「円満退職」で大損する? 知っておきたい労働制度の知識

 インターネットの転職サイトや労務関係のサイトは、「円満退社」を勧める記述で溢れている。これだけ当たり前に書かれていると、もはや円満退社は「転職の常識」とさえいえるだろう。

 実際に、私が代表を務めるNPO法人POSSEには、「辞め方を教えてほしい」という相談が数多く寄せられる。その中に、「円満退職」について書かれた転職サイトなどを見て、「円満退職」にした方がいいのか、と尋ねられる相談者も多いのだ。

 しかし、ネット上でしきりに薦められている「円満退職」の方法に従うと、大損する可能性が高い。実は、失業保険給付が受けられない、未払残業代をあきらめるなど、法的に不利益になるような「アドバイス」が平然と書かれているのだ。

 そこで今回は、転職サイトなどで紹介される「円満退職」の問題点を解説し、損をしない辞め方を解説しよう。

転職サイトなどで言われる「円満退職」による労働者のデメリット

 「円満退職」について書かれているネット記事は多数にわたり、ニュアンスには多少の違いがあるが、多くに共通しているのは以下のような点である。

(1)退職を伝えるのは2か月程度前が良い

(2)退職理由は「個人的な理由」が良い

(3)有給休暇などの権利行使は引継ぎ等「やるべきことをやってから」

 これらの「アドバイス」の理由としては、転職後も前職の会社と関係を持つ可能性があり良好な関係を維持しておいた方がよいこと、転職先に「トラブルを起こした人」とみられないようにすることなどが挙げられている。それを「メリット」として、「円満退職」を薦めているのだ。

 しかし、労働問題の専門家が見れば、その「メリット」の背後には、大きな「デメリット」が隠されている。ひとつずつ解説しよう。

(1)退職を伝えるのは2か月程度前が良い

 そもそも、この「アドバイス」は法的な責任に基づいた話ではないことに注意が必要だ。雇用期間の定めがない社員(正社員)の場合、退職日の2週間前に退職したい旨を会社に伝えるだけで良いと、民法627条で規定されているからだ。

 もし、転職活動中にすぐに良い会社が見つかり、すぐにでも働きに来てほしいという場合は、2週間前に退職を申し込めば十分なのだ。仮に、先のアドバイスに従えばかなりの期間相手を待たしてしまうことになり、せっかく見つけた再就職先をみすみす逃してしまうこともあるだろう。

 また、転職先の「内定取り消し」が問題となるケースも多いことから、労働者にとってはなるべくぎりぎりまで勤務先に「退職の予定」は隠しておいた方が良い。いざ、「内定取り消し」になった際にも、退職を伝えていなければ、元の鞘に収まることができるからだ。 

 実際に、転職者を採用する企業では、「事情が変わる」ことが珍しくはない。現在の勤務先に退職を伝え、2か月間も「不安定な状態」が続くことは、労働者にとっては大きなデメリットである(もちろん「内定取り消し」も法的に争うことはできるのだが、争うことなしに転職できた方が良いに決まっている)。

 さらに、ブラック企業のような違法行為が横行する職場では、一刻も早く辞めたいということもあるだろう。ブラック企業とまでいかなくとも、退職を伝えるとパワーハラスメントを行う上司もいる。そうした職場では、2か月間我慢をするあいだに、うつ病に罹患してしまう可能性もある。

 実は、違法行為やパワーハラスメントなど、相手側に問題がある場合には、2週間すら待たずに、即座に退職することができる。我慢して働き続ける必要などまったくない。

 このように、一見「常識的」に見える「退職を伝えるのは2か月程度前が良い」というアドバイスには、労働者側の大きなデメリットが潜んでいるのだ。

(2)退職理由は「個人的な理由」が良い

 この「アドバイス」のデメリットは非常に大きい。当人に「悪意」はないにしても、もし社会保険労務士など専門家がこのデメリットを伝えずに「個人的な理由」での退職を促した場合には、制度上の明確な不利益があるために、背任などに問われかねないレベルだ。

 退職理由を「個人的な理由」にしてしまうと、労働者の離職票には退職理由が「一身上の都合」になり「自己都合退職」ということになってしまう。

 この場合、雇用保険の失業給付を受給しようとしても、3か月の受給制限がかかってしまう。3か月間無給で生活することは著しく困難だろう。すぐに再就職できればいいが、現在の労働環境だとそううまくいかないことも多い。つまり、先のアドバイスに従うといきなり生活困窮に陥ることもあるのだ。

 また、残業代不払いやパワーハラスメントなど、会社側に問題があった場合はさらにデメリットが大きくなる。違法行為の被害者なのに、「自己都合退職」として扱われ、辞めた側が行政からペナルティーを被ることになるからだ。

