裁量労働制の違法な「対象業務」 労基署も取り締まれない実態

裁量労働制の対象業務、改善が必要な事業場はわずか2.6パーセント?

 違法な裁量労働制の適用が後を絶たない。そもそも、求人情報に違法な内容が堂々とまかり通っているのが実情だ。筆者は下記の記事で、違法な業種に適用される裁量労働制の問題について、すでに告発を行ってきた。

 求人サイトに蔓延する違法な裁量労働制 行政のチェックは抜け穴だらけ 

 

 これを受けて、厚生労働省はハローワークや求人サイトに対して、対応策を講じていたことが、NHKのニュースで報道された。

 この番組中でも筆者は実情をインタビューで告発しているのだが、裁量労働制における「対象業務」の脱法問題の実態は、まだまだ氷山の一角しか明らかになっていない。

 8月7日には厚労省が、裁量労働制に関する調査結果を公表した。この調査では、専門業務型裁量労働制では、2.6%の事業場において改善が必要であるという結果が発表されている(企画業務型裁量労働制では2.7%)。

 厚労省:裁量労働制の運用の適正化に向けた自主点検の結果について公表します

 一見すると、あまり多くないように思えるが、労働相談に日々接している立場からすれば、この数字は現実を十分に反映しているとは考えがたい。対象業務以外の業務に就かせている事例は多く、自主点検では明らかになっていないのではないかというのが実感なのだ。

 そこで本記事では、裁量労働制を違法に適用する常套手段の一つである「対象業務」違反の手口と、それを防ぐことの難しい裁量労働制の根本的な欠陥について、NPO法人POSSEに寄せられた最新の労働相談をもとに解説してみたい。

月150時間残業、みなし時間は8時間なのに1日21時間労働の「建築士」

 まず、裁量労働制について改めて確認しよう。裁量労働制は、実際の労働時間数にかかわらず、一定の労働時間数だけ労働したものと「みなす」制度である。

 労働者が出退勤の時間や業務の進め方を自由に決めることができ、労働時間ではなく仕事の成果で評価されるようになるため、仕事の効率が上がり、自分の仕事が終わったら早く帰れるとして推奨されてきた。

 しかし実態としては、何時間働いてもみなし労働時間分しか働いたことにならないため、長時間働いても残業代が増えない「定額働かせ放題」に陥るリスクが高い。

 実際にNPO法人POSSEに寄せられた、建築設計事務所で働いているAさん(20代女性)からの労働相談も、その典型例だ。

 彼女の勤務する「プランテック総合計画事務所」では、大都市の商業施設や大手企業の研究所、医療施設など多岐にわたる建築設計を手がけている。同社では、建築設計業務につく労働者に対して、専門業務型裁量労働制の19個の対象業務のうちの「建築士の業務」として裁量労働制を「適用」していた。

 Aさんも、入社当初より設計業務に携わり、裁量労働制を適用されてきた。しかし、現実には裁量はなく、過酷な長時間労働が常態化していたという。残業だけで、月100〜150時間は頻繁にあり、深夜3〜4時まで職場に残って仕事をしたり、朝9時ごろまで徹夜して帰宅し、そのまま昼に出勤することも何度もあった。

 こうして、1日20時間以上働くことも少なくなかったが、同社の1日のみなし時間はわずか8時間。まさに社員を「定額働かせ放題」として酷使していたのである。

 裁量があるとされていたにもかかわらず、22時頃に「明日までやるように」と指示を受けて業務をまかされ、深夜作業や徹夜をせざるを得なくなったことも頻繁にあった。CG画像などを作成しても、上司や社長がなかなかOKを出さず、何度もやり直しをさせられてしまうことも日常茶飯事だった。

 Aさんはまだ経験も浅く、基本的に上司と打ち合わせの上で作業を進めていく必要があったのだが、顧客がOKを出していても、社長が気に入らなければ覆ってしまうほどだった。

 こうして、Aさんは過酷な長時間労働に追い込まれ、精神疾患になってしまった。状況を改善するために、私たちは会社と交渉する法的な権利を持ち、裁量労働制を専門的に扱っている、裁量労働制ユニオンを紹介。

 Aさんは未払い残業代や長時間労働の改善などを求めて会社と団体交渉を始めているところだ。

(団体交渉の経緯は同ユニオンのブログに詳しい)。

建築士資格がないと、裁量労働制を適用できないはずが…

 団体交渉で決定的な争点の一つとなったのが、冒頭で問題提起した、「対象業務」についてだった。

 そもそも裁量労働制は、「定額働かせ放題」に悪用されないよう、裁量がある人のみに適用を限定している。特に専門業務型裁量労働制では、裁量があるとされる19業務だけが、適用を認められている。

 また、どの労働者に、どの業務に関して裁量労働制を適用するのかについて、労働者の代表と労使協定を結んだうえで、労基署に裁量労働制の届出をするという手続きが定められている。この手続きが杜撰だと、裁量労働制が無効になり、過去の残業代を会社は支払わなければならなくなる。

