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ジョナサン「職場の暴力」で精神疾患の訴え パワハラ労災は12年間で11倍に

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

パワハラによる精神疾患で労災申請

 ファミレス最大手のすかいらーくグループが運営する「ジョナサン」の東京都港区の店舗において、2020年9月から今年4月までの間、暴力や暴言によるパワーハラスメントが繰り返されていた問題で、事態に進展があった。

 この事件では、店長(当時)から部下の正社員Aさんに対して続けられていたパワハラのうち、店長の殴打による右あばらの骨折、足蹴りで転倒したことによる全身の打撲の負傷の二件について、すでに今年7月に三田労働基準監督署が労働災害であると認定している。

参考:「ジョナサン」店内で暴力事件 肋骨骨折も「勉強になったな」「また折られてえのか?」

参考:ジョナサンの傷害事件で「労災」認定 店長の暴力で肋骨骨折も「休むな」

 だが、Aさんの被害は直接の傷害にとどまるものではなく、これに伴って精神的な被害も受けている。実際に、Aさんは今年4月にメンタルクリニックで重度ストレス障害と診断され、現在治療中で、休業をつづけている。そこで9月29日、被害者のAさんは、暴力の被害とは別に、パワハラの被害についても改めて三田労基署に労災保険の申請をしたという。

 こうしたパワハラに伴う「精神障害」による労働災害は、現在どれほど広がっているのだろうか。暴力を伴うハラスメントが精神に与える影響をジョナサンの被害から検討しつつ、厚労省の統計を確認しながら問題の全体像についても検証していきたい。

「自分は必要ない人間なんじゃないか」「生きていていいのか」

 改めてジョナサンにおけるパワーハラスメントの被害を概観してみよう。

 大学を卒業し、すかいらーくグループに就職したAさんは、ジョナサンに配属され、複数の店舗に勤めたのちに、東京都港区の店舗に異動となった。同店で働き始めたAさんは、まもなく店長による凄絶なパワハラのターゲットになってしまった。

 Aさんが些細なミスをしたと目をつけられるたびに、「死ね、殺されてえのか」「お前の目はビー玉か?」など、店長から容赦ない罵声が浴びせられた。日常的に頭をはたかれ、胸ぐらをつかまれた。足蹴りも繰り返された。「土下座だな」と言い放たれ、土下座せざるを得なかったことすら何度かあったという。

 Aさん自身がミスをしていなくても、アルバイトのミスの監督責任を問われて暴力を振るわれることも多かった。それがエスカレートし、前述のように殴られて肋骨を折られる事件へと発展してしまった。

 これらの行為によって、Aさんは精神にどのような傷を負ったのだろうか。

店長の動作に恐怖で体が動き、じんましん、フラッシュバックも

 まず、「恐怖」による精神的な被害が大きかったという。Aさんは日常的に怒鳴られ、暴行を受けることで、常に店長に怯え、ビクビクしながら働くようになっていった。店長が手を髪に当てるだけでも、Aさんはとっさに「はたかれる」と思い、無意識に身構えてしまうようになっていた。店長の動作を見て反射的に体が動いてしまい、持っていたハンバーグを落としてしまうこともあった。店長がいるときには、じんましんができることも度々あったという。

 今年4月以降、仕事を休んでいる間にも、就寝中に店長のパワハラがフラッシュバックしたり、夢に出てきたりして起きてしまうことがあるという。

休日も、寝るときも、心が休まらない

 さらに身体的な疲弊が、精神的なダメージに追い打ちをかけた。労働時間が長くなり、休むこともろくにできなくなってしまったのだ。

 店長のパワハラを受けないで済むようにするためには、「ミス」や「無駄」を徹底的になくす必要がある。Aさんは、シフトより大幅に早めに出勤して準備をしたり、深夜1時過ぎまで片付けや翌日の準備をしたり、休憩をほとんど取らずに1日通して働くことが多発するようになっていった。

 営業時間にわずかに持ち場を離れることすら許されず、Aさんがトイレに行くだけで店長は「おむつ穿いて出勤すれば」と言い放つほどだった。

 休日すら、仕事から逃れられることはできなかった。シフト上、休日だったはずの日にも、店長から出勤するよう電話で呼び出されるのである。すぐに対応しないと店長に激しく怒られてしまうため、休日どこに行くにも社用携帯を持ち歩かざるを得なかった。

