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裁量労働制を廃止する方法 三菱電機の悲劇を繰り返さないために

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

過労死が起きて、裁量労働制を廃止した三菱電機

 2012年から2017年までに、三菱電機において社員5名が長時間労働を原因とした労災認定を受け、うち2名が精神疾患により自死していたことが、9月の朝日新聞のスクープ報道で明らかになった。

 特に注目されたのが、労災認定されたうちの3名が裁量労働制を適用されていたことだ。

 裁量労働制は本来、自分の裁量で労働時間を決められるとされているはずの制度だが、一方でみなし労働時間以上の残業代を払わなくてよいため、「定額働かせ放題」として悪用される事例が後を絶たない。

 三菱電機でも、この制度が長時間労働を推し進めたものと考えられる。

 すでに2018年3月、三菱電機は裁量労働制を廃止したという。このこと自体は歓迎すべきことだろう。しかし、裁量労働制は死者を出すほどの犠牲を払わなければ、撤廃することができないものなのだろうか? 

 そんなことはない。本記事では、裁量労働制による長時間労働が蔓延していた企業において、労働者自身が声をあげたことで、この制度が全廃された最近のケースを紹介したい。

 さらに、今回の三菱電機をめぐる報道のほとんどが見落としている、裁量労働制の廃止する際の重要な論点についても指摘していきたい。

三菱電機が裁量労働制を廃止した直接の理由とは

 まずはじめに、三菱電機ではどのような経緯で裁量労働制が廃止されるようになったのかを確認しておこう。

 朝日新聞の取材に対する三菱電機の回答によると、三菱電機が裁量労働制を撤廃したのは、「労働時間をより厳格に把握するため」だという。

 しかし、前述の記事で朝日新聞は、三菱電機にはさらなる問題意識があったのではないかと指摘している。厚労省による企業名公表制度の適用の「リスク」である。

 厚労省は、2017年1月から、ブラック企業・過労死対策の一環として、過労による労災を繰り返し認定されたり、長時間労働に関する労基法違反の指導を受けたりした企業に対して、企業名を公表するという制度をスタートさせている。

 ざっくり説明すれば、1年以内に、月80時間を超える残業によって過労による労災が認定された事業所や、月80時間を超えた長時間労働に関する労基法違反の是正勧告を受けた事業所が複数あり、そのうえでさらに本社が労働基準監督署から立ち入り調査を受けて、それでも改善がされていなかった大企業が公表の対象となる(中小企業は最初から対象外だ)。

 一見してわかる通り、極めて公表までのハードルが高い制度である。

 ところが、朝日新聞の記事によれば、三菱電機は一連の労災と、それに伴う労基署の指導により、この条件をほとんど満たしており、2017年末には最終段階の本社の立ち入り調査まで受けていたという。

この本社調査では結局、企業名公表に直結する問題は明らかにならなかったようだが、新たな事件を起こさないように、同社は裁量労働制を廃止する判断をしたのではないかというのが朝日新聞の指摘だ。

 ただし、繰り返しになるが、この厚労省による企業名公表制度は、過労死など長時間労働による労災が繰り返されている大企業を想定したものだ。三菱電機が裁量労働制をなくした理由が、国からの企業名公表に直面したからということなのであれば、やはり、過労死の犠牲者を何人も出さなければ裁量労働制は廃止できないということなのだろうか。

 そもそも、被害が繰り返されたとしても、裁量労働制による労災が認定されることは、ただでさえ容易ではない。

 参考:「働き方改革」最大の焦点・裁量労働制 「過労死促進法」の構図

 また、労災認定のハードルを乗り越えても、厚労省の企業名公表制度まで辿り着くのは非常に困難だ。犠牲者を何人出したとしても、裁量労働制を廃止できない可能性はあまりにも高い。それでは、一体どうすれば良いのだろうか。

労働者が声をあげて、裁量労働制を廃止させた建築設計事務所の事例

 ここで、厚労省による行政指導ではなく、労働者が声をあげたことによって裁量労働制が廃止になった直近の事例をひとつ紹介しよう。筆者が以前紹介した建築設計事務所・プランテック 総合計画事務所の事件だ。

一度筆者も記事を書いているが、続報も含めて改めて説明していきたい。

裁量労働制の違法な「対象業務」 労基署も取り締まれない実態

 この建築設計会社では、社員約100名のうち、約80人に、「建築士の業務」として専門業務型裁量労働制を適用していた。その一人である20代女性のAさん(長時間労働による精神疾患に罹患し、現在は休職して裁量労働制ユニオンに加盟、同社と団体交渉中)は、入社から裁量労働制を適用され、入社3ヶ月目にはすでに残業が月100時間を超え、5か月目には過労死ラインの倍近い月170時間を超えていた。残業は最長で月185時間に及んでいたという。

 1日のみなし労働時間は8時間であったにかかわらず、Aさんの実際の労働時間は1日20時間を超えることも少なくなく、みなし労働時間の3倍近くにのぼる長時間労働もあった。実際の労働に裁量がなかったのは明らかだろう。

