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私立学校教頭の過酷労働 私立学校の過労自死で遺族が学校を提訴

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

これまで知られてこなかった私学教員の過労死

 昨年、学校教員の長時間労働が社会問題化されてきた。そうした中で、過労で亡くなる公立学校の先生方も相次ぎ、訴訟も起こされている。

 相次ぐ過労死の背後には、法制度の問題がある。公立学校では、「特給法」という特別の法律によって残業代が全額支払われないのである。そのため、無給のままに、部活動などの長時間労働を強いる学校が後を絶たないのである。

 実は、私立学校においても「特給法」に準じる扱いをしている場合が多く、残業代は不払いのまま、長時間労働を強いられているケースが蔓延している。

 ただし、私立学校では「特給法」は実際には適用されておらず、それらの扱いはすべて「違法行為」なのである。

 こうした状況の中で、先日は、都内の私立学校でついにストライキが引き起こされる事態ともなっている。

 参考:「ブラック私学」でストライキ! 私学に蔓延する違法状態は改善できる

 だが、これまで私立学校においては、過労死・過労自死による労災申請や損害賠償請求訴訟などで事件化し、被害者が公になったものはほとんどない。

 先のストライキを実施している私学教員ユニオンに寄せられる労働相談からは、過労で亡くなった先輩や同僚がいるという経験が頻繁に聞かれるという。

 表面化していないだけで、声を上げられない過労死・自死事件が多数あると考えられるのだ。

 そんな中、2018年末に、大阪で私立学校の教頭の過労自死があったことが報道された。本記事では、この事件を紹介しながら、私立学校の教頭の長時間労働について目を向けてみたい。

学校再編に伴う業務で月210時間残業

 2018年3月末、大阪府藤井寺市にある大阪緑涼高校の教頭を務めていたAさん(53歳男性)が校内で自死した。教頭に就任してから3年になる春のことだった。

 同校はもともと大阪女子短期大学付属高校という女子校で、大阪女子短期大学などの大学、高校、幼稚園を展開する学校法人谷岡学園が60年以上にわたり運営してきた(2017年に現行の名称に変更)。

 同法人は2018年にレスリング部のパワハラ問題が話題となった至学館大学を運営する学校法人至学館とは姉妹法人にあたる。

 Aさんは1991年に谷岡学園に採用され、数学科の授業を担当しながら2015年度に教頭に就任。それ以降、月曜日から土曜日まで、午前7時半から午後9時ごろまでの勤務が多くなったという。さらに自宅から高校までは車で片道1時間ほどかかっていた。

 ただでさえ教頭になって長時間労働が増えたAさんを、少子化を背景とした学校の再編が待ち構えていた。

 谷岡学園は2017年度で大阪女子短期大学が閉校させ、それに伴って大阪女子短期大学付属高校を緑涼高校に名称変更、18年度からは男女共学化と、調理師コース・製菓栄養士コースのある調理製菓科の新設を決めていた。

 Aさんはこの大仕事を教頭として任され、その準備に追われてますます多忙になっていた。2月の残業時間は月160時間を超え、亡くなる前日までの1ヶ月の残業時間は215時間に及んでいた。

 また、Aさんには残業代が払われておらず、こうした長時間労働はタイムカードに正確に記録されていなかった。Aさんが亡くなった後、パソコンのログと職員室の施錠時刻などから残業時間が割り出されたが、そこには26時を回ったログアウト時間が記録された日まであった。

 その日Aさんは「まだ仕事、学校に泊まる」と妻に連絡しており、職員室を施錠した記録が残されていなかったことから、深夜まで業務をして学校に泊まり込み、翌朝そのまま仕事を再開していたと考えられる。

 2月には校長・副校長が他校に異動となってしまい、Aさんが膨大な準備を一手に担うこととなってしまったことが、長時間労働化に拍車をかけていた。

 しかし、Aさんを追い詰めたのは長時間労働だけではなかった。新年度から就任が内定していた新校長と、事務局長によるプレッシャーがあった。新校長から1日に何度も打ち合わせに呼ばれるなど、「高圧的で必要以上に細かい指摘」を受け、Aさんは会議中に号泣するほどになっていたという。

 こうした長時間労働と、パワーハラスメントと言える新校長たちの圧力を受けて、Aさんは家族に「上司が大変」「過労死してしまうかも」と漏らすようになっていた。

 そして、3月末の教職員の懇親会に参加した日の夜、妻に「まだ仕事が残ってるから学校に泊まるわ」と電話を残したまま、校内でAさんは亡くなった。懇親会の翌日は新学期前の打ち合わせが予定されており、懇親会中にもAさんは事務局長に「あの書類はできたか」と追い詰められていた。