 睡眠の時間さえ、仕事に脅かされていた。閉店が23時半と遅いこともあり、終電による帰宅をあきらめざるを得ず、毎週のように店舗の客席のソファで寝泊まりしていた。深夜1時過ぎに仕事を終えたとすると、翌朝シフトが入っている場合は、早朝5時半には起床して6時頃から勤務を始めるため、歯を磨いたり着替えたりしていると、もう3時間程度しか眠ることができない。おまけに、店長からのメールが早朝や深夜に来ることもある。

 やがて、家や職場で寝ているときにも「店長からメール来てるかも」と目が覚めてしまうことや、横になっても心配で寝つけず、気づいたら朝を迎えていることも相次ぐようになっていった。

勝手に涙があふれたり、「生きてていいんだろうか」とまで思い詰めるように

 こうしてパワハラの恐怖に怯えつつ、心身がほとんど休まらない中で、Aさんのメンタルは「決壊」するようになっていった。店長とシフトが重なっている日は、働いているときに、突然涙がこぼれ落ちて止まらなくなることもあり、泣きながら接客や調理をせざるを得ないことまであったという。自分でも涙を流している理由が理解できなくなっていた。

 やがてAさんは、「死ね」などと人格を否定され、「お前は喉元すぎれば忘れるから、勉強になったな」「こいつは動物だから、痛みを与えねえとわからねえから」などと暴力を正当化する店長の発言に、「罪悪感」を覚えることまで増えていった。店長の暴言をそのまま、自分の「責任」であると額面通り受け止めてしまうようになっていたのだ。

 「こんなに怒られてばかりで、自分は必要ないんじゃないか。生きている意味があるんだろうか」「自分は生きていていいんだろうか」という考えが脳裏をよぎるまでになっていた。

長時間労働より多い ハラスメントによる労災認定は年246件

 Aさんは今回、パワハラによる精神疾患を労災申請したわけだが、同様の被害は、どれほど労災認定がされているのだろうか。

 厚労省は、精神疾患の労災を認定する際に、長時間労働や職場の悲惨な事故など、その疾患を発症する一番の原因であったと判断される「具体的な出来事」を分類している。

(ただし、月160時間以上の残業、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為を受けた、業務によって他人を死亡させたなどの場合は、「特別な出来事」として分類される。厚労省はその内訳を公表していないので、ここでは割愛する)。

 この「具体的な出来事」のうち、パワハラやいじめを主な原因として精神疾患の労働災害が認定された件数は、2009年度から2021年度までの12年で、16件から186件へと11倍へと飛躍的に増加している。

 一方で、長時間労働に関する「具体的な出来事」が一番の理由と判断されたケースは、2021年度で138件となる。もちろん、実際には両方が同時に起きているケースが多いと推測されるが、厚労省の「具体的な出来事」に着目した場合、いまや長時間労働よりもパワハラ・いじめによる精神疾患の方が上回っているといえるのである(なお、セクシュアル・ハラスメントによって労災が認定された60件を加えれば、ハラスメントによる労災認定は246件となる)。

 NPO法人POSSE理事の坂倉昇平は著書『大人のいじめ』(講談社現代新書)の中で、長時間労働がイメージされやすい「過労自殺・過労自死」という言葉では、ハラスメントによる精神疾患が横行している実態が掴めないとして、「ハラスメント自死」という言葉を提唱している。

 ハラスメント被害を労災として申請できることを知らない人も多い。それだけでなく、精神疾患を労災として申請するまえにあきらめてしまったり、申請しても労基署に労災として認定されなかったりする事件も非常に多いのが実情だ。

 実際、一人で労災保険の手続きを認定までやり遂げるのは、証拠の準備など、大変なことである。そこでお勧めしたいのが、早めに労働者側のNPOや個人加盟できる労働組合(ユニオン)、弁護士に相談しておくことだ。こうした労働問題の専門機関・専門家であれば、適切なアドバイスやサポートを受けられる。

 筆者が代表を務めるNPO法人POSSEでは、下記の日程で過労死・ハラスメントホットラインを実施する。ぜひハラスメント被害に悩む方や、被害を受けた方のご家族は相談してみてほしい。

【過労死・ハラスメントホットライン概要】

日時:10月2日(日)、10月9日(日) 13時~17時

電話番号:0120-987-215(通話無料・相談無料・秘密厳守)

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE 

03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

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公式LINE ID:@613gckxw

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

就労支援事業 

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。「ブラック企業」などからの転職支援事業も行っています

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*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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