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「自販機大国」ニッポン 過酷労働で成り立つ実態

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 去る5月3日、JR東京駅で飲料自販機の補充業務を行うサントリーグループのジャパンビバレッジ社の従業員がストライキを実施した。

 同社の違法な長時間労働やサービス残業の改善を要求したこのストライキは、東京駅の自動販売機の「売り切れ」を続出させ、ネット上で大きな反響を呼んだ。

 「売り切れ」表示の自販機を撮影したツイートは6万回以上リツイートされ、「ジャパンビバレッジ東京」はヤフーリアルタイム検索で話題のキーワードのランキング2位にまで上り詰めた。

メーデーに「ブラック企業と闘う武器」を考える 「順法闘争」のすすめ(今野晴貴) - Y!ニュース

 実は、このストライキの反響はネットにとどまらず、同業他社の従業員の間も波紋を呼んでいるようだ。

 ストライキを実施した労働組合であるブラック企業ユニオンによると、この間、自販機業界の労働者の相談が急増している。例えば、コカ・コーラ、アサヒ、サントリーなどの自販機を運営する、業界大手の従業員からの労働相談も相次いでいるという。

 彼らは「自分の会社もジャパンビバレッジと同じ状況にある」と訴えているというのだ。もしもそれらの訴えが事実だとすれば、自販機業界には「ブラック企業」が蔓延している可能性がある。

 いったい、いま自販機業界で何が起きているのだろうか。今回は、自販機業界の「収益構造」を通じて、同業界の労働問題の構図を考えていくことにしたい。

自販機大国ニッポン:その「非効率」の実態

 日本の人口一人当たりの飲料自販機設置台数は、世界一だと言われている。日本自動販売システム機械工業会の統計によれば、2016年の日本の飲料自販機の設置台数は、人口1.3億人に対し、247万4600台である。

 一方、アメリカ合衆国では約3.2億人に対して296万台、ヨーロッパ(EU)では7.4億人に対して約300万台が設置されている。このように、人口比を考慮すれば、日本は世界一の自販機大国だと言える。

 だが、この異例なほどの設置台数の拡大は、業界にひずみも生み出している。

 第一に、必ずしも効率的な場所に設置されていないということだ。相対的に売り上げの少ない場所にまで自販機を設置し、その補充やメンテナンス業務を行うことで労働効率の悪化を招く傾向があるのだ。実際に、自販機パーマシン(1台当たりの自販機売上高)は、減少傾向にある。

 第二に、エコロジー面での悪影響である。自販機は、飲料の配送やその冷却・加温に多くのエネルギーを消費する。自販機の過剰な設置は、限られたエネルギー資源の浪費をもたらしてしまうことが指摘されている。

「設置するほど利益が出る」構図

 それでは、いったいなぜ、こうした一見すると非効率なことがまかり通ってきたのだろうか。そのことを説明するには、自販機業界の上に君臨する大手飲料メーカーの存在に触れる必要がある。

 大手飲料メーカーの主な販路は、スーパー、コンビニ、自販機だ。そのなかで、自販機は、売上高の3~4割を占めるのみならず、利益率の高さが際立っている。

 自販機の場合、売り上げの約4割が飲料メーカーの取り分となる。これに対し、スーパーやコンビニの場合は、仕入れの時点で買い叩かれるため、飲料メーカーの利幅は非常に小さくなってしまう。たとえば、コカ・コーラ ウエスト社の場合、自販機での販売数量は全体の約3割であるが、粗利益の約7割を自販機部門が生み出している。

 要するに、飲料メーカーにとっては、自販機は貴重なドル箱なのだ。それゆえ、飲料メーカーは、専属下請の自販機業者にできるだけ多くの自販機を設置させようと熾烈な競争を行っている。

 だが、近年、飲料自販機の売上高は、頭打ちの状態にある。以下の表のように、ここ十年の間に、飲料自販機の売上高は、約1千億円近く下落している。飲料自販機の市場が飽和してしまったのだ。

出展:富士リサーチ・センター(2017)『自動販売フルオペ事業総合資料 2017年版 専業オペレータ篇』
出展:富士リサーチ・センター(2017)『自動販売フルオペ事業総合資料 2017年版 専業オペレータ篇』

 こうした中で、自販機業界の各社は、労働にかかるコストの削減、つまり長時間のサービス残業によって、利益を維持・拡大しようとしている、という事態が疑われる。

 そもそもの過剰な設置台数の運営、しかもこれを「低コスト」でこなす必要。これらのしわ寄せが労働問題を生み出していると考えられるのだ。

「過剰設置」を支える長時間・サービス残業

 それでは、自販機業界で働くルートセールス社員の労働条件・労働環境はどのようになっているのだろう。

 業界大手各社の労働時間は、1日12時間程度が一般的で、以下のようなスケジュールとなっている。

 7:45  出勤・朝礼(朝6時過ぎから商品の積み込み作業を行うこともある)

 8:00  出発、ルート巡回

 18:30 帰社、売り上げ・在庫等の確認、翌日分の商品の積み込み

 19:45 退勤 (退勤が夜21時を回ることもある)

 自販機のルートセールス社員は、1日に20台程度の自販機を回って、手作業で3000本程度の飲料を補充する。総量は実に1トンを超える。これだけでも相当な作業量のため、まったく休憩を取れない場合が多い。信号待ちの時などにおにぎりやパンをかきこむことが日常茶飯事という。

 さらに、「過剰設置」による無茶なロケーションの自販機、ルートセールス社員を苦しめている。たとえば、トラックを駐車するスペースから数百メートルも離れている自販機がある。その場合、100キロ以上の飲料を台車に載せて数百メートル運ぶ必要がある。また、オフィスビル内の自販機であれば、20キロ以上の商品が入ったケースを4階まで階段を何往復もして補充することもある。

