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なぜブラック企業は「辞められない」のか? 本当の「対処術」を探る

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 ブラック企業に入ってしまった労働者に対して、「すぐに辞めるべきだ」という意見は多い。弁護士や労働組合に入って争うより、辞めて違う人生を歩んだ方が得、というような意見もみられる。

 例えば、昨年末にZOZOTOWNの田端信太朗氏がTwitter上で「過労死は自己責任」「嫌な会社なんてすぐに辞めればいい」という趣旨の発言をし、炎上したことは記憶に新しい。

 その時にも、私は労働相談の現場に関わるものとして、ブラック企業の手口を紹介し、労働者が簡単にはやめられないことを発信してきた。

 最近では「辞めさせない」企業への対策として、「退職代行ビジネス」も拡大してきている。しかし、この「退職代行ビジネス」も、実は大きな問題を抱えているのが実態だ。

 そこで本記事では、悪質なブラック企業の「辞めさせない」手口が労働審判に発展したケースの紹介を通して、ブラック企業の「辞めさせない」手口への対処術を考えていきたい。

ブラック企業の「辞めさせない」手口

 今回紹介する労働事件は、宮城県石巻市に本社があり、県内に4店舗、焼き肉店を経営している会社のケースだ。飲食業界は以前から「ブラック企業」が多いことが知られているが、まさに、典型的な事例だと言って良い。

「長時間勤務強いられ、退職も認められず・・・ 仙台の焼き肉店社員が労働審判申し立て」(2019年5月9日、河北新報)

 被害を訴えている三人はいずれも正社員で、仙台市内にある焼き肉店で働いていた。この店舗は新規オープンしたばかり。人手が足らず、彼らは25日間の連続勤務かつ1日10時~23時まで及ぶ長時間労働に従事せざるを得なかったという。

 長時間にもかかわらず、残業代も支払われていなかった。そのうえ、社長からのパワハラもあり、1時間以上も人格否定を伴う叱責を受けることもあった。

 結果、体調を崩してしまい、休職することになってしまったのだ。当然、彼らは「辞めたい」と思っていた。だが、酷いパワーハラスメントによって追い詰められているために、なかなかそれができない。

 ブラック企業やハラスメント上司の被害者にはよくあることだが、加害者の前に立つと「自分」を失い、思考停止してしまい、「辞める」という一言さえも発することができないというのはよくあることなのだ。

 また、メールや電話などで通知しても、相手が無視したり、いつまでも「納得しない」ことで、結局は「説得」された形にされてしまうことは珍しくない。

 恫喝されたり長時間粘られたりすることで、「断る」ことができないのだ。

 この職場の被害者たちも、自分では言い出すことはできず、ブラック企業対策仙台弁護団の弁護士に依頼し、退職と有給休暇の使用についての連絡を代理してもらうことにした。

 ところが、弁護士が間に入っても、「辞める」ことはなかなかできなかったのだ

 会社側は3人の退職を認めず、有給休暇の使用も認めなかった。さらに、退職日までの勤務などを定めた会社の就業規則に沿った手続きを取らなければ「傷病手当金の申請にも協力しない」と主張した。

 もちろん、有給休暇の使用を拒むことや、退職をさせないことは言うまでもなく、健康保険の傷病手当金の申請に協力しないことも(健康保険法262条違反)違法行為である。

 本来、「辞めること」は法的な権利であり、それだけならいつでもできる。問題は、「辞めたらいくらでも嫌がらせしてやるからな」という会社があった場合、そのまま辞めることで大きな損害を被ってしまうということなのだ。

 弁護士は会社に「適法な手続き」(当たり前すぎる!)を何度も要求をしたが、会社側は一切態度を変えない。しかも会社側には代理人弁護士がついており、一緒になって退職を妨害していた。

 仕方なく、三人は未払いとなっている残業代等の賃金や、傷病手当金申請への協力や退職に伴う手続を怠ったことによる慰謝料の支払いなどを求めて、労働審判に踏み切った。請求額は3人で約270万円に上る。

「辞めさせない」に加担するブラック士業

 先に紹介した事案のように、「辞めさせてくれない」「退職手続きをきちんととってくれない」という相談は、私が代表を務めるNPO法人POSSE にも多数寄せられている。

 そもそも、退職に合わせて有給休暇の使用をしたり、これまで未払いとなっていた残業代などを請求する人もいるが、すんなり話が通ることは少ない。

 それどころか、次の就職活動が妨害されたり、我慢してはたき続ける内に、体調を崩ししまうことも珍しくはないのである。

 このような状況が繰り返されているのは、会社側に悪質な社労士や弁護士がつき、違法行為に加担しているからだ。私はこのような士業を「ブラック士業」と呼んでいる。彼らは雇い主に対して、法律のグレーゾーンや、時には違法行為すら指南し、労働者の権利行使を妨害してくるのである。

 彼らは、違法行為による「嫌がらせ」をしたとしても、行政が取り締まることができる範囲をよく知っており、個人が裁判に訴えるしかない状況に巧みに追い込んでいく。

 そうすれば、大半の労働者は我慢して働き続けるか、権利を主張せず(事を荒立てずに)辞めていくかのどちらかになるからだ。

 今回の仙台の事件に見られるように、士業ぐるみで「嫌がらせ」を系統立って行うようなやり口は、そこら中でみられるやり口だと言って良い。

 「嫌ならやめればいい」と外野から簡単に言うことはできるが、それが困難であることが多いのが現実だ。仮に辞めることはできるとしても、多大な「損」をしなければならない。