 ほかにも裁量労働制の対象業務の違法性など、様々な問題があった(詳細は前述の記事を参照)。それほどの実態があるのなら、労働基準監督署が適切な行政指導を行って裁量労働制を廃止させられるのではないかと思う人もいるかもしれない。ところが、実際には全く逆のことが起きていた。

 Aさんはユニオンの支援を受けて、中央労働基準監督署に申告を行った。ところが、プランテック総合計画事務所がユニオンに対して団体交渉で明らかにしたことによれば、中央労働基準監督署の担当監督官は同社に対して、改めて手続きを適切に行えば、裁量労働制を適用することに問題ないとして、今後の裁量労働制の継続を勧めていたという。

 労基署は、過労死ラインを大幅に超える同社の長時間労働の実態を知っており、同社の労働者に裁量がなかったことを知っていたにもかかわらず、裁量労働制を積極的に推進したというのである。

 しかし、みなし労働時間の3倍近くの長時間労働を恒常的にさせていた同社で、裁量労働制の適用がふさわしくないのは明らかだ。

 当初、同社はユニオンに対して裁量労働制の適用の継続を公言していたが、ユニオンが団体交渉と本社前のチラシまきなどの街頭宣伝を通じて裁量労働制の廃止を同社に求めた結果、これまで裁量労働制を「適用」していた約80名全員に対して、今後の裁量労働制の適用を廃止するという方針を、この10月に明らかにした。

 ユニオンを通じて在職の労働者一名が声をあげたことで、裁量労働制を撤廃させることに成功したのである。同社も、ユニオンの要求を受けて裁量労働制をなくしたことを交渉ではっきりと認めた。

 裁量労働制ユニオンでは、同様に裁量労働制を廃止させた事例が複数あるという。このように、犠牲者を繰り返し出したり、厚労省の重い腰をあげさせたりしなくても、労働者自身が労働組合を通じて声をあげれば、裁量労働制をなくすことができるのである。

報道が見落とした論点――三菱電機の未払い残業代はどうなったのか

 三菱電機の話題に戻ろう。一連の労災認定が大々的に報道されている一方で、同社の裁量労働制について、ほとんどのメディアが見落としている重要な論点がある。それは、裁量労働制のせいで払われてこなかった過去の未払い残業代の行方である。

 いまだにこの残業代が払われていないのだとすれば、これまでの裁量労働制の問題について、三菱電機はいまもごまかし続けているということにほかならない。たしかに三菱電機は今回、「将来」について、裁量労働制が適切でないとして廃止を決断した。

 しかし、同社は「過去」について、裁量労働制が「違法」に適用されていたことを認めていないということになってしまう。何人もの労災を出し、死者を出すことにまでつながった過去の裁量労働制の違法性について、三菱電機はいまだに不問に付したままであるということだ。

 ここで再び紹介したいのが、プランテック総合計画事務所に対する裁量労働制ユニオンの成果だ。ユニオンでは、過去について、裁量労働制が無効であることを認めさせて、残業代を支払うことを決めさせている。それも、裁量労働制が適用されていた在職中の全社員と退職者に対して支払うことを認めさせたという。

 とはいえ、残念ながら同社は、支払いの対象となる期間を6ヶ月分のみに限定している。残業代の時効は2年間なので、2年分全てを払わないと、同社の労基法違反は残ったままだ。

 しかも、同社は、Aさんに対してまで「社員だから、半年分の残業代の支払いだけでお願いしたい。むしろ2年分を要求する理由は何か」などと理不尽な主張をしてきているという。ユニオンでは当然の権利として、2年間分を請求し続けているところだという。

 このように、三菱電機の適用対象者だった約1万人の労働者(全社員の3分の1にのぼるという)の方たちも、裁量労働制の期間について、まだ残業代を払われていないのであれば、今から2年前の時点から裁量労働制が廃止された2018年3月までの残業代は請求できるはずだ。

一人の労働者と労働組合の力で裁量労働制はなくせる

 以上のように、裁量労働制をなくすことは、死者を出さなくても、厚労省の権限を待たなくても、一人の労働者と労働組合の取り組みによって実現可能である。また、過去の裁量労働制の無効性も追及することで、その未払い残業代もしっかり払わせることができる。裁量労働制による長時間労働で困っている人は、ぜひ相談してみてほしい。

 最後に、Aさんが厚労省で記者会見をしたときの言葉を紹介しよう。

「残念ながら、社員を思って裁量労働制を適用している会社はほとんどないと思います。経営者側に都合がいい、「定額働かせ放題」として適用している会社の方が圧倒的に多いと思います。少なくとも私は、今後、裁量労働制を適用している会社は信用することができないし、絶対就職したくありません。」

「裁量労働制拡大のニュースがあったとき本当に恐怖を覚えました。私のように裁量権を持たない人間にも適用できるという曖昧な制度のまま拡大するのは本当に危険です。裁量労働制を労働時間を短くする、働き方を自由にするという考え方のもと、拡大するというなら、今の制度のままではそうはなりません。実際、私は自由な働き方、労働時間を短くするなどとは正反対の働き方でした。裁量労働制がいかに素晴らしく、働き方改革だという報道を見ると、現時点で適用されている側からは、何も調べていないし、現場のことは何もわかっていないと思わざるを得ません。」

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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