 実は、会社側に問題がある場合には、「会社都合退職」にすることができる。例え会社側が「会社都合」の離職票を出すことを拒んでも、法令違反の証拠などを押さえ、ハローワークに提出すれば、会社都合退職と同じ扱いとなる「特定受給資格者」として認定してもらうこともできる(厚生労働省は違法行為など具体的な基準を設けている)。

 そうすることで、待機期間がなく失業給付を受給できるのだが、「退職理由は「個人的な理由」が良い」という「アドバイス」に従うと、転職者が一方的に負担を被ることになるのだ。

(3)有給休暇などの権利行使は引継ぎ等「やるべきことをやってから」

 有給休暇の使用についても、「引継ぎを行ってから」行わなければならない法的な理由はない。また、有給休暇を与えたくないと考える会社もあることから、会社に配慮して使用を躊躇していると、結局有給休暇が使えないまま終わることも少なくない。

 有給休暇を申請したら、基本的に会社は断ることはできない。時季変更権という、どうしても本人がいないといけない特別な理由がある場合は「消化日を変更すること」はできるが、「申請を断ること」はできない。したがって、自分が退職したい日までに有給休暇を消化したい場合は、使えなくなってしまう前に自分の都合を先に伝えたほうがよいのである。 

 以上に見てきたように、どのアドバイスも労働者が損をしてしまう可能性が高い。円満に辞めることにメリットがあるとしても、これらのデメリットがあることを踏まえた上で考えなければならないだろう。

労働者が退職を考える背景には、劣悪な労働環境がある

 特に「円満退職」で大きな不利益を被るのは、違法行為など企業側に問題があって転職しようとする場合だ。

 実は、「自己都合」で退職する労働者たちの多くは、パワハラや長時間労働など、劣悪な労働環境を背景に抱えていることが、私たちが行った調査で明らかになっている。以下がそれを示すデータだ。

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 このデータは、POSSEが2010年度に、若者を対象に、違法行為と離職の動機との連関を、ハローワークの前でランダムに聞き取ったものだ。「自己都合で辞めた」人のうち、どれだけの人が会社側の違法行為の被害を受けていたのかを調べてみたのである。

 すると、違法行為が離職理由に含まれる人は、表の上の段にあるように、一定の割合に上っていた。つまり、この調査結果から言えることは、「自己都合退職」をしている多くの人が、違法や不当な労働環境を抱えていたと言うことである。

 そのような職場にいた人たちは、適切な機関につながれば、違法行為を是正させ職場にとどまることや、辞めた後に未払賃金を請求することが可能であったはずだ。

 しかし、実際には「円満退職」のアドバイスに従って、「会社への迷惑」や「円満退職」を気にして権利を放棄し、大きく損をしてしまっているのだろう。

 では、実際はどのように辞めるのが適切なのか。ある保育園での事例を紹介しよう。

未払い賃金100万円以上取り返し有給休暇も取得したA保育園(仙台)の事例

 紹介する保育園では、長時間労働や残業代未払い、園長からのパワハラなどの問題があり、毎年何人もの保育士が辞めていく職場であった。しかも、園長らは辞めていく保育士を引き留めるため、離職票を出さないなどの嫌がらせを行っていた。

 この園で働いていた保育士らは、年度末で辞めようと考えていたが、どう辞めればいいかわからず、辞める前に「介護・保育ユニオン」に相談したという。

 ユニオンは辞めるまでに証拠の収集を行うことなどを助言。十分な証拠がそろい、再就職などの予定も立てたころ、ユニオンは会社に対して労働環境の改善と未払賃金等の請求、有給休暇の申請を行った(ユニオンは、労働組合法に基づき、会社側と交渉する権利を持っている)。

 結果として、当事者らは自分の希望通りに有給休暇を使用でき、離職票もすぐに手に入れることができた。また、会社は保育士一人あたり100万円を超える未払い残業代を支払うことを約束し、現在は休憩が取れるようにもなった。ユニオンが交渉をしていく中で、辞めることを思いとどまる保育士も出てきたという。

 尚、退職することになった保育士らは、ユニオンでの交渉中に、すぐに違う保育所で採用され、今も勤務している。新しい就職先もそのトラブルを知っていたが、保育士が足りないこともあり、問題なく採用されている。最近では労働法違反に厳しい風潮が広がったことも背景にあるだろう。

辞める前に専門家に相談し、損しない辞め方をしよう

 以上のように、なるべくなら「円満退社」をした方が良いと思われている一方で、無理に「円満」にすることで、労働者側の法的権利を損なうケースも多々存在する。

 どのように対応すべきかはケースバイケースの部分もあるが、違法行為などが原因で退職を考える場合には、まずは専門家に相談してみることをお勧めしたい。

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