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芸能事務所で相次ぐ労基違反 業界の体質と脱法の「構図」

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 先日、大手芸能事務所に対する労働基準監督署の是正勧告が報道された。

 サザンオールスターズ、Perfume、福山雅治など人気アーティストが所属する「アミューズ」、お笑い芸人で有名な「吉本興業」と子会社、EXILEが所属する「LDH JAPAN」など、いずれもエンターテインメント業界を代表する事務所ばかりだ。

 ニュースから是正勧告の時期と主な違反内容を引用すると、下記の通りだ。

  • 吉本興業  子会社が2012年に違法な長時間残業
  • アミューズ  2013年に違法な長時間残業と2018年に違法な休日労働
  • LDH  2014年と2018年に違法な長時間残業など

 LDHに至っては、2014年の勧告の際には、月の総労働時間が500時間を超えていたという。

 このように、芸能事務所には長時間労働、残業代未払い問題が蔓延している。業界に共通する「長時間労働を引き起こす構造が」あるに違いない。

 実は、芸能業界に対しては、今回に先立って、今年1月にも労基署の勧告があったばかりである。

 いきものがかりなどが所属する芸能事務所キューブの事件だ。アシスタントマネージャーをしていた20代の男性Aさんが労基署に申告を行い、裁量労働制ユニオンに加盟して同社と団体交渉を行っている。

 参考:芸能マネージャーの「やりがい搾取」 裁量労働制の悪用が「違法行為」と認定

 そこで今回は、今回報道された芸能事務所の長時間労働・未払い残業代から浮かび上がる問題を、詳細が把握できるキューブの事件を手がかりに、探っていきたい。

「何十連勤もしたので休ませてください」は「ただのわがまま」

 まず、芸能事務所における長時間労働・未払い残業の背景の一つにあげたいのは、労基法違反を正当化する「社内指導」である。

 キューブで働いていたAさんは子供の頃に見た特撮ヒーローに憧れ、視聴者に夢を与える仕事に興味を持ったことが、芸能業界を志すきっかけだった。

 キューブに入社して、最初は雑用ばかり担当していたものの、音楽アーティストのアシスタントマネージャーとして働くこととなり、やりたかった仕事につける喜びを感じるようになっていった。

 ところが、Aさんは徐々に長時間労働や未払い残業を経験することになる。最大で残業時間は月200時間、連続勤務は49日間に及んだ。

 何時間残業しても残業代は払われず、未払い労働が非常に長時間に渡っていた。しかも、基本給はわずか17万円。その後計算すると、未払い残業代は約600万円に上っていた。

 Aさんは休みが取れず、賃金が払われない状態では働きたくないと上司に訴えたが、上司のチーフマネージャーから返ってきたのは、それらを正当化するパワハラ発言ばかりだった。

 「僕、何十連勤もしたんで休ませてくださいって、それじゃあただのわがままだって」

 「もし会社に対して、「僕何十連勤もしているんですよ」って文句言うんなら、辞めたほういい」

 「「この時間は会社が仕事として認めてくれませんから」って、社長に言ったら本当に怒るかね?」

 「会社が仕事の時間と認めてないから、僕は仕事しませんって言い切ったんだから。そんな奴と一緒に仕事したくないと思うよ、普通」

 このような発言を日常的に浴び続けたAさんは、「仕事の遅い自分が悪い。自分のせいで担当のアーティストに迷惑をかけてしまってはいけない」と思いつめることになったという。

 心労が重なったAさんは病院にて「抑うつ状態」と診断を受けた。Aさんは現在も不眠や不安感などの症状が続き、病院に通院中である。

「パワハラ指導」に開き直る

 Aさんは、ユニオンに加盟して労働者の権利を学ぶ中で、自分の受けた指導に問題があったことに改めて気づくようになった。

 2019年1月からはキューブと団体交渉を行い、未払い残業代の支払いを求めると同時に、上記の発言についても会社に事実調査を行うよう求めた。

 キューブは要求どおり事実調査を実施した。しかし、発言の事実こそ認めたものの、次のように弁解した。

 「業務を改善してもらいたいとの思いから諭そうとしてなされた発言であり指導の範囲と考えられますので、パワーハラスメントには該当しない」

 当然だが、何十連勤もしていれば、労働基準法に抵触するし、体やメンタルだって壊してしまう。

 しかも、繰り返すが、Aさんは最大49連勤、月の残業時間も200時間も働いていた。

 労働基準法に違反し、過労死ラインを大幅に超える長時間労働・未払い労働を黙って従わせようとする発言を、「指導の範囲」といえてしまうのが、人気アーティストの所属する芸能事務所の「感覚」なのである。