 2018年11月、Aさんの自死は長時間労働とパワハラによるものであるとして、Aさんの妻が損害賠償の支払いを求めて谷岡学園を提訴した。彼女は「裁判を起こすことで、学校を変えたい。しっかりと謝罪してほしい」と話しているという。

中学校の教頭・副校長の平日の労働時間は1日12時間超え

 校長と一般教員の間の役職である、副校長・教頭。実はこの副校長・教頭は、学校の中で最も長時間労働を担う役職となっている。

 2016年度に実施された文部科学省の「教員勤務実態調査」によれば、中学校の副校長・教頭の労働時間は平日の1日平均12時間6分、1週間で63時間40分。教諭が平日11時間32分、週63分20分となっている。

 校長は比較的少なく、平日10時間37分、週56時間である。全体的に長時間労働ではあるが、副校長・教頭の長さが目立っている。

 副校長・教頭の長時間労働をもっと具体的に掘り下げてみよう。

 2015年に実施された国立教育政策研究所「副校長・教頭の職務状況に関する調査研究報告書」によれば、教頭・副校長の最多忙時期(3、4月に集中する)の出勤時間は、始業時間の30分前〜1時間前、1時間以上前がそれぞれ、中学校の場合34.9%、54.5%、高校の場合は35.5%、52.6%と、約9割の教頭・副校長が定時よりも30分以上早く出勤していることがわかる。

 一方、最多忙期の退勤時間は、終業時間の2時間後〜3時間後まで、3時間後〜4時間後まで、4時間以上後がそれぞれ、中学校で24.7%、34.6%、33.1%と合わせて9割以上、高校で38.6%、20.6%、13.1%と合わせて7割以上となる。

 春頃はほとんどの副校長・教頭が終業後も2時間を超えて残業し、中学校では実に3割以上が終業後4時間以上も残業しているのである。

教頭はなぜ多忙になるのか

 では、副校長・教頭はいったい何の業務にここまで追われるのだろうか。上記の国立教育政策研究所の調査では、彼らに「学校運営事務・業務」(授業などの直接的教育活動及び教育課程管理などの教務事務を除いた事務・業務のこと)にどのように関与しているかについても尋ねている。

 副校長・教頭がこれらの事務・業務について、自ら「調整と実務」をしていると答えた項目を上位から順に並べてみよう。

「苦情処理」、「学校評議員、学校運営協議会関係業務」、「PTA関連業務」、「教員免許関係事務」、「緊急メール送信業務」、「学校評価データ処理業務」、「職員名簿の作成」、「コンプライアンス関係業務」「学校間連携業務」「年次休暇簿整理」「学校行事の関係機関・業者連絡」「労働安全衛生関係事務」「情報管理関係業務」「外部人材コーディネート業務」「文書の収受」「施設の安全点検」

 いずれの業務も、他の役職に「実務」を任せる割合よりも、副校長・教頭が自ら「調整と実務」あるいは「実務」を担当している割合が高い。危機管理や対外連携に関する重要な業務のほとんどを、学内で彼らが担っていることがわかる。

 さらに、私立学校の教頭の場合には、これらの業務以外の負担も増えている。

 近年、少子化の影響を直接に受けて、学校間の競争が激しくなる中、私立学校は様々な「改革」を迫られているからだ。

 複数の学校を運営しているのであれば不採算の学校を廃学したり、部活動や進学の実績を打ち出して新入生を増やすために、新しい学科やコースを増やしたりと、再編によって教頭の業務がさらに増加する。

 その上、学校運営に関する仕事だけでなく、教頭は担当教科を持って教壇に立つこともある。Aさんも数学の授業を続けながら教頭の業務をしていた。教頭はまさに「何でも屋」なのである。

 ここで、教頭は労働基準法の労働時間規制の例外となる「管理監督者」にあたるのではないか、という意見もあるだろう。しかし、労働時間が早朝から深夜におよび、上司からの叱責のもと膨大な実務に追われる教頭が、経営者と一体のものとして当然に言えるかは大いに疑問だ。

 教頭としての特殊性もあれど、私学教員の長時間労働の問題に対して、遺族が声を挙げ始めたことは非常に重要な一歩だ。私学教員が労働組合を新しく立ち上がるケースも出てきている。

 ストライキを実施中の私学教員ユニオンでは、私立学校教員向けの労働相談ホットラインも開催する(下記参照)。

 ぜひ、過重労働で悩んでいる先生方には、外部の専門機関に相談してみてほしい。

「私学教員 労働相談ホットライン」

1月12日(土)13:00~17:00

1月15日(火)17:00~21:00

電話番号 0120-333-774(通話無料)

※相談無料・電話無料・秘密厳守

主催:私学教員ユニオン

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

労災ユニオン

03-6804-7650

soudan@rousai-u.jp

*長時間労働・パワハラ・労災事故を専門にした労働組合の相談窓口です。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。労災を専門とした無料相談窓口

過労死110番

03-3813-6999

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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