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与党は「労働」についてどんな姿勢だったのか? ーーパワハラ、残業、内部通報、外国人ーー

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 参院選挙は21日の投開票に向けて選挙戦真っ只中である。投票先を考える上で、現政権がどのような政策を行ってきたかを知っておくことは、無駄ではないだろう。

 この間、筆者が専門とする労働問題についても、「働き方改革」の一環として様々な法制度が作られた。今回は、労働問題に関わる現政権の政策に焦点を当てて、検証していきたい。

罰則のない「パワハラ防止法」

 まず、今年5月29日にはパワハラ防止を目的とする「労働施策総合推進法」が成立した。東京都労働相談情報センターの2018年度の相談で最も多かったのが「職場での嫌がらせ」であったように、パワーハラスメントの防止は非常に重要な課題である。

 この「パワハラ防止法」においては、法律上初めてパワハラを定義している。「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」「職場において行われる優越的な関係を背景にした言動」によって「労働者の就業環境が害されること」をパワハラとし、これを行なってはならないと定めている。

 また、企業側にパワハラ防止措置を義務付けており、相談窓口の設置や社内調査の実施などが含まれる。これまで制度としてパワーハラスメントを対策するものはなかっただけに、「画期的」であることは間違いない。

 しかしながら、この法律には重大な欠陥がある。それは、労働側が求めてきたパワハラ行為に対する罰則が一切定められていないということだ。実際の対策としては、相談窓口を設置しさえすればOKということになってしまうのだ。

 これではパワハラを実効的に防止することなど到底できないだろう。現状の深刻さに鑑みれば、もっと踏み込んだ対策が求められてしかるべきである。

 しかも、罰則の見送りは、経営側の強い要望に配慮したことが公になっている。政府が「どちらをとるか」で結局は、経営者の都合を優先した形が明白になった政策だといえるだろう。

労働時間上限規制をするも、隠れ残業が横行の危険性

 次に、今年4月1日に施行された「働き方改革関連法」では、残業時間の上限規制が導入された。月45時間、年360時間で罰則規定付きとなっている。

 これで世界的にも悪名高い日本の長時間労働が規制されると思われるかもしれない。しかし、労働相談の現場の実感からすればうまくいかないだろうと言わざるをえない。

 私たちへの労働相談では、人員の増加や業務の削減なしに、表面的な「残業時間」を減少させようとする企業の事例が後を絶たない。

 要するに、「残業隠し」(実際の残業時間よりも少ない時間を打刻・申告させられるといった残業時間の偽装)の被害に遭っている労働者からの相談が多く寄せられているのである。

 法改正によっても労働時間の客観的把握は義務付けられていない。そのため、実際の労働時間で労働時間の管理・把握がなされず、長時間労働が継続すれば、法改正は絵に描いた餅となってしまうだろう。

 尚、現政権下で労働基準監督署も整理縮小されており、実質的な人員削減が進められている(部門間統合により、全体の人数が削減されていると指摘されている)。

罰則のない内部通報制度

 次に、内部通報制度。こちらは労働問題に限定されない法制度だが、組織の不正を内部通報した人を保護する内部通報制度の見直しが検討されている。

 職場で起きている違法行為を内部通報することは、労働問題の解決にとっても重要な手段である。

 しかし、昨年12月に内閣府・消費者委員会の報告書では、従業員300人超の企業には内部通報制度の整備を義務化するとしながらも、内部通報者に報復人事などの不利益な扱いを行った場合の刑事罰や、事業者が通報内容の守秘義務を守らない場合の罰則などが盛り込まれず、「乱用への懸念」を示した経済界側の意見が採用されることとなった。

 これでは報復を恐れて内部通報などできるはずもないだろう。違法行為・不正行為を行うブラック企業は温存されてしまう。ここでも、「経営者への配慮」を優先し、労働者の利害は守られていない。それどころか、内部通報制度は、公益や一般株主の利益さえ脅かすものだといえる。

ブローカー規制不在の入管法改正

 昨年11月に改正され、今年4月1日から施行された入管法は、外国人の単純労働者を正面から受け入れる初めての制度となった。最長で通算5年の在留を認める特定技能1号と、熟練した技能を有し家族の帯同も可能な特定技能2号を新たに創設している。

 しかし、これまでの技能実習制度において噴出していた問題は放置されたままである。技能実習生や就労目的の留学生は、現地のブローカーに数百万円もの保証金を支払った上で来日し、前借金に縛られながら、事実上の強制労働に従事させられている。

 こうした実態は海外から人身売買であると批判されているが、今回の入管法改正で何ら規制の対象とはされていない。

 さらに、新しい在留資格では、雇用先とともに受け入れ先となる「登録支援機関」が新たに設置されるが、許可制ではなく届出制であり、技能実習生における同様の機関である「監理団体」と異なり非営利要件がなく、より民間人材ビジネスが流入しやすい制度となっている。

 つまり、国際的なブローカーのネットワークを介して、日本に流入するアジアの人々が売買され、搾取される構図が生み出されかねない。

終わりに

 以上見てきたように、現政権は「働き方改革」と銘打ちながら様々な法制度を作ってきたが、残念ながら、肝心なところで企業側への過剰な配慮が目立っている。

 日本の労働環境は決してよいものとはいえない。それは多くの人が実感するところだろう。こうした実態を踏まえて、有権者の皆さんには厳しく政治家を見定め、投票先を考えていただければ幸いである。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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