 実際、過去には、キリンビバレッジの子会社「東京キリンビバレッジサービス」やコカ・コーラの下請業者「日東フルライン」で過労死・過労自殺事件も起きている。いずれも月に100時間近い長時間残業を原因とする労働災害であると労働基準監督署が認定している。

 一方で、給与面をみると、業界大手各社は、総額で25万円~30万円程度で、残業代の一部もしくは全部が不払いとなっている。たとえば、ジャパンビバレッジ社では、これまで事業場外みなし労働時間制度を不正に適用し、残業代不払いの状態にあった。

 同様に、コカ・コーラの下請事業者でも、同制度を適用し残業代の一部を支払っていないとの労働相談が寄せられている。また、アサヒ飲料販売のある営業所に勤める労働者からは、タイムカードの過少申告を促される形で残業代の一部が支払われないという相談もあったという。

 このように、自販機業界では、「過剰設置」に対応するために、労働者の長時間労働・サービス残業が広がっていることが推察できるだろう。

大量採用を可能にする「求人詐欺」

 もちろんこうした過酷な労働環境では退職者が後を絶たない。実際、各社とも離職率は高い水準にあるという。それゆえ、自販機業界では、常に求人を出して人員補充を行っている。

 ところが、上述のような劣悪な労働条件のために、労働者はなかなか集まらない。そこで、さらなる労働問題が発生してしまう構図にある。

 それが、「求人詐欺」だ。「求人詐欺」はブラック企業の常套手段である。劣悪な労働条件と大量採用を両立させる方法は、求職者を騙す以外にないからだ。

内定率回復でも横行する「求人詐欺」 注意すべきは「就業規則」

 とはいえ、自販機業界はほとんどが大手企業。求職者からすれば、大手企業ならば、「年功賃金」、「終身雇用」、「企業福祉」などが完備されていると期待してしまう。

 実際、ジャパンビバレッジ社や伊藤園の従業員は、ジョブローテーション(定期的な職場異動や職務変更)があると入社前に説明されていたという。大企業でジョブローテーションがあると聞けば、長期雇用が前提とされていて、「昇進の機会」もあると考えるのが自然だろう。

 ところが、ジャパンビバレッジでは、実際には、ジョブローテーションの対象となるのは、10人に1人もいなかったという。

 ほとんどの従業員は、入社から退社までずっとルートセールス職(自販機の巡回・飲料補充の仕事)に従事するのだ。幅広い技能形成もなければ、年功賃金・終身雇用もない(たとえば、ジャパンビバレッジ社では、年齢給は35歳で打ち止めになる)。

 残念ながら、一定の年齢になると肉体的に耐えられなくなり、退職を余儀なくされるのが実情だという。

業界改善を目指すバトンはつながるか

 ここまで自販機業界の「収益構造」と、これがもたらす労働問題をみてきた。それでは、こうした業界体質をどうしたら変えられるのだろうか。

 そのヒントは、冒頭で触れたジャパンビバレッジ社での労働環境改善の取り組みにある。

 この間、個人加盟労組・ブラック企業ユニオンに加入する組合員が在籍する同社の店舗では、1日当たりの残業は30分程度、休憩は1時間取得、有給休暇は完全取得など、適法な労働環境を実現している。

 ユニオンに加入するメンバーは、同社の四つの支店で働く従業員十数人に過ぎない。それでも大きな改善を勝ち取ることができたのには理由がある。

 それは「順法闘争」という労使交渉の手段である。ブラック企業は、法律や規則を無視し、膨大な業務量をこなしている。だから、法律や規則を守ると、通常の業務さえ回らなる。それゆえ、「順法」することが「闘争」になるのだ。

メーデーに「ブラック企業と闘う武器」を考える 「順法闘争」のすすめ

 そもそも労働組合による争議行為は正当な権利でもある。労働争議は、憲法と労働組合法で保障された権利であり、それを行使したことによって民事もしくは刑事上の責任を問われることは基本的にない。

 さらに、順法闘争は、労働争議を本来の「法律を守ること」を目的に行うわけであり、二重に法律で守られた「闘争」だということができるだろう。

 このような、「順法闘争」は、経営陣に対し、効率的な販売方式の採用を促す効果も持つ。

 違法なサービス残業は「タダ」であるため、経営者は時間当たりの生産性に関心を払わなくなりがちだ。他方で、「順法闘争」によって労働時間の短縮や割増賃金の支払いが実現すれば、経営者は販売方式の改善など業務の効率化に着手せざるを得なくなる。

 法律上の権利を行使し、国が定めた法律にのっとった営業努力を求めていく。このことによって、ブラック労働を生み出してきた業界構造を変えていくことができるということだ。

 こうした取り組みは、ジャパンビバレッジ社に限らず、違法な労働環境にある多くのブラック企業でも応用可能だ。同業他社に勤める方はぜひ、JB社の組合員から業界改善に向けたバトンを受け取ってほしい。

 尚、ブラック企業ユニオンは、自販機業界のルートセールス職を中心に「自販機ベンダーユニオン(仮称)」の結成を準備する活動を始めたという。その一環で、自販機業界で働く人を対象に、労働相談ホットラインを実施すると共に、今後もベンダー業界やブラック企業からの相談に広く対応していくという。

自販機ベンダー業界で働く人のための労働相談ホットライン

日時:7月27日(金)18時~22時、7月28日(土)13時~17時

電話番号:0120-333-774

主催:ブラック企業ユニオン

※通話・相談は無料。秘密厳守。

常時の無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

ブラック企業ユニオン

03-6804-7650

soudan@bku.jp

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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