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サントリーグループで四度目の是正勧告 「残業代の減額に合意しないと支払わない」は合法か?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 7月26日、サントリーグループの自動販売機オペレーター大手・ジャパンビバレッジ社に対して、労働基準監督署が四度目の是正勧告を出した。一つの企業が労働基準監督署から四度の是正勧告を受けるのは異例のことである。

 同社は、昨年12月に違法な長時間労働(労基法32条違反)を、今年4月には残業代不払い(同法37条違反)を指摘され、是正勧告を受けていた。さらに、先月は二度、同社に対し、残業代不払い(同法37条違反)の是正勧告が出されたという。

残業代の減額に同意しないと支払わない

 いったい、なぜ、どのような経緯で、ジャパンビバレッジ社は、残業代不払いの是正勧告を受けたのだろうか。

 労働基準監督署に申告した労働者らが加盟している労働組合・ブラック企業ユニオンによれば、同社は、労働組合との交渉の中で、会社側が提示した残業代の額(実際よりも大幅に少ない額)に合意するまでは、残業代を一切支払わないという主張を繰り返したのだという。

 そう聞くと、一旦会社側が提示した額だけでも支払ってもらったうえで、その後も交渉を続ければよいのではないかと思う方もいるかもしれない。

 だが、そうはいかない巧妙な策が仕組まれていたのだ。同社が用意している合意書には、「残業代債権の放棄」という文言が含まれていた。つまり、この合意書にサインしてしまうと、まだ支払われていない残業代の請求権が消滅してしまうようになっていたのだ。

 「今すぐもらえるお金」を身代わりに、「全額の残業代」を放棄させようという戦略だ。実際に、労働組合に加盟していない従業員の多くは、そうした合意書にサインさせられたという。

 こうして、労働組合側が、同社の認めた残業代の額だけでも先に支払うよう求めたのに対し、同社は、残業代の減額に同意するまでは、残業代を一切支払わないと主張し、議論は平行線となった。そこで、ブラック企業ユニオン所属の労働者が、労働基準監督署に労基法違反を申告していたというわけだ。

(なお、上のような「残業代債権放棄」の合意書はそもそも無効である可能性が高い。興味のある方は以下を参照してほしい)。

「残業代はいりません」は有効か? 広がる同意書強要の実態と対応策 

「ナメられて」いる労働基準監督署

 上述の通り、労働基準監督署は、同社の一連の対応を違法行為(労基法37条違反)と認定し、是正を勧告した。会社が提示した金額に合意するまで未払い残業代を支払わないという対応は違法という判断である。

 この判断は至極当然と言えるだろう。会社がごく僅かな金額を支払うと提示し、それに労働者が合意しないと一切支払わないという対応が認められてしまえば、労働基準監督署は、残業代不払いを有効に取り締まれなくなってしまうからだ。

 むしろ一見不可解なことは、サントリーグループの大企業ジャパンビバレッジ社が、どうしてこのような明白な違法行為を続けていたかという点にある。ジャパンビバレッジ社には、経営法曹の重鎮である安西愈弁護士が所属する安西法律事務所の弁護士がついており、今回の行為が違法であることはよくよく理解していたはずだ。

 そうだとするならば、問題の構図はさらに深刻なものとなる。

 というのも、ジャパンビバレッジや顧問弁護士から、労働基準監督署が「ナメられて」いた可能性があるということになるからだ。

 実際、同社は、これまでに何度も「労働基準監督署とは見解が異なる」「未払い賃金は存在しないと考えている」といった主張を展開してきている。

 では、是正勧告を何度出しても違法行為を続けるブラック企業に対し、労働基準監督署はどのように対応しうるのだろうか。

書類送検の可能性

 実は、労働基準監督官には司法警察員としての権限が付与されている。労働基準監督署は、是正勧告などの行政指導によって是正がみられず、違法行為を繰り返すような企業については、書類送検を行うこともあるのだ。

 書類送検とは、事件記録や捜査資料を検察に送る手続きのことをいう。検察の取り調べ次第では起訴され、刑事訴訟で有罪となる可能性もある。これはブラック企業に対する強烈な制裁となるだろう。

 だが、労働基準監督官の人数が不足しているため、すべてのケースでそこまではできないという現状がある。労働基準監督署に書類送検をするだけの「余裕」がなく、法違反を繰り返している企業に適切な刑事罰を与えられていない。実際、ジャパンビバレッジ社に対しても四度の是正勧告が出ているが、今のところ書類送検には至っていない。

 だからこそ、違法行為を繰り返すブラック企業には「ナメられ」てしまうのである。

有効な「ストライキ」という手段

 悪質な企業を取り締まるためには、労働基準監督官の増員が必要である。だが、政府はこの間も監督官の実質人数を減らし続けている。だからこそ、現状では労基署は「ナメられ」てしまっている。

 したがって、ブラック企業を無くすためには、国の制裁に頼るだけでなく、労働者自身で企業の違法行為を正していくことがどうしても必要になってくる。

 そのための最も強力な「武器」がストライキである。ストライキとは、労働者が集団で労務の提供を拒否することをいう。労働組合に加盟すれば、それを合法的に行うことができる。

 たとえストライキによって会社に損害が発生しても、刑事罰の対象にならず、民事上の責任も免除される。

 もちろん、ストライキは会社に損害を与えることを目的としているのではない。ストライキという正当な権利の行使を背景にして、会社と交渉を行うことで労働条件の改善を達成することが目的となる。

JR東京駅の自販機でストライキを予告

 ジャパンビバレッジ社の話に戻ろう。

 ブラック企業ユニオンは、ジャパンビバレッジ社に対し、お盆休み中のJR東京駅での自販機補充業務について、ストライキを予告しているという。

 ブラック企業ユニオンによれば、同社に対し、未払い残業代の支払いや労働環境の改善を約束してくれれば、ストライキをとりやめ、通常通り勤務することを伝えているという。だが、同社は、労働組合の要求に一切応じず、話し合いの場さえ設定しないという対応を続けている。

 ブラック企業ユニオンは、そうした同社の対応に抗議しつつも、異例の猛暑を踏まえて、今回は飲料の「売り切れ」の出ない範囲での部分的なストライキとする方針だという。

 今後、同社が飲料自販機のストライキを回避する社会的責任を果たそうとするのか注視していきたい。

おわりに

 労働基準監督署の是正勧告にしても、労働組合のストライキにしても、現場で働く労働者による正当な権利の行使が発端となっている。ただ待っていても、労働環境の改善は実現しない。

 自分が働いている職場に法律違反や疑問に感じる点があれば、ぜひ専門家に相談し、対応を考えてみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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