自治体の困窮者「押し付け」競争 人権侵害や反社会的勢力拡大の恐れ

生活保護の審査強化を進める大阪市

 今月20日、大阪市の吉村洋文市長は、生活保護の受給認定の審査を強化する方針を表明した。市と大阪市立大による生活保護受給者のデータ分析から、「生活困窮者が他地域から流入している」という結果が出たことがその理由である。

産経新聞 2017年7月20日

 市と大阪市立大の共同研究によると、住民登録日から受給開始日までの期間が6ヶ月未満と短かったケースが男性19.8%、女性10.6%に上ったという(2015年度)。(ただし、このデータだけでは生活保護受給目的で流入してきた人たちであるかどうかは不明である)。

 もし特定の市区町村に生活困窮者が保護を目的に流入する事態が現実に起きているとすれば、自治体にとっては財政圧迫の要因となる深刻な事態だ。生活保護の財源のうち、4分の1は市町村自身が負担しているからだ。

 市は、市への転入直後に生活保護を受給した人を調査し、受給目的と判断された人が多かった場合、生活保護担当部署に熟練職員による受給認定に関する専門チームを設置するという。

 財政上の負担が大きいとはいえ、市町村が「生活困窮者の押し付け合い」をあからさまに行うとすれば、(これまでも暗黙に行われてきたとはいえ)前代未聞の異常事態である。現実に生活困窮者が存在している以上、どこかの市区町村が保護を行う必要があることは言うまでもない。

 とりわけ、大都市である大阪市が他自治体への「困窮者の押し付け」を公然と行うとすれば、近隣自治体や社会全体に与える衝撃は計り知れない。

 では、今回の大阪市による生活保護「適正化」政策によって、具体的にどのような問題が起こりうるだろうか? 大阪市で近年推進されてきた「適正化」政策を振り返りながら、考えてみたい。

受給者のプライバシー権を侵害する「確認カード」

 実は、大阪市の「適正化」は今回にはじまったことではない。

 ごく最近で言えば、今年6月23日、大阪市浪速区の複数の生活保護受給者が無断で顔写真を撮影されたり、顔写真付きの「確認カード」がないと医療券(生活保護受給中に保険証の代わりに病院で提示する)がもらえないなどの相談が支援団体に寄せられていると、各紙で報じられた。

 この「確認カード」は、2013年秋から大阪市が生活保護「適正化」推進の取り組みとして、市内3区で試験的に導入した。相談を受けた支援団体によれば、カードには顔写真と番号が振られており、保護費や医療券をもらう際に提示が求められるのだという。また、一部報道によれば、大阪市はそもそも受給が決定していない保護申請者の顔写真も撮影しているという。

 これらが事実であれば、行政によるプライバシー権(肖像権)の侵害である。

 ただし、問題はそれにとどまらない。法律に根拠がないこれらの写真撮影の義務化は、他の自治体よりも大阪市では実質的に「生活保護を受給しにくい」状況を作り出していると考えられるからだ。

 実際に、「身分証でもないのに顔写真を撮るなど犯罪者扱いだ」(70代男性、産経新聞6月23日付)とのコメントはそうした「効果」を物語っている。

 保護受給者や、これから受給しようとする困窮者に対し、精神的プレッシャーを与えることが大阪市の「写真撮影」という行為の帰結であり、それは困窮者の生保利用抑制と、「他の自治体への押し付け」を引き起こすのである。

大阪市への電話取材

 「確認カード」を推進した大阪市に対し、私が代表を務めるNPO法人POSSEは電話取材を試みた。市によると、「確認カード」導入の目的は、窓口での保護費支給の際に誤支給やなりすましを防止すること、医療券の迅速な支給を行うことだという。これは、実際に過去に誤支給やなりすましがあったための対策であるとしている。

 また、報道されたような、受給決定前の顔写真撮影は認めておらず、受給決定後に任意で撮影するものだという。任意であるため、「確認カード」がなくても保護費や医療券の支給は行うとの回答を得た。

 それでも、誤支給やなりすましを防止するなら、面識のある担当ケースワーカーが保護費を支給すればよいから、「確認カード」は必要ない。また、顔写真撮影は「任意」だと言っても、受給者が断ることは事実上不可能であると考えられる。

 いずれにせよ、大阪市の言い分からすれば、「確認カード」の作成には合理的な理由があり、受給前の写真撮影は末端の区福祉事務所が市の想定を超えて「暴走」したということになる。

市内各区に配置される「不正受給対策」Gメン

 しかし、この説明を額面通りに受け取ることは難しい。大阪市本庁の他の市町村を出し抜くかのような「適正化」は、「確認カード」だけではないからだ。

 2012年から大阪市本庁が旗振り役となって、市内各区では警察OBとケースワーカー、査察指導員が3人1組となって「不正受給調査専任チーム」を作り、不正受給を積極的に摘発している。その結果、2014年7月末までに63件の不正案件が逮捕に結びついたという(大阪市HPより)。

 そうした中で、まったく不正ではない困窮者や受給者までも監視対象や、打ち切りの対象となる事件も生じている

 「不正受給調査専任チーム」が実施する対策はさながら警察である。2013年にPOSSEが記者会見を行った大阪市天王寺区の事例では、受給者を張り込み、尾行し、ポストの中を勝手に覗き見てもいた。

 あたかも、犯罪者に対する捜査活動である。以下は当事者のケース記録の一部だ(尚、調査対象とされた当事者は心臓病を患って働くことができず、まったく不正受給ではなかった)。

