労働者である。技能実習生や技能ビザで働く外国人労働者の多くは非正規雇用である。以前から、外国人労働者の労働条件が劣悪である要因には、日本の非正規雇用差別がそのまま適用されているといった指摘がなされている。

 海外では同じ仕事をすれば同じ賃金が支払われる同一労働・同一賃金が一般的である。この賃金制度の下では、非正規であるという理由で賃金を極端に低くすることは許されない。したがって、海外で女性や外国人が差別される場合には、「職域」がまるごと差別されていることが多い。

 これに対し、日本では主に女性を対象とした非正規差別制度が、そのまま外国人にも適用されていると考えることができるのだ。このように考えれば、非正規女性と外国人がともに声を上げるということは、非常に理にかなったことだといえよう。

 これらのグループの他にも、高齢者で非正規雇用で働く人や、氷河期世代の就職難で非正規雇用で働いてきている40代・50代などの参加もみられる。日本社会にあまりにも非正規雇用が拡大してきたことを反映して、非常に多様な人たちが参加している運動なのだ。

 なお、「非正規春闘」のキャンペーンの詳細については、非正規春闘2023実行委員会の呼びかけ団体の一つである総合サポートユニオンの共同代表がオンライン記事を配信しているので、関心のある方は、こちらも参照するとよいだろう。

参考:「非正規春闘」とは何か、なぜ今「非正規春闘」なのか(青木耕太郎の総合サポートユニオン通信)

春闘の大転換=「誰でも参加できる春闘」へ!

 最後に、「非正規春闘」の今後の方針や動きについても紹介しておこう。まず、これから2月から3月にかけて春闘交渉を重ねるとともに、新たに春闘賃上げの申入れが予定されている。

 また、興味深いのは、賃上げについての労働相談を受け付け、相談から春闘交渉へと繋げていく取り組みにも力を入れるというところだ。いま職場に労働組合がない(あるいは、あったとしても、非正規雇用労働者の賃上げをしっかりと交渉する見込みがない)場合でも、非正規春闘2023実行委員会に賃上げの相談をして、いずれかの個人加盟労組(ユニオン)を通じて、勤務先の企業に春闘交渉を申し入れることができるということだ。この仕組みを活用すれば、どの職場で働く非正規労働者であっても、誰でも「非正規春闘」に参加できる

 私は毎年春闘の時期に多くのメディアから取材依頼を受けるが、「今の春闘は一部の大企業の労働者に限られている」といつも指摘せざるを得なかった。このように、誰にでも「開かれた春闘」は非常に画期的だといってよいだろう。

 その動きの第一弾として、2月19日(日)に労働相談のホットラインが開催される。非正規雇用で働く方は、賃上げについて相談できる機会として活用してみてほしい。

名称:非正規雇用労働者のための賃上げ相談ホットライン

日時:2月19日(日)10時~15時

番号:0120‐333‐774、0120-987-215(通話無料、相談無料)

主催:非正規春闘2023実行委員会

趣旨:物価高騰のなかでも、賃上げされていないか、十分に賃上げがされていない非正規労働者からの相談を受け付け、「非正規春闘」の枠組みで賃上げの実現をサポートします。

 さらに、非正規春闘2023実行委員会は、春闘の交渉で企業側が賃上げに応じない場合、ストライキや街頭行動などのアクションも予定しているという。近年の春闘では、ストライキなどの行動はあまり目立たなかったが、今年の春闘は非正規雇用労働者を中心にストライキを構えて交渉するという流れが広がりそうだ。世界的にストライキの波が広がる中で、日本では「非正規労働者」から火の手が上がっていくことになるのかもしれない。

参考:19%の賃上げ要求でストライキの嵐 「春闘」を超える世界の賃上げ闘争とは?

<非正規春闘2023の呼びかけ労組>

全国一般東京ゼネラルユニオン

090-9363-6580

info@tokyogeneralunion.org

全国一般東京東部労働組合

03-3604-5983

info@toburoso.org

首都圏青年ユニオン

03-5395-5359 または 03-5395-5255

union@seinen-u.org

総合サポートユニオン 

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

※非正規春闘2023実行委員会のHP

<常設の無料労働相談窓口>

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

NPO法人POSSE 外国人労働サポートセンター

メール:supportcenter@npoposse.jp

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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