Yahoo!ニュース

ヘイトスピーチの日大講師は「解雇」すべきか? 海外では圧倒的に厳しい措置も

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真は「講師」のイメージです。(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 先月行われたテニス全米オープンでみごと優勝した大坂なおみ選手が、警察によって殺された黒人の名前がプリントされたマスクを着用してブラックライブズマターの運動に賛同の意を示したことが大きな話題を呼んだ。アメリカでは、多くの有名人が警察官による暴力やその背景にある差別に対して抗議の意思を表明しており、メジャーリーグやプロバスケットボールの選手が抗議ストまで行っている。

 そのような状況において、大学という公的機関において、授業中に差別発言を行った講師がいたことが、いま大きな話題を呼んでいる。日本大学文理学部の非常勤講師・菊池肇哉氏は授業の中で、コロナウイルスを「武漢肺炎」と称したり、ブラックライブズマターの運動を「黒人さんが暴れている」「略奪をどんどんどんどん繰り返している」と人種差別発言を行った。反差別に取り組む団体は、再発防止や菊池氏の解雇を大学側に求めて署名活動や申し入れを行っている。

 これらの事例はサッカー協会や日本大学にとどまるものではなく、表に出てきていないだけで日常的に起こっていることだと考えられる。ここで特に重要なのは、日大のケースでは、職場で勤務中に差別発言を繰り返し行っていたという事実だろう。そもそも、職場で起こる差別に関してはいかなる規制があるのだろうか。差別発言を行った労働者は解雇されるべきなのだろうか。本記事ではそれらについて考えていきたい。

「黒人さんが暴れている」

 まず、菊池肇哉氏が自身の受け持つ「法学」という授業の中で行った発言を見ていこう。この授業では毎回、ニュースについて言及する時間があり、今年6月15日に行われた授業の中で、菊池氏はブラックライブズマターについて、以下の発言をしている。

「〔アメリカのBlack Lives Matter運動について〕私が略奪している人の動画とか写真とか見ている限りでは、白人はほとんどいなくて、やっぱりそれも黒人さんばっかりなんですよね。〔中略〕プエルトリコ人とか、あと茶色い人たち、あと混血でメスティーソみたいなかたちで混血で混じっている人たちとかそういうのも、何かあれば略奪をしようとする。実際はおそらく白人の人も略奪をやってると思うんですが、ほとんど動画で私見たことない」

「今アメリカ全土が北斗の拳みたいな状態になっていて黒人さんが暴れている… Black Lives Matterっていうので、黒人の生命っていうものは大事なんだって標語にして、あちこちで暴動とかを起こしたり略奪をどんどんどんどん繰り返している..」

(「黒人さんが暴れてる」、「なにかあれば略奪しようとする」と授業中に発言した大学教員の解雇、大学での差別を防止するルールを求めます)

 これらの発言が問題であることは言うまでもないだろう。「黒人」や「プエルトリコ人」など特定の民族マイノリティに対する差別や偏見を助長・煽動しているからだ。

 なお、そもそも何が人種差別に当たるかについては、日本も批准している「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」(いわゆる人種差別撤廃条約)に定義されている。

「「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他あらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう。」(「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」第一部第一条1)

 菊池氏の発言はこの定義からしても、人種差別に当たるというのは否定できない。なお、日本では「ヘイト」というと単なる憎悪や嫌悪と捉えられることがしばしばあるが、これは誤りである。「ヘイト」というのは明確に、ある特定の集団(人種や民族、性など)に向けられており、ヘイトスピーチとは、そのような差別や憎悪を煽動する表現もしくは行為のことを指しているといえる(梁英聖『日本型ヘイトスピーチとは何か』)。このように考えると、菊池氏の発言が、差別でありヘイトスピーチであることは間違いないだろう。

職場でのヘイトスピーチは民事上の違法行為にあたる可能性がある

 日本は諸外国とは違い、差別的な発言を規制する法律が存在しないため、ヘイトスピーチによって刑事罰を受けることはない。しかし、職場においていかなる発言も法的に許されるわけでは当然ない。この点について、今年7月に判決が出た「フジ住宅事件」をもとに考えていきたい。

 この事件は、大阪府岸和田市にある東証一部上場の住宅会社「フジ住宅」で、2013年から2015年にかけて会長が主導して、全社員に対して日常的にヘイトスピーチ文書が配布されたというものである。配布文書には「悪事を批判されるとすぐに『差別ニダ!』と大騒ぎする在日朝鮮族」、「(韓国人は)嘘が蔓延している民族」などと書かれており、上記の定義から言えば差別であることは間違いない。これに対して、同社で働いている在日コリアンの女性が会社と会長の行為は差別であり人格権の侵害だとして裁判に訴えた。

 そして大阪地裁堺支部は、今年7月の判決において、会社側の「公刊物を配布したに過ぎない」、「政治的論評に過ぎない」との主張を退け、会社の行為が「労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を具体的に侵害するおそれがあり、その態様、程度がもはや社会的に許容できる限度を超えるものといわざるを得」ないと述べ、女性の「人格的利益を侵害して違法というべきである」と判断し、会社と会長に対して110万円の支払いを命じた。(フジ住宅によるヘイトハラスメント裁判を支える会HPより

 この判決は、会社や会長の行為を差別的言動だと判断せず、単に女性の人格権侵害の問題と捉えているため損害賠償額が当初の請求よりも極端に低くなっているなど不十分な点も多い。しかし、労働者が職場において国籍によって差別的取扱いを受けないように配慮されるべきであり、今回の行為がその限度を超えていると判断したのはポイントだ。つまり、労働者(特に外国人)が職場で安心して働けるための環境を整えるという観点から、職場での発言や文書の配布は違法だと判断した。

ヘイトスピーチを理由に解雇できるのか?