 H24・11・12 AM8:34(友人宅)マンション下で主の自転車確認。AM10:00主宅マンションに○○(適正化)・○○CW2名で調査、電気メーター5037・5~6 微かにメーターは回っている。1階集合ポストには11月7日(水)に一括発送した医療通知が入ったままである。AM10:11帰宅途中に(友人宅)マンション下で主の自転車確認。

 こうした行為と関連付けると、「確認カード」問題は、大阪市の各区の福祉事務所が勝手に暴走した結果であるとは考えにくい。それどころか、生活保護受給者をあたかも潜在的な犯罪者とみなし、警察的行動も辞さないという大阪市本庁の意を十分に汲んだ結果なのではないだろうか。

 そして、不正ではない受給者に対しても常に警察的な監視のプレッシャーがかかることによって、実質的に受給者は「大阪市では受給しにくい」状況となり、他の自治体への転居を迫られることになる。

 これらの「適正化」は、意図的に「他の自治体に困窮者を押し付けようとしたものではないか」と疑うことは、筆者の考え過ぎだろうか。

不正受給対策の末路

 以上のような政策を進めてきた大阪市が生活保護の受給審査をさらに強化するとしたら、何が起こりうるだろうか。

 

 第一に、生活困窮者の行政による「ネグレクト」が全国的に横行する可能性がある。まず、大阪市では他地域から大阪市に来たばかりの人が生活保護を申請することを「不正」とみなし、困窮者を放置する可能性があるだろう。そして、他自治体へ困窮者が移動するのを待つというわけだ。

 すると、今度は「押し付けられた」側の近隣自治体でも同じ措置を取り始めてしまう。そうすると、困窮者はどの自治体からもネグレクトされ続けることになる。大阪市の行動は自治体による「ネグレクト競争」を惹起する恐れがあるのである。

 ただし、直接的な困窮者のネグレクトは違法行為に当たる。生活保護法は「無差別平等の原則」を取っているため、保護申請するに至った経緯は問われない。他地域から流入してきたからという理由で申請を却下することはできないのだ。

 そのため、そもそも申請自体をさせないという「水際作戦」を行う可能性が高い。「他地域から来たばかりの人は受けられません」という虚偽の理由で相談者を追い返したり、「なぜ大阪市に来たんだ?」とか、「生活保護を受けるために来たのか?」などと威圧する対応を行ない、「申請」そのものをさせないというやり方である。

 第二に、自治体のネグレクト競争に端を発した人権侵害の横行が危惧される。生活保護の相談を受けていると、他地域から流入してすぐに生活保護を受ける人の多くには、家族からの虐待やDVを受けて逃げてきたという場合が少なくない。

 生活保護を申請すると、親兄弟などに「援助できないか」という手紙が送られるのが原則である。しかし、虐待やDVを受けていた人のケースでは、手紙を送ることで加害者に居場所が漏洩したりするなどの弊害が大きい。そのため、例外的に扶養照会をしない決まりになっている。

 ところが、他地域から流入してきたことが重視されれば、虐待やDVで扶養照会を行わない運用を限定する可能性が危惧される。特に本人の証言だけであれば、「他の市町村からきていて怪しい」という形で片付けられるかもしれない。

 実際、POSSEが今年1月に記者会見を行った世田谷区の事例でも、家族からのDVで警察に住民票閲覧禁止措置を取っていた人(幼少時代から家族に虐待されていた)ですら、扶養照会をされようとしていたのだ。

止まらない行政の人権侵害 DV被害者に「実家に帰れ」(yahooニュース個人)

 さらに危惧されるべき事態はマフィアや暴力団による人身売買の横行である。すでに貧困者を集め、劣悪な住居に集団生活させながら強制労働などで搾取する犯罪集団の存在は知られているが、住居を失った困窮者の保護を行政が「ネグレクト競争」をする事態となれば、そうした犯罪集団が困窮者を搾取することはますます容易となる。

 冒頭の大阪市に「生活困窮者が他地域から流入している」という可能性についても、大都市に職を求めて転居したのち、仕事が見つからずに保護に至るものと想定することが自然であろう。事情は失業に限らず、DVを行う家族から逃れる女性や若者のケースも考えられる。

 もし、何とか仕事を見つけようと大阪市に来たが、仕事が見つからずに、当座の生活のために保護を求めた人がネグレクトされたらどうなるだろうか?

 窓口の外に待ち構えた暴力団関係者に、「住み込みのいい仕事がある」などと誘われるままに監禁され、強制労働に従事させられる、性的に搾取される、という事態が容易に想像できる。

 あるいは、困窮家庭では両親から強制的に「望まない就労(違法な労働を含む)」を強要される場合もある。逃げ場のない困窮者には、時として家族や反社会的勢力が結託して襲いかかる。

 「他地域からの流入」を理由にした行政のネグレクトは、家族や親類にせよ、反社会集団にせよ、逃げ場のない弱者に対する人権侵害と搾取を促進するのである。

 これらの危惧が杞憂に終わった方がもちろん良いのだが、人権侵害の促進は相談としてすでに寄せられている。今回の大阪市の政策を通じて、問題がより一層拡大するのではないかと懸念せざるを得ない。

おわりに

 ここまで述べてきた弊害を防ぐためには、生活保護の財源を国家が一元的に担うことがもっとも効果的である。自治体間の「ネグレクト競争」を防止するために、人権の守られる社会を実現するために、国家は福祉を自治体に押し付けることがあってはならないのだ。

生活困窮に関する無料相談窓口

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