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会社を辞めずに済む方法 保育士を題材に考える

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 先日公開した、円満退職が労働者にとってデメリットがあることを紹介した記事(「円満退職」で大損する? 知っておきたい労働制度の知識)は非常に大きな反響があった。POSSEには非常に多くの相談が寄せられ、数日で3ケタを超える勢いであった。

 その多くが、基本的には「辞めたい」という相談である。確かに、現在の労働市場は劣悪な労働環境の職場が多く、問題があればすぐに転職をするというのも選択肢の一つだ。

 しかし、次の転職先が、今より環境が良いとは限らない。残念ながらブラック企業を渡り歩いてしまう人も多いのが現実だ。では、在職で職場環境を改善する方法はないのだろうか?

 多くの職場が劣悪なのは、労働法令に違反していることに起因している。日本の労働法令や諸制度には、その違法状態を是正させうる仕組みが備わっている。違法行為を是正させるために、労働基準監督署に通報することや、ユニオン(労働組合)を使って、直接会社と交渉することが可能なのだ。

 ただ、実際にこのような選択肢を取ったことのある人は少数だろう。そこで今回は、在職したまま職場を改善した事例を紹介しよう。今回紹介する事例は、宮城県の小規模保育事業所の事例だ。この園では園長のパワハラや労働基準法違反が横行しており、それらの改善を求め、介護・保育ユニオンに加盟して会社と交渉を行っている。

 今も働き続けているAさん(20代)、Bさん(40代)の二人の女性保育士へのインタビューを紹介しよう。

質問:どうしてユニオンに加盟して改善したいと思ったのですか?

Aさん:まず最初に、私ともう一人の先生の二人で、ユニオンに相談しました。私たちはこの園に新卒で入ったのですが、入る前に見た求人の給料(月給16万円)と実際の給料(月給14万円)が違っていました。園長に確認すると、「今は14万円だけど、少しずつ上がっていって16万円になる」と言われました。

 そんな話は最初に聞いて無くて、おかしいなと思いましたが、初めての仕事だったのでそういうものなのかなと思い、最初はそれ以上言えませんでした。それから1年くらいたって、園長からのパワハラなどに耐えられなくなってきて、辞めたいなと思ってました。その時、ネットで介護・保育ユニオンを見つけて、おかしいと思っていたことをいろいろ聞こうと思いました。

 他の先生たちにも話をして、いろいろおかしいと思っている点をまとめて持って行きました。そこでユニオンの人に話を聞いてみると、私たちがおかしいと思っていたことはほとんど法律に違反していて、きちんとした手続きをとれば改善できるということを聞きました。

 仲間の先生も結構いたので、人数が集まればストライキもできるかもねと言われました。園長に対してみんな不満を持っていたので、みんなでやれば園長のやり方を変えれるかもと思いました。今では、7人の先生たちと一緒に園と交渉しています。

Bさん:私は、Aさんたちから話を聞いて、改善できるならしたいなと思いました。2年間働いてきて、子どもたちや保護者の人たちには愛着もありますし、仲間の先生たちとは仲良くやれていたので、園自体としては好きでした。

 なので、これまでも園長先生には自分でも改善してほしい旨は言ってきたのですが、聞き入れてくれませんでしたし、その度にパワハラ的な叱責もありました。自分たちだけでは無理かもしれないけど、専門家が一緒にやってくれれば少しは変わるんじゃないかなと思い、変えられるなら頑張ろうと思いました。

質問2:ユニオンで交渉してみて、変わったことを教えてください。

(1)パワハラがなくなる

Aさん:やっぱりパワハラがなくなったことが大きいですね。これまでは、保育中にいきなり呼ばれ、1時間以上は拘束されて説教されることがよくありました。指導する内容に関しても、たまたまダメだったところ一つを切り取って怒る。

 わざわざ違う先生にAさんはダメなのという話をしてから、呼び出されて言われる。自分に直接言って注意してくれたらいいのに、まずは他の先生に言いふらされていたんです。言ったこともない悪口(AさんがCさんのことを愚痴っていた、など)を他の先生に言われたこともありました。説教の場面では、「あなたはどう考えているの」などと話を聞くそぶりを見せるくせに、結局こちらの言い分は聞いてくれず、園長が言いたいことを言い続けられました。それが、ユニオンで申し入れをしてから、ぱったりなくなったんです。

Bさん:私は、最初は園長によくしてもらっていました。だから、定年までお世話になろうと思っていたんです。ですけど、途中から目の敵にされるようになりました。園長に気に入られている保育士が、私が園長の悪口を言ったという風に園長に告げ口したことがきっかけです。そもそも園長の悪口すら言っておらず、弁解もしたのですが、一切聞き入れてくれませんでした。その後は、何をやっても怒られました。

 昨日までやっていたやり方のはずなのに、園長は「もとは違う内容だった、あなたが勝手に変えた」といい、何時間も怒られました。泣いたら「泣くな」とも怒られました。他の先生と仲良くしているのが気に食わなかったようで、よくにらまれてました。