 「フジ住宅事件」から差別発言が民事上の違法行為に当たる可能性があることがわかった。次に考えるべきは、暴力を振るったわけでもなく発言のみを持って会社はそのような労働者を懲戒解雇にできるかという点だ。ここに関しては、セクシャルハラスメント(以下、セクハラ)に関する裁判例が参考になる。

 そもそも、発言だからといって何でも許されるわけではないのは、セクハラやパワーハラスメント(以下、パワハラ)を考えてみればそれほど難しい話ではない。会社は労働者が働くにあたって安全に働くことができる権利を保証しなければいけない(労働契約法第5条、安全配慮義務)。発言だけであっても、その内容によっては労働者を鬱に追い込む可能性があり、違法となる可能性は十分にあるのだ。

 懲戒処分の妥当性に関しては、海遊館事件(最高裁一小 平27.2.26判決)で、会社がセクハラ上司2人を懲戒処分にしたところ、セクハラ上司らが懲戒処分はおかしいと逆に会社を訴えた、という事件が参考になる。この事件で、セクハラ上司らは「夫婦間はもう何年もセックスレスやねん」、「でも俺の性欲は年々増すねん。なんでやろうな」「30歳は,二十二,三歳の子から見たら,おばさんやで」などと女性社員のいる前で日常的に発言していた。セクハラ上司らは、ある特定の社員に対して対価を求めていたわけではなく、セクハラに当たる行為は発言のみだったが、それでも最高裁判所は会社の行った懲戒処分を有効と判断した。

 これらの裁判例からみていくと、差別発言は民事上違法であると判断され懲戒処分も妥当とされる可能性があることがわかる。

海外では解雇されるケースが少なくない

 ここまで日本の事例を見てきたが、実は日本での「規制」は、海外からすると圧倒的に水準が低いとされている。

 実際にヘイトスピーチが行われた場合、職場内であれば即解雇になり、最近では就業時間外のSNS投稿によっても懲戒解雇となるケースがみられる。今年7月、アメリカの大手IT企業のシスコシステムズは、オンライン会議中に「黒人の命は関係ない。すべての命が大事だ」などと発言した従業員数十人を解雇したと発表した(Cisco fires employees for comments made during virtual diversity conference)

 さらに、今年5月には、ニューヨークの大手投資銀行で働く女性が自身の飼い犬にリードを付けていないことを黒人男性に注意された際に警察を呼んだ行為が差別だと判断され、勤務先のフランクリンテンプルトンから翌日解雇されるという事件もあった。会社は「フランクリンテンプルトンではいかなる人種差別も容認しない」と声明を発表し、ニューヨーク市長のデブラシオは「端的に人種差別である…女性が警察を呼んだ理由は、男性が黒人だったからだ」とコメントし、差別が許されないという姿勢を明らかにしている。(犬をつなぐよう黒人男性に言われた女性、通報して解雇 米NY)

 今回の日本大学・菊池氏の発言のように、大学教授が差別発言を行ったことで解雇されたケースもある。アメリカのルイジアナ大学モンロー校は、今年6月、ポリス・ブルータリティ(警察の暴力)が問題化されている現状について[Louisiana University Condemns 'Racist' Posts by Professors https://www.usnews.com/news/best-states/louisiana/articles/2020-06-08/louisiana-university-condemns-racist-posts-by-professors 「黒人を民主党のプランテーションに縛り付けるための物語にすぎない」と自身のフェイスブックに投稿した講師を解雇した]。

 同じようなケースとして、今年7月、「奴隷制はジェノサイドではなかった」と発言したイギリスの歴史家が、就いていた大学のポストから即座に解任された(David Starkey resigns from university role over slavery comments)。

 このように、差別発言を行った労働者が解雇されるというケースは決して珍しいものではない。特に、大学キャンパスにおける差別に対しては、多くの学生がデモや授業ボイコットなどで問題化し、差別発言を行った講師や教授の責任追及や解雇と通じて、大学側に「反差別」を徹底するよう求める動きが各地で起こっている。

 例えば、アメリカのセントラルフロリダ大学では「黒人特権は現に存在する」とツイートした教授の解雇を求めて学内でデモを行ったり、大学アメフト部の選手を始めとする学生らがオンライン上で呼びかけた結果、3万人以上の署名が集まるまでに至っている。

(UCF football players call for controversial professor to be fired )

差別に抗議する日本の「Z世代」

 これらの事例を踏まえると、今回の件を受けての日本大学の対応は比較にならないことがわかる。差別発言に関して日本大学は「謝罪」をしたが、菊池氏に対しては後期の講義を続けさせ、学部側が監視しながら行うという。

 大坂なおみ選手をはじめ、若者が差別に抗議し、社会を変えているのは世界的な動きだ。日本でも、今回の日本大学のケースが表面化したのは、Moving Beyond Hateという差別に対抗する学生の団体が事実を明らかにして、社会化したからだ。

 この団体は、首都圏の大学に通うZ世代(90年代半ば以降に生まれた若者)学生が集まって、キャンパス内やインターネット上の、特に公的な人物による差別の監視を行っている。今回の件では、菊池氏の解雇や日本大学が差別を防ぐためのルール策定の導入を求めて署名活動を行い、すでに3,885 人(10月11日時点)が賛同するまで活動が広がっている。

 日本においても、大学での「ヘイトスピーチ」を許さない機運は今後も広がっていくだろう。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

今野晴貴の最近の記事