Yahoo!ニュース

【NCAA】仙台大明成 髙橋陽介コーチに聞く②留学先との信頼関係の構築と英語対策、身体作りへの準備

小永吉陽子Basketball Writer
左から菅野ブルース、髙橋陽介コーチ、山﨑一渉(写真/小永吉陽子)

山﨑一渉と菅野ブルースはアメリカの舞台で活躍することを目指し、仙台大明成高(以下明成)を卒業後に海を渡った。山﨑はNCAAディビジョン1(以下D1)のラドフォード大に進学。菅野はD1への編入を目指して短大のエルスワース・コミュニティカレッジ(NJCAA)へ進学。早くもシーズン開幕前にD1からのオファーを勝ち取り、来季からはD1でプレーする予定だ。

山﨑と菅野がNCAA D1を目指した道のりは、コロナ禍において、日本の高校から独自ルートで留学先を切り拓く前例のないチャレンジだった。

2人の留学について窓口となり、八村塁のゴンザガ大進学においても尽力したキーパーソン、髙橋陽介アシスタントコーチ(アスレティックトレーナー)に、留学のための準備について話を聞いた。<インタビュー後編>では、留学先との信頼関係の構築と英語対策についてインタビュー。

◆インタビュー前編「進学ルートの開拓・NCAA留学事情・進学先決定の背景」

山﨑一渉と菅野ブルースは6月上旬まで明成の寮に残って練習をしながら留学準備を進めていた。インターハイ県予選にて後輩たちとともに(写真/小永吉陽子)
山﨑一渉と菅野ブルースは6月上旬まで明成の寮に残って練習をしながら留学準備を進めていた。インターハイ県予選にて後輩たちとともに(写真/小永吉陽子)

八村塁の時とは違った英語試験の内容と対策

――アメリカ留学に向けての英語対策についてお聞きします。NCAAでプレーするには、各大学が定める英語の基準に達する必要があります。英語の試験に関してはどのような対策をしたのでしょうか?

今回の山﨑一渉と菅野ブルースのケースと八村塁の時とでは変更している点があるので、塁のケースから説明します。

2016年に塁がゴンザガ大に進学した時は、英語の試験として『SAT』(アメリカの大学進学適正テスト)が採用されていました。SATの試験でNCAAが定める基準をクリアしないとNCAAでプレーできないので、SATのテストを何度も受けて基準をクリアしました。次にゴンザガ大の基準に達する必要があったので、そのために5月中旬には渡米して、大学内のESL(English as a Second Language=大学内にある語学学校)に通って英語力を上げていきました。

戦略としては、英語で数学の点数を稼ぐことでした。日本の高校教育の数学はアメリカよりレベルの高いことをやっているので、数学で使う単語を覚えることに重点を置きました。

塁の場合は、高校卒業後も寮に残って身体作りと勉強をして、5月上旬までSATを何回か受けて点数を伸ばし、渡米してから夏の間はゴンザガ大のESLを受講していました。秋学期が始まってからも、いくつかのESLの授業を受講しつつ、学部の授業も受講していたので、1年次は相当大変だったはずです。

――今回のケースはどうだったのでしょうか?

一渉とブルースのケースでは、コロナ禍の影響を受け、NCAAが定めるSATの基準はなくなり、各大学が定める英語の基準をクリアすればOKという仕組みに変わりました。テストは国際基準の『TOEFL』とオンラインで受験できる『Duolingo』(デュオリンゴ)が採用されました。2人とも5月のゴールデンウィークまで何回もTOEFLとDuolingoのテストを受けましたが、仙台大の英語の先生のもとで勉強した成果が出て、春先からは一気にスコアが伸びました。

――一渉選手とブルース選手はそれぞれの大学で「サマースクール」を受講するために6月中に渡米しています(インタビュー前編参照)。改めて「サマースクール」と「ESL」について詳しく解説お願いします。

サマースクールは各大学が行っている夏の集中講義のようなもので、入学が許可されている学生であれば誰でも受講することができ、単位を取ることができます。少ない科目を集中して受講できるので、留学生にとってはちょうどいいペースなんです。

ESLは大学に附属している語学学校で、授業についていけるように補完するものです。ここで受講する授業については大学の単位としては認められません。

2人とも大学が要求する点数には達していたので、ESLを受講せずに9月から学部の授業を受けられる許可は出ていました。ただ、授業についていけるかといったら、その英語力はまだまだ足りません。ですから、新学期が始まり本格的なチーム練習が始まる前に渡米して、サマースクールで慣れていくことが必要だったんです。

トレーニングの指導をする髙橋陽介コーチ(撮影/小永吉陽子)
トレーニングの指導をする髙橋陽介コーチ(撮影/小永吉陽子)

高校時代より身体が大きくなって渡米

――2人は6月上旬まで明成の寮に残って勉強と練習に励んで留学準備をしていました。ウインターカップ後から渡米までの成長をどのように見ていますか?