 厚生労働省が作成している「パワーハラスメントの6類型」は次の通りだが、このうち、「(2)精神的な攻撃」、「(4)過大な要求」に該当する可能性が極めて高い。

職場のパワーハラスメントの6類型(厚労省)

1)身体的な攻撃

 暴行・傷害

2)精神的な攻撃

 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言

3)人間関係からの切り離し

 隔離・仲間外し・無視

4)過大な要求

 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害

5)過小な要求

 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと

6)個の侵害

 私的なことに過度に立ち入ること

 しかもこれは、会社の話しぶりを見れば、一部の上司の意識がおかしいのではないというということがわかる。(なお、ユニオンの抗議を受けて、キューブは再調査を行っているという)。

 要するに、「パワハラ指導」が当たり前になっているというわけだ。

 NPO法人POSSEには、芸能事務所からの労働相談が度々寄せられるが、例外なくこうした「指導」でマネージャーたちは追い詰められてしまっている。

 「この業界に向いていない」「この業界で仕事できるのだから我慢しろ」「アーティストたちも困らせるのか」などの発言が蔓延している。

 今回報道された芸能事務所でも蔓延していた可能性が高いのではないだろうか。

「労基違反→違法な裁量労働制」の構図

 キューブの事件が示唆する芸能業界のもう一つの特徴は、裁量労働制の問題である。

 キューブは裁量労働制をアシスタントマネージャーであったAさんに適用していたが、Aさんのマネジメント業務には裁量がなかったとして、労基署から是正勧告が出ている。

 その違法な裁量労働制が導入された「構図」がとりわけ重要である。

 キューブは一度もともと残業代未払いなどで是正勧告を受けており、その対策として2017年に裁量労働制を導入していたのである。

 しかし、Aさんに裁量はまるでなく、実情は単なる「定額働かせ放題」の仕組みになっていた。

 つまり、労働基準監督署の勧告を受けて、単に残業代対策のために裁量労働制を導入し、違法に運用していたという「構図」があるのだ。

 これと同じ構図は、芸能事務所に蔓延している可能性がある。

 

 まず、今回の報道でも、吉本興業が2012年、アミューズが2013年に、いずれも違法な時間外残業で労基署の是正勧告を受けている。

 アミューズに至っては2013年の勧告時点で、そもそも残業の上限時間を定める36協定すら締結していなかったという。

 一方、最新の求人情報を見ると、アミューズはマネージャーに専門業務型裁量労働制を適用し、吉本興業では事業場外みなし労働時間制を適用している。

 アミューズの採用情報

 吉本興業の採用情報

 いずれも、1日あたりの「みなし労働時間」を決めておけば、何時間残業しても、追加の残業代を払わなくて良いという制度である(深夜割増、休日割増は支払わなくてはならない)。

 アミューズも吉本興業も1日8時間のみなし労働時間になっているため、1日9時間働こうと20時間働こうとも、残業代は一切払われない。

 つまり、労働基準監督署の勧告を受けて、単に残業代対策のために裁量労働制や事業場外みなし労働時間制を導入されていることが推察されるのである。

 ただし、先ほども述べたように、裁量労働制は、業務の進め方や時間配分を労働者自身が裁量を持って決めることができないのであれば、違法になる。

 また、事業場外みなし労働時間制も、上司が携帯電話で指示を出したり、何時間労働したかを把握できたりするのであれば、違法となる。

 いずれも、みなし労働時間を超えた残業代を払わなければならなくなる。

 もちろん、これらの会社は適切に裁量労働制や事業場外みなし労働時間制を適切に適用しているかもしれない。

 だが、上記の違法行為やキューブの事件に鑑みると、中には不適切な運用を行っている企業がある可能性は否定できない。

 芸能事務所にかぎらず、違法な残業や長時間労働が問題化した際に、裁量労働制が活用されるケースは増えている。

 そして、多くの場合、その裁量労働制も違法状態である。これからますます同様の事件は増えていくだろう。

おわりに

 

 パワハラにしても、違法な裁量労働制、事業場外みなし労働時間制にしても、労働行政が発見して指導することは容易ではない。

 働いている労働者自身が告発することが重要である。ぜひ、芸能業界の働き方に疑問のある方は、専門家に相談してみてほしい。

 最後に、今回の報道を受けての、Aさんのコメントを紹介したい。

「長時間労働や未払い残業などの違法行為は、芸能業界なら当たり前なんだ。それが嫌なら辞めろ」というやりがい搾取を正当化する古い考え方はもう捨てるべきではないでしょうか。

 労働者も1人の人間。労働者が使い捨てにされず、働いた分の賃金はしっかりもらえるように、業界全体で考えてほしい。今が変わるチャンスだ。

 この業界の志望者が減少する中、業界の人たちにはぜひ体質を改善してほしいと思う。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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