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20万円の給付でも「足りない」? 学生の「労働者化」は何を引きおこしているのか

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はアルバイトのイメージです。(写真:アフロ)

 5月19日、政府は新型コロナウイルスの感染拡大による休業の影響でアルバイトの収入が減少した学生への支援策として、1人当たり最大で20万円(アルバイトで収入が激減した学生は10万円、非課税世帯に該当する場合は20万円)の給付を決めた。

 緊急事態宣言に伴う休業は小売や飲食、個別指導塾など学生アルバイトが多く働いている業種に多大な影響を及ぼしており、その影響は深刻だ。

 「高等教育無償化プロジェクトFREE」が行ったネット調査「新型コロナ感染拡大の学生生活への影響調査」で「退学を検討」している学生が2割にのぼっている。

 そうした中で、学生たちからは、「20万円の給付でも足りない」という声が聞こえてくる。背景には、学生が「労働者化」している一方で、雇用保険制度の「枠外」に置かれている実態がある。

 本記事では、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEに寄せられている学生アルバイトからの相談や、学生生活の実態を紹介しながら、政府の学生支援策のあるべき姿について考えていきたい。

【参考】「海外では当たり前ですよ」 若者が個別指導塾で団体交渉、ストライキも

困窮する学生の実態

 まず、支援を必要としている大学生の実情を紹介していこう。

 飲食店でアルバイトをしていたある男子学生は、これまで生活費のために月8〜10万円を稼いでいた。ところが、コロナの影響でシフトが減らされることになり、給料が月に5万円まで減少。「家賃の支払いや生活費の捻出に困っている」と私たちに労働相談を寄せた。

 また、居酒屋でアルバイトをしていた大学生は、家庭の事情から仕送りはもらっておらず、生活費として月に13万円程度稼いでいた。奨学金も借りていたが、それはすべて学費の支払いに使っている。緊急事態宣言が出されて以後は、店が休業になってしまった。休業補償がなされていないため、「このままでは家賃や生活費が支払えなくなってしまう」と訴えている。

 こうした「自分の生活費を自分で稼いでいる学生たち」からすれば、10万円の給付は焼け石に水だ。せいぜい1ヶ月の「延命」措置にしかならない。そのため、POSSEに相談を寄せる学生たちは、「そもそもいつにもらえるのかもわからないし、一時的に10万円を給付されただけではどうにもならない」と考えているのだ。

 実際に、退学を検討するほど追い込まれた学生は、10万円の支援策だけでは救済されない可能性が高いだろう。

 (なお「学生だから」とか「緊急事態だから」などの理由で休業補償を支払わない企業は多いが、実際には休業補償を請求することができる。この点については、別の記事で詳しく解説しているので、休業補償が支払われずに困っている学生は「学生の2割が「退学検討」の衝撃! 立ち上がり始めた学生アルバイトたち」 をぜひ参考にしてもらいたい)。

学生の「労働者化」

 かつての学生アルバイトは「小遣い稼ぎ」や「レジャーや娯楽」のためという割合が多かったが、現在ではアルバイトをしなければ学生生活を送ることができない学生が増えている。

 国立大学の授業料は1990年には33万9600円から、現在は53万5800円までおよそ1.6倍上昇したが、日本全体の所得は低下しており、学費を負担できない家庭が増えた。

 全国大学生活協同組合連合会による学生生活調査によれば、下宿生の場合の平均収入は12万9860円で、増加傾向にある。しかし仕送り額は減少し続けている。仕送りを10万円以上もらっている学生は1995年には62.4%であったが2019年27.9%にまで減少。逆に仕送り5万円未満(0円含む)の学生は1995年7.3%から2019年23.4%にまで増加した。

 このように、下宿生のおよそ4分の1は、アルバイトや奨学金によって必要な収入を埋め合わせていると考えられる。単純に計算すれば、仕送りを5万円もらっていたとしても8万円程度は、生活のためにアルバイトをしてお金を稼がなければならない。

 新型コロナウイルスの感染拡大に関連し、大学生3万5000人以上から回答を得た全国大学生活協同組合連合会(大学生協連)の調査結果によれば、アルバイトをしている学生のうち、アルバイト収入の見通しは「大きく減少する」「減少する」をあわせるとおよそ7割にのぼった。また6割以上の学生がこの先の「経済的な不安」を感じているという。

