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2018年の「働き方改革」 ほとんどは「見掛け倒し」の実態

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 過労死と長時間労働、パワハラ・セクハラが当たり前になっている中で、2018年はそれらに歯止めをかけようと様々な法律が作られた(あるいは、作られようとしている)。

 安倍首相はなにかあるたびに「働き方改革を進めている」と繰り返しているが、議論が複雑でなかなか何がどう変わったのか分かりづらい。

 実際に、昨年は労働に関する多くの法律が議論されてきた。しかし、その内容を精査してみると、「働き方改革」がいかに見掛け倒しであるかがわかってくる。

 それは、あたかも「張りぼて」の建物のようだ。(あらかじめ図に示しておいた)。

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 そこで今回は、働き方に関して昨年新たにできた法律や制度論議を振り返り、これからの展望を考えていきたい。

長時間労働の「適法化」

 そもそも「働き方改革」は、過労死やサービス残業が当たり前の日本社会では、長時間労働を改善しなければワークライフバランスを保つことができないというところから出発している。

 しかし、この「本丸」ともいえる長時間労働規制さえも、実際には「逆効果」の方が大きいかもしれないのだ。

 それは、労働時間の「上限」が長すぎるために、かえってその長時間労働を国が「適法」にしてしまう効果を持つ可能性があるということだ。

 これまでも日本社会では、際限のない残業が認められていた。労働組合(もしくは労働者の過半数代表)と会社が協定(36協定)を結びさえすれば、どれだけ長い残業でもそれを規制する法律は存在しなかった。

 そのため、有名大企業でも過労死が起こる可能性が高いと国が定めている基準である月80時間(過労死ライン)を遥かに超える協定が締結されている。

 例えば、大成建設は150時間、日立製作所は3ヶ月で400時間、東芝は130時間、楽天は125時間まで社員を働かせることができる協定を結んでいた(2017年7月の月間協定時間、朝日新聞の調査参照)。

 その中で、今回新しく36協定に対し、法的な上限が初めて作られた。しかし、問題はその上限の水準だ。驚くべきことに上限は過労死ラインの80時間を超える月100時間(月平均では80時間)と設定されてしまったのである。

 これに対しては、当然のことながら過労死遺族の団体(「過労死を考える家族の会」)が「過労死を促進する」と猛烈に批判している。

 これでは月100時間以上の残業の歯止めになる可能性はあるが、その水準ではあまり過労死の歯止めにはならないことに加え、次のような「逆効果」さえも引き起こしてしまうからである。

 逆効果の第一は、月平均80時間が法律によってあえて認められることで、月80時間までの残業によっておこる問題が「適法」だとみなされてしまう可能性が高いということだ。

 例えば、現在は80時間以上の労働によって過労死が労働災害として認定されるだけではなく、民事裁判でも損害賠償が認められているのだが、これが、現在よりも厳しく判断される可能性も否定はできない。

 あるいは、これまでは80時間を超える固定残業代(みなし残業代)は公序良俗に反するとして無効だとされる判決が現れていた(そうなると、固定残業代分も基本給に加算され、固定残業時間について追加で割増残業代が発生する)が、今後は法律が公式に平均80時間残業を認めている以上、そのような裁判所の判断は変更されるのではないか、と懸念されている。

 「逆効果」の第二は、企業側には労働時間を把握する対する罰則を設けなかったことだ。

 現在も使用者には労働時間把握をしなかった場合の罰則がなく、違法な長時間労働をさせたとしても「タイムカードがありません」「時間の記録をなくしました」と主張できてしまう。

 これでは、月100時間以上残業しているかどうかもをそもそも確認することもできない。「働き方改革」は、さんざん指摘されたこの問題をあえて、意図的に「スルー」しているのである。

 これでは、使用者に「これからも時間の記録はとらなくてもいいですよ」「法規制は作りましたが、記録する必要がないのでこれまで通りで大丈夫です」とメッセージを送っているようなものである(実際に、政府にはそのような意図があるのかもしれない)。

 労働時間の記録の義務化などは、監督官を増やす必要もなく、まったく予算がかからない非常に効果的な政策である。制度設計を変えるわけではないので、まともな企業の事務経費も増加しない。

 このような労働時間規制の内容を見る限り、安倍首相の「働き方改革」が本気でワークライフバランスを実現する気があるようには到底思えない。

 しかし、こうした「見かけ倒し」の姿勢は労働時間規制だけではない。この間の政府の労働に関する政策全般に共通しているのである。

高度プロフェッショナル制度

 その他の法規制に行く前に、労働時間規制の問題をもう少し確認しておこう。

 2018年、メディアで一番話題になった労働に関するトピックは、2019年4月から導入されることが決まっている「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」の創設だろう。

