「消費者」が知るべき事とは? エッセンシャルワーカーから寄せられる訴え
5月4日、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が、5月31日まで延長されることになった。
4月以降、外出自粛が呼び掛けられ、休業している店も多くなった。だが、私が代表を務めるNPO法人POSSEとその連携する労働組合には、通常営業を続けているスーパーやドラッグストア、あるいは時間を短縮して営業している携帯ショップや郵便窓口で働く労働者から、「感染の不安を感じながら働いている」という、悲痛な叫びが多数寄せられている。
今回の記事では、「Stay Home」が呼びかけられるいま、感染リスクを抱え働かざるを得ない「エッセンシャルワーカー」とも呼ばれる労働者たちからの訴えを紹介しながら、「消費者」として私たちが心がけるべき点、そして、こうした状況を変えるための方法について考えていきたい。
人が溢れるスーパー、レンタルビデオ店
外出をできるだけ控えるよう呼びかけられるなか、日用品を扱うスーパーやドラッグストアには、連日、多くの客が押し寄せ、店内が混在しているところも多い。労働相談の現場では、まさに、こうした仕事支える「エッセンシャルワーカー」たちからの相談が頻繁に寄せられている(末尾に無料労働相談窓口)。
あるスーパーで働く男性は、「ソーシャルディスタンスなど、全く取られていない。中高年のお客さんは、お札を出す際に指を舐めており、感染が怖い」と訴える。別のスーパーで働く女性からも、「食品売り場に人が溢れている。レジに並ぶ際に、2メートルの間隔を空けてもらうようシールが貼ってあるが、それを守ってくれない人も多い」という相談が寄せられている。
実際、こうした「密集」、ないし「密接」空間のなかで働いたことが影響してか、男性が働くスーパーの別店舗では、従業員2人が新型コロナウイルスに感染し、陽性と判定されているそうだ。
他にも、緊急事態宣言後、レンタルビデオ店を訪れる客が増えたり、営業時間が短縮された郵便窓口にも、通常よりも多くの人で混み合っているという。
そして、「それは本当に必要な外出なのか?」と問われてしまうような場所でも、客が増加しているという。それが、携帯ショップだ。感染防止策の取り組みを強化するよう、総務省から要請が出されていることもあり、休業や営業時間の短縮といった措置が取られている。加えて、会社によっては、取り扱う業務内容に制限をかけているが、「うちの会社は時短営業しかしてくれない」という、携帯ショップ販売員からの相談も多い。
もちろん、スマートフォンの故障など、人によっては緊急を要するような理由で来店することもあるのだろうが、ある販売員の女性は、「使い方の案内や契約内容の見直しなど、緊急ではない内容のものばかり。インターネットサイトでできる手続きもあるが、そのことを知らない客が多い」と不満をもらす。
消費者として心掛けたいこと
労働相談の事例からは、現場で働く労働者は、消費者に次のことを求めているようだ。
「ソーシャルディスタンス(社会的距離)を保ってほしい」
「マスクをつけてほしい」
「お札を舐めないでほしい」
「緊急ではない用件で来店しないでほしい」
どれも、ごく簡単で、感染拡大防止のためには当たり前の、エチケットのようなものだ。だが、これが守られていないために、労働者は感染の恐怖を感じながら働いているわけだ。
リスクを引き受けさせる「感情労働」
このように、感染のリスクを負っているのは現場の労働者であり、とくにパートやアルバイトなどの非正規労働者(かつ女性)である場合が多い。
2017年の就業構造基本調査を見ると、「商品販売従事者」は、正規労働者が124万4,000人であるのに対して、非正規労働者は256万5,500人に上る。小売店などの販売員の6割以上は、非正規労働者たちの存在によって成り立っている。
彼ら彼女らは、低賃金のなか、これだけの感染リスクに晒されているわけであるから、仕事をするにあたって、「危険手当」を求めてもいいくらいだろう。
とはいえ、そうした手当を要求するような相談は一部にとどまり、多くは、「生活必需品を扱うスーパーだから仕方ない」、「お客さんのために、会社が店を閉めることはないだろう」と、半ばあきらめてしまっている。
このような、労働者の「消費者への過剰な配慮」は、労働者自身の権利を侵害する恐れがあるとして、労働社会学においては以前から問題視されてきた。サービス業では「感情労働」と呼ばれる特殊な働き方が発生するからだ。
感情労働とは、顧客へのサービスの過程で、労働者が自身の感情のコントロールが仕事となるような働き方のことだ。例えば、ケアワークでは、利用者を「いたわること」自体が仕事の内容となり得る。そうした感情が、労働者自身の「滅私奉公」のような状態を生み出してしまう場合があるわけだ。