 このように、学生のアルバイトは、生活の観点から見ると、もはや「小遣い稼ぎ」とは言えないケースが非常に多くなっている。アルバイトなしには退学もやむを得ないほど、アルバイト収入が「生活の糧」となっているわけだ。

「基幹的な労働力」として企業からあてにされる学生

 その一方で、学生の「労働者化」は、企業側の「労務管理」の観点からも進んでいる。小売店や飲食店、個別指導塾などのアルバイト先で中心的な戦力とされるようになっている。彼らの存在なしには多くの店舗は開店することができないという意味で、学生アルバイトはもはや「必須」の存在だ。

 また、学生アルバイトの一部は、企業から特に重い責任を負わされている。学生であるにもかかわらず、「リーダー」の役職に任命されれば、通常とほとんど変わらない時給で学生アルバイトたちの労務管理を担うことになる。欠員が出れば授業やゼミナールを欠席して穴埋めしなければならない。学生自身が「店長」を担うというケースさえある。

 (なお、このような労務管理の影響で、単位を落としたり試験を受けられずに留年したり、就職活動ができないといった問題が生じ、「ブラックバイト問題」と呼ばれている。詳しくは拙著『ブラックバイト』岩波新書を参照してほしい)

 つまり、学生アルバイトが、ただ店舗の人員の穴埋めをしているだけではなく、今や経営上の「基幹的戦力」となっているケースが少なくないのである。学生たちが「生活のため」に働いているからこそ、こうした企業側からの「高い注文」にも学生たちは応じていると考えることができる。

 しかし、アルバイト収入が「生活の糧」となり、企業からも「基幹的な労働力」とみなされている学生が多いにもかかわらず、その扱いは「小遣い稼ぎ」を前提としたままだ。当たり前のように最低賃金水準の時給で働かされ、有給休暇など法律上の権利が無視されているケースが非常に多い。そして、今回のコロナ危機でも、ほとんどの場合「学生だから」と休業手当が支払われていない。

 くわえて、冒頭でも述べたように、学生アルバイトは「労働者」としての性質が強まっているにもかかわらず、雇用保険制度の対象からも外されている。このように、コロナ禍で学生が生活困窮に陥る要因は、実態としては「労働者」のように働きながら、弱い立場に置かれ、労働者としての権利を行使できないという矛盾の中に置かれているからである。

 実質的に「労働者」なのに雇用保険が適用されない。これでは、10万円や20万円でも足りないのもうなづけるというものだろう。

新たな給付金制度の対象に学生も含めるべき

 以上の学生の「労働者化」という現実を踏まえると、支援策のあるべき姿はどのようなものになるだろうか。

 まず、緊急事態宣言が出された4月、小売・飲食・塾などの学生アルバイトが多い業種が休業し多くの学生が困窮状態にあるため、最大20万円の給付は早急に実施すべきだろう。

 しかしそれだけでは不十分である。そこで、政府が検討を進めている、一般労働者向けの「新制度」の対象に学生も含めることが非常に重要になっている。政府は事業主から休業手当を受け取れなかった労働者に対して直接給付金を支給する制度を新たに創設することを表明している。

 対象となるのは、雇用調整助成金を申請していない中小企業の従業員である。休業を余儀なくされたにもかかわらず、事業主から休業手当の支払いを受けていない人々を救済することが新たな制度の目的だ。

 新制度は、雇用保険とは別の制度になるため、雇用保険に加入していない学生アルバイトなども対象になる可能性が高い。また、この給付金の支給方法は、事業主を介さず、労働者個人が直接ハローワークとやりとりする仕組みが想定されている。これが実現すれば、「学生だから」とアルバイト先が休業手当を支払っていない場合でも、学生自身が給付金を請求できる可能性がある。

 【参考】コロナ休業の「新制度」で大激変? 上限は月33万円、学生アルバイトも対象か 

 政府も、学生を新制度の対象とすることを検討しているという。今回の新制度が実際に学生を対象とするようになれば、これまで「労働者」ではないと扱われ、制度のはざまに置かれてきた学生に対して、非常に有効な政策の先例となるだろう。

 ぜひ、政府には学生に対する緊急支援給付を早急に行なうとともに、学生を排除することなく新たな給付金制度の創設を進めてもらいたい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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