 他の先生には、「直接Bさんには相談したり言うことを聞かないように」と言っていたようです。本当に理不尽なことばかりでした。園長の自宅の備品を買いに行かされることもありました。子どもが離れたところで、自分で転んでしまっただけなのに、「なぜ手を出さないの」、と怒られたこともあります。園長のお気に入りの先生には怒らないのに。

 それが、ユニオンで申し入れをした後から、ぱったりなくなりました。団体交渉の場では、園長の不適切な発言をしたことを証明する録音も出したりしたので、それが怖くなったんでしょうね。園長が極力笑顔を浮かべてこちらに対応するようになり、録音されることを怖がっているようでした。保育のやり方についても文句をつけてこなくなったし、呼び出しもなくなりました。本当に、働きやすくなりました。辞めなくてよかったと思いましたね。

(2)―休憩時間がとれるシフトが導入される

Bさん:もう一つ大きなことは、休憩時間が取れるようになったということですね。これまでは、常に保育室にいっぱなしで、子どもをおこしちゃいけないから、こそこそ動いていました。その中でご飯を食べたりしていましたが、子どもが泣くと、すぐ走ってとんとんしていましたね。

 あと、園長が来て長話していくことがあって、その時はご飯を食べる暇もなかったです。シフト上にも、休憩時間という概念はありませんでした。それが、ユニオンで団体交渉を始めてからは、会社がいきなり「法令を守れるシフトにする」といって、休憩時間が入ったシフトを導入しました。なので今では、休憩時間ができたので、休憩時間中は保育室を離れて車の中にいたり、家に帰ったりすることもできています。家が近い先生は、ご飯を家で食べる先生もいますね。休憩に入って自分が抜ける穴は、代わりの先生がカバーするような形ですね。

Aさん:新卒で入ったその時から、休憩はなかったんです。「休憩」と言う概念、言葉がなかった。午睡時間内にご飯を食べないといけないということはあっても、休憩という考え方はしていなかったです。これが普通なんだと思ってました。学生時代に実習でみてきた園でも、休憩で抜ける先生はいなかったので、不思議に思わなかったです。今では、シフトの時間によって、45分、1時間と休憩がとれるようになりました。

質問3:今後はどうしていきたいと考えていますか?

Aさん:まずは求人詐欺を是正したいです。働き続けていくには、お金も大事です。14万円の基本給だと、手取りは11万円台です。本当にきついです。他にも、働き方の面でシフトをもっと働きやすいものにしてほしいこととか、休憩室をきちんと作ってほしいとかもあります。保育士が余裕をもって働けるようにしないと、こっちが笑えない。こっちが笑えないと、子供たちが笑ってくれない。子どもたちのためにもいい環境にしたいです。

Bさん:のびのび保育したい。子どもの育ちだけを意識して保育したい。しがらみも押し付けもなく。しかし、それができないのは、園長の高圧的な態度や思い付きでやり方を変える態度です。今、私たち保育士に直接叱責されることは少なくなっていますが、おそらく気に食わないことはあるようで、廊下から怖い顔で保育室を見ているときがあります。園長は保育士の資格を持っておらず、保育士経験がない人です。園長なりにいろいろ考えているのかもしれませんが、現場で常に子どもたちと接し、また経験も積んできた保育士に現場を任せてほしいと思います。

 他にも、休憩室をきちんと作ってほしいことや、未払いの残業代をきっちり払ってほしいと思っています。最初にユニオンで申し入れをして以降も、未払い賃金はまだ払われていません。改善してほしい内容が多くこちらの要求が多すぎて、順番に動いているようですが、早くしてもらいたいです。

 こんな感じで仲間と一緒に改善を求めていって、実現していけば、辞めなくてもいいんだろうなと思います。

違法が蔓延する業界だと、「在職改善」は現実的な選択肢。まずは専門家に相談しよう

 介護・保育ユニオンでは、今回紹介した事例以外にも、在職のまま会社に改善を求める労働者を支援している事例は数多くあるという。保育業界は、残念ながら業界全体で労働基準法違反が蔓延している。介護・保育ユニオンに寄せられた相談の中で、労働基準法違反の疑いがある事業所は8割に上るという。

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 このような状況では、例え職場を変えたとしても、以前の職場と同様な法律違反が広がっている可能性は高い。このような客観的な状況では、在職のまま改善に取り組むのは、現実的な選択肢の一つなのは間違いない。

 とはいえ、自分一人では会社にものを言うのは難しく、職場の仲間と相談できる場合でも、知識がなくどうすればいいかわからないだろう。まずは専門家に相談するのが大切だ。職場から離れる手段だけでなく、「在職するための手段」もあることを知ってほしい。

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会場:ハロー貸会議室渋谷3 RoomB

12/10(日)「ブラック企業と闘う労働法講座 残業代を取り戻そう!」日時:12.10(日)15時半時〜(15時15分開場)

講師:宇部雄介 弁護士(仙台中央法律事務所)

会場:戦災復興記念館5階会議室

   宮城県仙台市青葉区大町2-12-1

(仙台地下鉄東西線、大町西公園駅で下 車。 東1番出口から徒歩6分。)

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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