2人とも進学先がなかなか決まらなかったので焦りはあったと思うのですが、そこで本人たちに伝えていたのは、「必ずチャンスが来るから、自分がコントロールできないことに悩むのではなくて、自分ができることをやって準備しておこう」ということでした。それに対して、2人とも素直で粘り強く勉強をしていました。2人で目標に向かえたので、お互いに励まし合えたことは大きかったと思います。

技術面でも成長が見られました。一渉は3ポイントのシュートレンジが伸びてドライブのキレも出てきましたし、ブルースは身体能力、特にジャンプ力がグンと上がったので強いダンクができるようになりました。すでに2人とも高校時代より身体が大きくなって渡米していますが、アメリカでたくさん食べてトレーニングを積めば、すぐに身体は大きくなって厚みが増すはずです。それだけの身体作りの準備をして送り出しました。

――「アメリカですぐに身体が大きくなる」というのは、八村塁選手が渡米する時も言っていました。明成ではどのような身体作りをしているのでしょうか?

明成は日本の高校の中ではウエイトトレーニングの強度は高い方だと思いますが、やり方としては筋肉がムキムキになるようなトレーニングはしていません。これは塁の時も同様なのですが、高校時代にはバスケットボールに必要な身体の使い方を身につけられるような、バランスのいい身体作りを目指しています。

理由としては、高校生のうちに佐藤久夫先生からしっかりとスキルを学んでほしいというのが大前提にあるからです。ただ、ブルースの場合は高校2年次に足を怪我していた時期にウエイトトレーニングを多くしていたので、それなりにたくましい身体つきになりました。また2人の課題としては、瞬発力のある動きや爆発的なスピードが必要だと感じたので、そのためのトレーニングに取り組みました。渡米前の2人の身体つきを見ても成果は出てきていると感じます。

バスケットボールに必要な身体の使い方を身につけるトレーニングを行った高校3年間(写真/小永吉陽子)
バスケットボールに必要な身体の使い方を身につけるトレーニングを行った高校3年間(写真/小永吉陽子)

多くのサポートのもとで築き上げた留学先との信頼関係

――日本の高校からNCAAへのルートを開拓するには専門知識が必要です。コロナ禍では渡米も大学への訪問もできず、人脈作りやコミュニケーションの面においてもその労力は計り知れません。それでも、留学の専門機関やアメリカ事情に詳しい人に依頼せず、高校独自で準備を進めた理由は何でしょうか?

これは久夫先生のモットーでありますが「選手を次のステージへと育てて送り出せる高校であり部活動になろう」という考えがあります。専門機関を介すれば自分たちの手間はかからないかもしれませんが、選手の将来を考えた時には、留学先と直接やり取りをして、コーチ同士の信頼関係を築くことが重要だと思っています。そのためにも、自分たちでリサーチをして動くことが大切です。「信頼関係のあるところへ送るまでが選手を預かった者の役割」という久夫先生の考え方に私も賛同して動いています。

塁の時も、日本の高校からはじめてNCAAに行くということで、それもまた前例のないケースだったので、私たちとしても試行錯誤なところはあったんです。全国制覇という目標を持ちながら練習をして、勉強も技術も身体作りもアメリカに通用するように向上させて送り出さなければなりません。大学に公式訪問するスケジュール調整も必要でした。

そして、努力をしてパイオニアになった塁を見て、一渉もブルースも明成に来てくれたので、明成高校としても、仙台大学としても、塁に続けと万全なサポート体制でやれることはやろうという思いでした。この経験が明成バスケ部の伝統やカラーになっていけばと思います。

高校3年の夏以降は、チーム全員が3ポイントシュートに力を入れて練習を行った(写真/小永吉陽子)
高校3年の夏以降は、チーム全員が3ポイントシュートに力を入れて練習を行った(写真/小永吉陽子)

――一渉選手とブルース選手を信頼できるコーチのもとへと送り出せた手応えはありますか?