実際に、低賃金の非正規雇用で、最大限の顧客への配慮を求められる。こんな状態が成立するためには、「感情労働」抜きには考えることができないだろう。
このとき、会社も、自分たちの利益追求のためになる場合には、当然に消費者の都合優先を後押しするだろう。例えば、「ブラック企業」と指摘されることのおおい「ワタミ」では、「お客様へのありがとう」を集めるように社員を指導していた。
こうして、労働者が自身の安全よりも、消費者の利益(ひいては会社の利益)を優先し、それに逆らえないという構図が成立してしまいがちとなる。とりわけ、日本では、「お客様」を大事にする風潮が強く、そのしわ寄せが、現場の労働者に押し付けられているが、こうした感染症対策が問題になる状況において、この問題が顕著に表れているといえるだろう。
もちろん、サービス業で労働者が消費者の利益を考えて行動することは、私たち消費者にとってありがたいことであるし、産業の根幹にかかわることだ。だが、消費者が「感情労働」を求めすぎて、労働者に不条理な負担を押しつけてしまうことには、常に警戒が必要なのである。
労働者の間の対立も
さらに、消費者の利益に最大限配慮するような社会では、それに従うかどうかをめぐり「労働者同士の対立」も生まれてしまう。
先に挙げたスーパーで働く女性は、パート仲間がみな「怖い、怖い」と言うため、会社に安全対策や休業を要求しようと提案したそうだ。すると、同僚から「それはあなたの考えだろう」や、「そんなに嫌なら、自分だけ辞めればいい」と言われ、関係が悪化してしまったという。
もちろん、この同僚も感染リスクを抱えていることに変わりはないのだが、「お客さんのために」、あるいは休業になってしまった場合の自身の生活のことを考え、会社に意見を言うことに反対しているのだろう。
こうした対立で職場環境が悪化してしまえば、エッセンシャルワーカーの離職を促進し、サービスの維持が難しくなるかもしれない。しっかりとした社会全体で労働者への「見返り」をつくっていくことが必要であろう。
そのためにも、「消費者の理解」はとても重要なのだ。
不十分な会社のコロナ対策
さらに、労働者間の対立の背景には、会社が利益追求を優先し、そもそも労働者の「安全を確保」さえしていないというケースも多数あるようだ。
あるドラッグストアで働く女性は、「マスクは支給されるが、対策といえばそれくらい」だという。ほかにも、「4月半ばになって、やっとレジに透明のフィルムが張られたが、全部のレジに設置されたわけではない。
マスクが配られたのは4月後半で、いまだに手袋は支給されていない」(スーパー)、「以前は従業員専用エリアに置かれていた消毒用アルコールが、今はすべて、お客さんが使うように持っていかれてしまった」(スーパー)という実情も報告されている。
そして、あるレンタルビデオ店で働く男性は、「従業員は、みんな店を閉めてほしいと思っているが、通常より売り上げが良いため、会社の上層部が休業という判断をすることはないだろう」と分析する。
こうした会社の対応を受け、「自分たちの命よりも、儲けを優先させるのか」という、労働者からの怒りの声が、私たちのもとに寄せられている。
参考:「利益より人命を優先してほしい!」 カフェ・ベローチェで労働者たちが改善を要求
昨今、自粛ムードが漂うなか、パチンコ店をはじめ営業を続けている店には、非難の目が向けられることも多いが、そこには、感染のリスクに晒されながら働かされている労働者も、同時に存在しているのだ。
会社との交渉で、業務内容に制限をかけよう
日用品を扱うスーパーをはじめとして、業種によっては、休業することが現実的でない職場も多いだろう。
だが、そこで働く従業員を守り、感染を防止するためにも、客の入場制限を行うことは、取られるべき対策のはずだ。また、先の携帯ショップで見たような、不要不急の来店客を減らすために、営業店舗で扱う業務内容に制限をかけることも有効だ。
こうした職場の安全を守るための措置を企業にたいして求めることは、ユニオン(労働組合)の団体交渉を通じて実現することができる。
実際に、役所や保健所にも相談したが、あまり対応してくなかったという人もいる。行政などの第三者が助けてくれるとは限らないのだ。
こうした事態に対応するために、労働組合法は一人ひとりの労働者に、自分の働く職場環境を自身で交渉する権利を、団体交渉権として保障している。
参考:「不要不急の労働」を拒否する人々 新型コロナで世界に広がる「ストライキ」の波
そして、会社が利益を優先し、職場の三密状態を放置するなど、安全対策を怠っている状態は、感染拡大防止が求められるなか、もっと社会的に非難されてしかるべきではないだろうか。
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