 そうした状況を背景に加速しているのが、次に見る「退職代行ビジネス」の流行だ。

「退職代行ビジネス」は突破口になりうるか

 最近、退職を妨害されている、あるいは会社を辞めたいものの申し出にくい状況がある人に代わって、退職の意向を会社側に伝えてくれるサービスが流行っている。

 「退職代行ビジネス」と呼ばれるビジネスが拡大しており、弁護士などが実施するのではなく、企業が運営するケースが増えている。大型連休となった今年のGWにも退職代行への需要が高まっているという報道もあり、実際多くの相談が「退職代行サービス」を行う企業に寄せられていた。

参考:「GW機に「退職代行」急増 パワハラでやむなく利用も」(2019年5月11日、テレビ朝日)

 間に代行サービスを挟むことで、労働者は「辞める」と言うことに対し、心理的なハードルを下げることが出来る面があることは事実だろう。

 しかし、実は「退職代行ビジネス」には限界があり、労働者の本当の権利行使には役立たない。具体的には、未払い賃金請求や、退職後の嫌がらせへの対応ができないのである。

 なぜなら、弁護士資格のない者が、依頼者と会社の間に入って退職の交渉し金銭を得ることは、弁護士法で禁じられている「非弁行為」として違法だからだ。

 参考:「退職代行サービス」の裏で急増、弁護士資格持たない悪質業者トラブル(2019年5月3日、ダイヤモンドオンライン)

 

 「退職代行」の業者は、「依頼者の代わりに退職の意向を会社に伝えるだけ」なので非弁行為に当たらないという主張をするが、それ自体も法曹関係者からは違法だという声も多い。

 百歩譲っても、できることは、せいぜい「退職を代わりに伝えるだけ」であり、ただのメッセンジャーなのだ。

 むしろ、「退職代行サービス」に依頼することで、退職トラブルも招くこともある。第三者から退職を伝えられたことで会社側が激怒し、違法な「嫌がらせ」や辞めさせないパワハラなどがエスカレートしたり、希望する退職日を待たずに即日解雇してくる場合もある。

 また、先に紹介したダイヤモンドオンラインの記事では、第三者に任せたからといい会社側からの連絡を無視していたら、会社側の弁護士から損害賠償請求の訴えを起こされたというケースの相談も紹介されている。

 「退職代行」に任せたらすべて円満にいくとは思わない方が無難だ。

 さらに、職場を辞めようと思う多くの労働者は、サービス残業の被害にあっていたり、パワハラ被害にあっている。在職中は難しくても、辞めるときに請求したいと考えている労働者も多い。

 だが、「退職代行」の利用は、こうした「権利の放棄」が前提となってしまっている(弁護士でないから請求行為が代行できない)

ユニオン(労働組合)でも権利行使を実現できる

 では、権利を放棄せずに「辞める」いい方法はないのだろうか?

 上記では未払い賃金の請求や退職の交渉は弁護士以外がやることは違法だという話をしたが、実はユニオン(労働組合)であれば可能だ。

 ユニオン(労働組合)は、組合員になった労働者の労働条件の維持改善、受けた被害の回復のために、団体交渉(話し合い)を行うことができる。

 ユニオン自身が会社に対して要求や通告をすることができるので、「辞める」ということの通告はもちろん、同時に未払い賃金や違法行為に対する要求も可能になる。つまり、個人で会社と話し合ったり、裁判を起こしたりせずに、法的な交渉が可能なのである。

 そして、団体交渉で解決しなかった場合には、抗議活動も実施可能なのだ。もちろん、退職したあとでも組合員になることは可能で、未払い賃金の回収や退職妨害に関する損害賠償の請求もできる。

 労働組合は「労働組合法」によって根拠づけられている。違法行為や嫌がらせを行う企業に対して、いちいち労働者「個人」が裁判で争うことは現実的ではない。

 だから、先進国ではどこでも労働組合や職場委員制度が法的に整備され、個人に対する労働トラブルを法的に処理しているのである。日本の労働法の場合には、そのような法的な権限が、労働組合に集中しているといってよい。

 実際にユニオンを通じて、解決に至った事例があるので紹介しよう。

 仙台の介護事業所(デイサービス)で働いていたある看護師は、会社を退職した際に、離職票を発行してくれないという嫌がらせ被害にあっていた。離職票を出さないこと自体を取り締まる法律はなく、その「嫌がらせ」の被害は裁判で訴えるしかない。

 また、多額の残業代も未払いで、パワハラ被害にもあっていた。これらの件について、退職後に介護・保育ユニオンに相談して、組合に加入。団体交渉を行った結果、未払い賃金約50万円、退職妨害やパワハラについての慰謝料約30万円を支払わせることができた。

おわりに

 繰り返しになるが、日本の労働法では、嫌がらせや裁判で争うしかないような違法行為への対処については、労働組合による解決が「想定」されている。

 労働法は経営者のそうした行為も念頭に置いて、行政ではカバーできないような「嫌がらせ」への対処が可能になるように整備しているのである。

 したがって、労働組合法上の権利を行使しないことは、「損」だといってもよいだろう。会社からの嫌がらせで悩んでいる人は、ぜひ、法律で保護された「ユニオン」を活用してほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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