あります。日本人選手がアメリカでプレーするということは、コミュニケーションの壁がどうしてもあるので、最初のうちはパフォーマンスを出すのに時間がかかります。ですから、たまたまオファーがあったから進学するのではなく、環境に慣れるまで辛抱強く、愛情を持って育ててくれると期待できるコーチがいるチームじゃないと、英語が話せない選手はつぶれてしまう可能性があるのです。そこを考えて送り出さないといけません。

塁の時もそうでした。ゴンザガ大のトミー(八村塁のリクルートに大きく関わったアシスタントコーチのトミー・ロイド、現在はアリゾナ大のヘッドコーチ)をはじめ、多くのスタッフが熱心に愛情を持って塁の面倒を見てくれました。私も毎年ゴンザガ大に試合を観に行ってトミーと連絡を取り合っていたので、一渉とブルースに関しても、現地へ試合を観に行って今後も見守っていくつもりです。アメリカに送り出せば、あとは本人が頑張るしかないのですが、今の段階では信頼できるコーチのもとに送り出せたと思っています。

――このインタビューで語ってもらったように、多くの人たちにNCAA D1への道のりを知ってもらうことが、今後日本からNCAAプレーヤーを輩出する一歩になると思います。

私のほうでも感謝したいのが、今回は塁の時とはかなり事情が変わっていたので、いろんな方に留学事情を教えてもらい、協力してもらいました。サポートしてくれた方々には本当に感謝しています。大変ではありましたが、アメリカのコーチたちとの人脈を築くことができ、最新情報を得ることができたので、とても有意義なチャレンジでした。NCAA事情はどんどんアップデートしていくものなので、今後もアメリカの動向を追いながら、この経験を活かしていきたいです。

――高橋コーチ自身もアメリカの大学へ留学しています。その経験を踏まえて、新しいステージに羽ばたいた2人にメッセージをお願いします。

ここからは、本人たちがチャレンジしていく番です。アメリカというのは、多くの国から様々なバックグラウンドを持った人たちが集まって出会いがある素晴らしいところです。人間的な見聞や考え方が深まる場所で、すべてが新しい経験になると思います。バスケットボールを頑張るのはもちろんですが、様々なことに視野を広げてチャレンジしてほしいと思っています。

※※※

このインタビューを通して伝えたいのは、日本の高校からNCAA D1へのアプローチ方法はもちろんのこと、何よりも、アメリカで戦えるだけの心技体を鍛えたコーチングスタッフの手腕や、選手たちの向上心があるからこそ、切り拓けた道であるということだ。今後、日本からNCAA D1でのプレーを希望する選手は増えていくだろう。このインタビューで語ってもらったように、育成と準備について知ってもらうことがその一歩となることを願っている。そして、日本から海を渡って羽ばたいていく選手たちのこれからの成長を期待したい。

明成での学びを胸にアメリカでの飛躍を誓う。佐藤久夫コーチと髙橋陽介コーチを囲んで(写真/小永吉陽子)
明成での学びを胸にアメリカでの飛躍を誓う。佐藤久夫コーチと髙橋陽介コーチを囲んで(写真/小永吉陽子)

髙橋陽介 Yosuke TAKAHASHI

1980年生まれ(42歳)/宮城県仙台市出身/インディアナ州立大学大学院卒/仙台大准教授/全米アスレティックトレーナーズ協会公認(NATA BOC)アスレティックトレーナー/明成バスケ部には創部2年目の2006年より携わり、アスレティックトレーナー兼アシスタントコーチとして活動

山﨑一渉 Ibu YAMAZAKI

2003年7月10日生まれ/200センチ、95キロ(渡米時)/松戸一中→仙台大明成高→ラドフォード大/3ポイントを得意とするフォワード

菅野ブルース Bruce KANNO

2003年5月6日生まれ/198センチ、93キロ(渡米時)/花巻中→仙台大明成高→エルスワースCC/怪我から完全復帰して高3からPGに挑戦

Basketball Writer

「月刊バスケットボール」「HOOP」のバスケ専門誌編集部を経てフリーのスポーツライターに。ここではバスケの現場で起きていることやバスケに携わる人々を丁寧に綴る場とし、興味を持っているアジアバスケのレポートも発表したい。国内では旧姓で活動、FIBA国際大会ではパスポート名「YOKO TAKEDA」で活動。

小永吉陽子の最近の記事