 簡単に言ってしまえば、高度プロフェッショナル制度とは、一部の労働者について、残業代の支払いや労働時間管理といった労働時間規制を根本から外しますよ、という制度である。

 ここでの一部の労働者とは、国が定める業務(現時点では、金融商品の開発、ディーリング、アナリスト、コンサルタント、研究開発の5つ)に従事しており、一定の年収以上(現時点では年収1075万円)を稼ぐ労働者とされている。

 過労死の「合法化」のところで、労働時間の上限がないため新しくできる(月100時間までOK)事に触れたが、高プロではこの上限も関係なくなる。つまり、企業側は高プロ対象者を、1日24時間、残業代を1円も支払うことなく働かせることが合法になるのだ。

 一応、制度の導入には労働者の合意が必要で、健康確保策として年104日以上の休日を与えることなどが企業側に求められることになった。しかし、「高プロかクビか選べ」と言われたら拒否のしようもないので、労働者の合意などほとんど意味がない。

 さらに、年104日の休日とは、少し考えれば分かるが要するに週2日の休みなので、その休みの日以外は、お正月や祝日を含めて1日24時間働かせても合法になるという恐ろしい制度である。

 さらに今後、対象となる労働者が大幅に拡大する可能性が高い。経団連は年収400万円以上のホワイトカラー全てに対して同様の制度を適用したいと主張しており、政府も過去に年収900万円以上に適用しようとした経緯がある。

 尚、政府は高プロを「時間ではなく成果に応じて賃金を定める制度」と宣伝したが、実際の法律には成果で評価することに関しては一言も書かれていない。

 この法律によって残業代はゼロになるが、仕事内容に見合った給与が支払われる保証は一切ない。つまり、長時間労働をして残業して「人並み以上」に成果を上げたとしても、一切評価されないということも現実に起こり得る。

パワーハラスメント(パワハラ)に関する規制

 ここからは、労働時間以外の「働き方改革」に対し、いかに政府が「張りぼて」の政策を連発しているのかについて説明していこう。

 まずは、喫緊の課題であるパワーハラスメント対策だ。

 アメフトやレスリング、体操といったスポーツ界でのパワハラが次々とメディアで話題となり、2018年は「パワハラの年」と言っても過言ではなかった。

 同じように、職場のパワハラに悩む労働者は多いだろう。私が代表を務めるNPO法人POSSEの無料労働相談窓口に寄せられる相談でも、パワハラに関する相談が最も多かった(職場で横行するパワハラ ―労働相談の集計現場から見える構図)。

 国も職場でのハラスメント行為を問題視しており、2017年3月にまとめた「働き方改革実行計画」でパワーハラスメント防止に向けて取り組むと明記された。

 労働者にとってパワーハラスメント防止は切実な問題だが、これまではこれを取り締まる法律は日本にはなかった。そこで新しく作ろうとしているのだが、このままいくと、何がパワハラに当たるかのガイドラインと企業内相談窓口が作られるという、規制力のないザル法に終わる可能性が極めて高い。

 もともと労働組合などは、パワハラの禁止を法律で定めることを求めていた。パワハラ行為が違法になれば、パワハラ被害者は「それは違法です」という異議申し立てを行いやすくなり、またそのことでの損害賠償も認められることになる。

 しかし経営者側の圧力により、パワハラの違法化は否定されてしまったのだ。

 経営者側は「パワハラが違法化されると、部下を指導しにくくなる」と主張したが、これはあまりに支離滅裂だろう。

 というのも、議論の中でなにがパワハラに当たる可能があるかは議論されているので、(「1. 優越的な関係に基づく、2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、3. 労働者の就業環境を害すること(身体的若しくは精神的な苦痛を与えること)」)これを違法だとすればいいだけなのだ。

 現状では、相談窓口の設置や、「パワハラは許されません」と就業規則等に明記するといった「対策」が義務化される予定である。

 しかし、企業の窓口に相談しても、もみ消されたり相談したことがパワハラ上司に伝わってもっとひどくなったりするケースが、私たちに寄せられる相談に非常に多い。

 パワハラ規制に関しても、掛け声だけで、「働き方改革」で前進したとは到底言えないのが実情である。むしろ、経営側に屈した前例を作ることで、今後しばらくはパワハラ規制の道からは遠ざかってしまうことさえ懸念される。

内部告発者を保護するための規制

 「公益通報者保護法」というのをご存知だろうか。これは内部告発を理由にした解雇や左遷を無効にする2006年に施行した法律で、食品の産地偽装や建物の耐震偽装が蔓延る中で、労働者が企業内で行われる違法・不正行為を是正できるように作られた。

