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参院選:統計データが示す高齢者世帯の貧困 老後と年金の知られざる「事実」とは

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 参議院選挙の投票日がいよいよ今週末に迫っている。すでに期日前投票を済ませた方もいるだろう。一方で、まだどの候補に投票するのか決めていない、あるいは、投票したいと思う候補がいないという方も多いのではないだろうか。

 投票日直前ではあるが、昨日、投票前にぜひ見ておきたい、注目すべきデータが発表された。筆者も参加している「福祉国家構想研究会」のブログに掲載された、高齢者の家計状況に関する統計データだ。

 この記事では、都留文科大学名誉教授の後藤道夫氏が、先日世間を騒がせた「老後2000万円」問題に関連して、いくつもの重要な指摘をしている。

 

 《検証》「年金不足分2000万円」の貯蓄と老後生活のリアル

 今回掲載されたデータは、私たちの生活に深く関わるものであり、投票する際にぜひ考えておきたい内容だ。そこで今回は、同ブログのデータを後藤氏の同意を得て紹介しつつ、老後の生活問題と選挙の争点について考えていきたい。

データが明かす不十分な貯蓄・年金と消費支出の抑制

 福祉国家構想研究会は、新しい福祉国家の構築を目指して、領域を超えて集まった研究者・実践家のグループだ。資料の詳細な説明については上記のリンクから引用元をご覧いただくとして、ここでは二点に絞ってポイントをご紹介したい。

 第一のポイントは、年金額が減っているにもかかわらず、その年金に依存して生活せざるを得ない高齢者世帯が多く、さらに、収入の低い世帯ほど年金への依存が強いという点である。

 図表4が表すとおり、単身世帯の年金額は、5万円未満が22%(女性32%、男性9%)、8万円未満が54%(女性73%、男性29%)と、給付水準の低さが浮き彫りになっている。特に、女性の単身世帯の年金額が低いことにも触れておきたい。

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 このように年金額が低いにもかかわらず、年金への依存は強い。図表5にあるとおり、年金額が収入に占める割合は、高齢者全体で8割、後期高齢者では9割にのぼる。

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 年金以外に収入がない割合は、70歳以上では65%、75歳以上では71%である。そして、図表6にあるとおり、収入が低い世帯ほど、公的年金が収入に占める割合は高い。

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 第二のポイントは、貯蓄が少ない高齢者世帯が多く、そうした世帯ではほとんど貯蓄を取り崩すことなく消費支出を削って生活しているということである。

 図表7にあるとおり、貯蓄額100万円未満と無貯蓄の合計は、単身世帯で32%、夫婦世帯で16%にのぼる。500万円未満と無貯蓄の合計では、単身世帯が54%、夫婦世帯が40%である。2000万円もの貯蓄がある世帯はほんのごく一部に過ぎないのだ。

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 一方、図表2では、65歳以上の夫婦世帯について、年収400万円未満の場合に、貯蓄が相当額に達するまでは、可処分所得と消費支出にほとんど差がないことが示されている。

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 ここから、「夫婦無職高齢者世帯の7割をしめる収入400万円未満の世帯では、貯蓄が900万円を超えるまでは、貯蓄の取り崩しは多くなく、可処分所得の枠内に消費支出が抑制される場合が多い」ことが分かるという。

十分な貯蓄がない場合には、将来への不安から、できるだけお金を使わずに、貯蓄に手をつけない努力がなされているようだ。このことが、高齢者が外に出るのを控え、家に引きこもって孤立してしまうことにつながっていないかが懸念される。

 このことをデータで裏付けるのが図表1-2だ。単身高齢者のおよそ3割が生活保護受給世帯の消費支出を下回ることが示されている。また、高齢者だけで暮らす高齢者全体の20%(404万人)が、生活保護受給世帯の消費支出を下回っている。

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 これらのデータからは、多くの高齢者が生活保護以下の水準にまで支出を抑えなければならない苦境が浮かび上がっているのだ。

働く高齢者の増加と労災のリスク

 労働問題を研究する立場から補足したい点が、働く高齢者の増加だ。

 高齢者世帯は、主に、年金、貯蓄、勤労所得でその生活を成り立たせている。年金と貯蓄が十分でない世帯が多いことは先に紹介したデータが示すとおりだ。

 そんななか、なんとか少しでも貯蓄を残そうと、高齢になってからも就労を継続する高齢者が増えている。

 平成30年度版高齢白書によると、世代別の就業者割合は、男性の場合65~69歳で54.8%、70~74歳で34.2%、女性の場合65~69歳で34.4%、70~74歳でも20.9%となっている。今や60歳代はもちろん、70~74歳の高齢者も、男女ともに2~3割の高齢者が就労しているのだ。

 

 働く高齢者が増加するに伴い、高齢者の労働災害は増え続けている。平成元年から同27年までの間に、労働災害全体の件数が減少する中で、60歳以上だけは件数が減少しておらず、全体に占める割合が12%から23%へ増加している。

 NPO法人POSSEの相談窓口には、仕事中に怪我をしたにもかかわらず、会社が労災の申請に協力しない「労災隠し」の相談も寄せられている。

 労災を申請できないと、医療費や休業に伴う給付が受けられず、少ない貯蓄を切り崩さざるを得ない状況に陥ってしまう。高齢者が生活していく上で、労働災害は深刻な問題なのだ(詳細は下記リンク参照)。

 参考記事:「使い潰される」高齢労働者 多発する労災、人生を変える悲惨な実情

投票に行く前に自身の「要求」について考えてみよう

 以上のように、多くの高齢者が、年金の不足を補うために働き続けたり、消費支出を抑えたりして、なんとか生活を成り立たせている。

 これは一部の「貧困層」の問題ではない。上に紹介したデータからも分かるように、いわゆる中間層も含む、かなりの割合の人々に訪れる「老後」の姿なのだ。

 金融審議会報告書の最大の問題点は、このような現実に正面から向き合わず、多くの人にとって実現不可能な「解決策」を提示していることではないだろうか。

 そのような無責任な姿勢をただし、早期に年金制度を抜本的に見直すことを求めていく必要があるだろう。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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