 労基署に届け出る労使協定には、「業務の種類」を記載する項目があるのだが、プランテック総合計画事務所の協定には「建築士」とのみ記載されていた。素直に読めば、同社では、「建築士」の業務をしている労働者だけに裁量労働制を適用するとして労使協定を結び、労基署に届出を出していると考えられる。

 ただ、専門業務型でいう「建築士の業務」は、建築士の資格を持っていなければ適用できない。実は、Aさんはまだ建築士の資格を持っていなかった。そのため、この会社は裁量労働制を違法に適用していることになり、Aさんに残業代を支払わなければならなくなるはずだった。

 ところが、問題はさらにこじれる結果となっている。

届け出ていない「適用業種」の主張

 団体交渉で、会社はそもそも行政に届け出ていない「業種」を適用していると、後から主張し始めたというのだ。

 曰く、「Aさんは建築士の業務だけでなく、建築デザインの業務もしていた」「協定には書いていないが、会社はデザイナー業務を想定していたから裁量労働制は有効」「建築士というか建築家」と主張しているという。

 Aさんはデザイナーなどと言われた記憶は一切なく、「建築業務」をやってきたという認識だった。会社からは、建築士の資格を取ることも奨励されていた。しかし、デザインに工夫が求められる設計を手がけていたこともあり、全くデザイン業務とかけ離れてるとまでは言い切れない。

 このように、「後出し」で、労使協定に一言も書いていない別の業務に適用していたというのは、Aさんやユニオンの側としては、到底受け入れがたい主張であろう。ユニオンはこの主張を違法行為に当たると考え、労基署に申告に行った。

「資格のない建築士」も、「デザイナーだから合法」にできてしまうカラクリ

 ところが、担当の労働基準監督官の答えは、「Aさんはデザイン業務に近いこともやっているし、労使協定にデザイナーと書いていないからと言って、そのことを理由として裁量労働制が無効とは言えない」というものだった。

 このような判断がまかり通っていいのだろうか。

 一つめの論点として、裁量労働制の労使協定の届出にどのように業務を書き込むかについて、明確な決まりがないという致命的な問題がある。

 この監督官によれば、専門業務型裁量労働制においては、対象者の業務が19のいずれかに当たることは必要であるが、労使協定に書いていた業務が当てはまらないときに、別の19業務のどれかを持ち出して、後から「これもやっていました」と言い出した場合でも、裁量労働制が適用できてしまうというのである。

 これでは、一般的に、建築設計事務所では、設計業務に携わっている建築士の資格のない人に対して、「建築士」として裁量労働制を違法に適用していたとしても、後出しで「デザイナー」と言い張れば、問題ないと言えてしまうことになる。

 もう一つの問題は、専門業務型裁量労働制の対象となっている19業務自体が非常に曖昧であるということだろう。いずれもシンプルな定義であり、業務を明確にする通達もあるにはあるが、漠然としている。そのため、ある程度自由に解釈して適用しようと思えばできてしまう余地があるのである。

 厚労省によるデザイン業務の定義は、「衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務」とあり、やはり曖昧で拡大解釈できる余地がある。今回の建築設計事務所は、ここに「建築デザイン」も当てはまると主張してきたわけだ。

 しかし、それならば、「建築士の業務」をさせてはならないはずだ。それにもかかわらず、「建築士の仕事に見える仕事も、我が社ではすべて建築デザイン業務です」と会社が強弁すれば、やはり労働基準監督署においては、裁量労働制は有効になってしまいかねない。

 このように、裁量労働制の「対象業務」の運用においては、届け出のチェック機能の杜撰さ、業務の定義の曖昧さによって、企業にとって恣意的な適用ができる余地が大きく、制度自体が根本的な欠陥を抱えていると言わざるをえない。

 また、これらの背景として、日本の雇用契約においては、業務じたいが明確でないため、裁量労働制を悪用しやすい環境があることが指摘できるだろう。

 冒頭で紹介した厚労省の調査では、対象業務以外の業務に就かせている事業場の割合は非常に少ないものだったが、今回のような問題は「自主点検」では決して明らかにはならない実態なのではないだろうか。

違法な裁量労働制に泣き寝入りする必要はない!

 ここまで紹介してきた論点は、あくまで労働基準監督署でできる範囲の問題である。ユニオンの団体交渉や裁判では、より広く裁量労働制の違法な運用を問題にすることができる。

 今回紹介した事例でも、適用業種についてこそ解決していないが、裁量労働制ユニオンの団体交渉ではすでに残業代の支払いを認めさせるなどの成果を実現している。

 裁量労働制ユニオンでは、これまでにも裁量労働制の事件に多く取り組み、代表的な解決事例も公開されている

 今現在、裁量労働制で長時間労働に従事していたり、自分の働き方に少しでも疑問を持っている方がいれば、ぜひ専門家に相談してみてほしい。

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