 しかし、当初からこの法律は使い勝手が悪いと言われていた。というのも、公益通報者保護法がカバーしている不正・違法行為の範囲が限定されており、保護の対象となるのもその企業に勤める現職の労働者のみ(退職者、取引先などすべて対象外)で、最大の欠点は報復行為じたいが違法とされていなかったのだ。

 つまり、内部告発した労働者を特定してクビにしても「違法」ではないのだ。

 これでは、クビを恐れて内部告発などできない。そこで、より内部告発をやりやすくするために法律改正の議論がなされてきた。しかし下に見るように、ここでも「ザル法」をさらにザルにした結果となった。

 最大の論点であった「内部告発者に対する報復行為の違法化」はあっさり否定された。これまで通り、左遷やクビにしても同法では取り締まられないということだ。

 さらに、経営者側からは「マスコミにリークされニュースになると被害が大きい」という意見が出たことで、メディアへ通報する行為にはさらなるハードルが課せられる見通しだ。

 通報者はまず先に自社内の窓口に相談しなくなってしまったのだ。

 企業側としては不正があっても、まずは企業内の相談窓口に通報をもらって社内でもみ消したいのだろう。

 これでは、クビを覚悟しない限り、「労働者は不正を目撃しても、黙って働き続けてほしい」と政府は考えていると言わざるを得ない。不正を告発した勇気ある人を守れない社会とは一体何なのであろうか。

教員の長時間労働を是正するための規制

 最後に、教員の労働問題について言及したい。学校の先生の業務は授業だけでなく、職員会議や保護者対応、部活動の指導など多岐にわたる。過労死は何件も起こっており、長時間労働やストレスでうつ病になり休職している先生も多い。

 平均して、1日あたり小学校教員で11時間15分、中学校教員は11時間32分働いており(文部科学省「教員勤務実態調査」)、全国で毎年5000人の先生が精神疾患で休職していることがわかっている(文部科学省「公立学校教職員の人事行政状況調査」)。

 その中で、教員だった家族を過労死でなくした遺族や現役の教員、「ブラック部活」問題を告発した内田良・名古屋大学准教授などが精力的に活動し続けたことで、教員の長時間労働に取り組むために政府も重い腰を上げた。

 公立学校の教員が普通の労働者と違うのは、どれだけ長い残業をしても給料の4パーセントを支払えば残業代を払わなくてもいいという「給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)」が適用されている点だ。

 つまり、例えば月収20万円の公立学校の先生(私立学校の先生は普通の労働者で労働基準法が適用される)に対して、その4パーセントである8000円を与えれば、月100時間でも200時間でも残業をさせることが、法律で可能になっているのだ。

 このように、ほとんど無給に近いかたちで残業を命じられるので、長時間労働の温床になっていることが、問題となっているのである。

 そこで政府は、文部科学省の「学校における働き方改革特別部会」で教員の労働問題を検討してきたが、これまた中身のない議論になっている。

 給特法が「長時間勤務の実態を引き起こしているとの指摘があ」り、「この状況を改善する必要がある」としながらも、具体的な改正には言及していない。

 一応、月45時間を残業時間の上限の目安と定めたが、あくまで目安に過ぎず「残業代ほぼゼロ」の状況を規制する法律はつくらないというのだ。

 おそらく、給特法を廃止すると、膨大な残業代を全国の教員に支払わないといけなくなるという財政面を気にしているのだと思うが、これでは過労死もうつ病も「ブラック部活」の問題にも歯止めをかけることはできない。

中央教育審議会 新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(素案)

 またしても「見掛け倒し」の政策論議にすぎないのである。

違法労働の「告発」こそが重要

 2018年は、「働き方改革」がホットなトピックとなった。長時間労働に苦しむ労働者からしたら、数少ない希望に見えたかもしれない。

 しかし、ここまで見てきたように、長時間労働、パワハラ、内部告発、教員の労働問題全てにおいて、働き方改革は一切進んでいないどころか、悪くなっている可能性すらあることがわかっている。

 そもそも最大の問題は、法律や制度の改正にあたって現場の声をほとんど聞いていないところにある。高プロ制定のときはわずか12人に話を聞くだけで終わり、過労死遺族の面会要請を首相は拒否している。

 パワハラや内部告発に関しても、きちんと現場の声に耳を傾ければ、社内窓口の設置がいかに無意味かすぐにわかるだろう。

 政府の「働き方改革」は世の中の実態に対し、誠実に向き合ったものだとは到底思えない内容だと言わざるを得ない。

 結局、現実を無視する政府の姿勢に対しては、現在行われている「違法行為」などの問題に対し、具体的に告発することが、何よりも重要である。

 事実を突きつけることなしに、まともな「働き方改革」を政府に迫ることはできないからだ。政府の姿勢が「見掛け倒し」だからこそ、2019年以後も、違法労働に対する告発の実践とその支援は重要になるものと思われる。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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